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783 一年越しの殺意

「リカルドって、意外と素早いのよね。レイチェルとどっちが速いのかしら」


リカルドが足払いで倒した暴徒を、魔道具の縄で拘束しながら、シルヴィアが緊張感のないのんびりとした口調で話しかける。

黒魔法使いのシルヴィアでは、怪我をさせないように鎮圧する事が難しいため、リカルドが転ばせてシルヴィアが拘束という役割分担になっていた。


「あ?そんなん俺に決まってんだろ?」


リカルドは倒した暴徒の肩を上から押さえながら、シルヴィアの質問に、当たり前だと言うように返事をする。


「そう?でもレイチェルがマルコスさんと戦った時、レイチェルの限舞闘争げんぶとうそう見たでしょ?あれより速い・・・」

「おっと!あそこにも暴徒だ!オラオラ町の平和を乱すんじゃねぇよ!」


シルヴィアが言い終わらないうちに、リカルドは飛び出すように暴徒に向かい駆けて行った。


一瞬呆気に取られてしまったシルヴィアだが、次の瞬間には口に手を当ててクスクスと笑い声をもらした。


「ふふ、まったくリカルドはやんちゃなんだから。でもあの我儘な子が、ずいぶん周りに合わせるようになったわね。アラタ君のおかげかしら?」


リカルドは元々我が強く、言いたいことは何でも言うし、自分の考えが一番正しいと思っているところもある。そのため協調性に欠けるところがあったのだが、アラタがレイジェスに入ってからは、少なからず周りに合わせるようになったのだ。


「いつも兄ちゃん兄ちゃんって言って、ご飯も食べに行ってるようだし、アラタ君の真面目で優しいところが、リカルドにも移っちゃったのかしらね」


シルヴィアは視線の先では、緑色の髪の少年が暴れる男の膝裏を蹴り、倒れたところを後ろ手に取り押さえていた。


辺りをキョロキョロ見回してシルヴィアと目が合うと、まだ動いていない事を咎めるように声を出す。


「おーい!なにいつまでもそこで座ってんだよ!さっさと来てこいつの手を縛ってくれよー!」


「ふふ、しかたないわね・・・はーい!今行くわー!」


手を振ってリカルドに言葉を返すと、シルヴィアは立ち上がって小走りにリカルドの元へ向かった。





「なぁ、シルヴィアよぉ、ちょっといいか?」


暴徒を倒して動きを封じながら、リカルドがシルヴィアに顔を向ける。


「なにかしら?昼食のクリームパンなら、カスタードにしたわよ」


暴徒の手首を魔道具の縄で拘束して、シルヴィアはリカルドに微笑みを向けた。


「パンじゃねぇよ」


「あら、パン以外に話す事ってあるのかしら?」


「いっぱいあんだろ!?頭ん中どうなってんだよ!?小麦粉しかねぇのかよ!?」


首を傾げるシルヴィアに、リカルドが怒りだすと、シルヴィアはクスクスと笑って両手を合わせた。


「うふふ、ごめんなさいねリカルド。ちょっとからかっちゃった。真面目に答えるわ。何かしら?」


「お前、本当にふざけんなよ!ったく・・・あのよ、この暴徒って、去年は帝国の殺し屋が仕掛けてきたわけだろ?今回もあの二人組の仕業って事だよな?」


「・・・そうね。普通に考えればそう思うわよね。私もその可能性が高いと思うわ。ディーロ兄弟って言ってたわよね。どこかに潜んで私達の様子をうかがってるのか、あるいは・・・」


シルヴィアはそこで言葉を区切ると、腰を上げて辺りを見回した。



「・・・なんだよ?どうしたんだ?」


シルヴィアの様子に、ただ事ではない何かを感じ取り、リカルドの声にも緊張感が含まれる。


「・・・私は黒魔法使いだから、サーチが使えるジーンやケイト程には探れないけど、それでもなんだか嫌な魔力を感じるわね。去年のディーロ兄弟の時、私は戦闘には参加しなかったから、これが彼らの魔力なのかは分からないけど、この魔力はなんて言うのかしら・・・すごく気持ち悪いわ」


シルヴィアの目が鋭さを帯びる。

体から魔力がにじみ出て、周囲への警戒が強くなっていく。


「・・・近い・・・よな?」


リカルドも腰を上げると、背にした弓に手をかける。

体力型であるリカルドには、魔力はほとんど感じ取れない。だがハンターとしての嗅覚、そして魔力とは別の気配を感じ取っていた。


「・・・ええ、近いわ。多分みんな順調に暴徒を押さえてるのね。それが敵の計算外だったのよ。しびれを切らして、親玉の登場ってところじゃないかしら・・・ねぇ、そうでしょ?」



シルヴィアが見上げた視線の先、商業施設が並ぶ建物の中でも、一番高い石造りの屋根の上には、深紅のマントをなびかせた、長身の男が立っていた。



男はシルヴィアを一瞥すると、次いでリカルドに目を止めた。


「・・・また会ったな」


そう一言口にすると、顔の左半分を強調するようにリカルドに向けた。

左耳が失われており、それはリカルドによるものだった。


「あ、お前・・・去年俺が耳をとばした野郎じゃねぇか?」


「へぇ、じゃあこの男がディーロ兄弟?噂をすればなんとやらね」



屋根の上から二人を見下ろす男の名は、ジャームール・ディーロ。

一年前、暴徒を街中に放ち、レイジェスに襲撃をかけたブロートン帝国の殺し屋である。

チリチリとした短く黒に近い茶色の髪。やや痩せ気味で、窪んだ眼には感情を見せない冷徹さが見える。顎周りには整えられた髭が耳にまで伸びている。


そして深紅のマントには、まるで太陽を思わせる模様が黒く描かれていた。



「前回の軽く十倍以上の暴徒を放ったが、予想以上に早い対処だ。特に騎士団と治安部隊の連携は見違えている。そして遊撃隊となっている貴様達だ。偽の国王として送り込んだマウリシオとの内紛で、国力を低下させたと思ったのだが、クインズベリーは逆に力を付けたようだな?」


己の耳を飛ばした相手を前にしても、ジャームール・ディーロの目には怒りも憎しみも見えなかった。

ただ、淡々と言葉だけを告げている。


「ええ、その通りよ。あなた達帝国の馬鹿な企みが国を一つにしたの。新女王アンリエール様の元、私達は団結したのよ」


シルヴィアの目が冷たい光を放つ。

体から溢れる魔力が冷気を帯び、身も凍るような冷たい空気が辺りを包み込む。


「おい!チリ毛野郎!かかってこいよ!残った右耳も吹っ飛ばして、バランス良くしてんやんよ!」


リカルドは弓を取り構えると、ジャームールに向けて狙いを付けた。



「・・・私の耳などどうでもいい。貴様らは我ら黒い太陽の名を傷つけた。ここで貴様らを皆殺しにして、名誉を回復させてもらうぞ」


あくまで表情は変わらなかった。

だが、ジャームールの体から発せられた魔力は、標的に対する明確な殺意が込められていた。

そして魔力は炎を形作り、炎は竜へと姿を変える。



「リカルド、来るわよ!」


「おう、やってやんよ!」



燃え盛る炎の竜を身に纏った殺し屋が、強烈な殺気を宿して頭上から襲い掛かって来た。


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