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784 思いやりと信頼

「ふぅー・・・アゲハさん、この辺りは落ち着いたみたいですね」


住宅街の一角で、暴徒を取り押さえていたアゲハとカチュアは、目に見える範囲には暴徒がいない事を確認し、休息を取っていたところだった。


大きく息を付いて、カチュアは額にハンカチを当て汗を取る。

汗に濡れた髪が頬に張り付き、疲労の大きさが見て分かる。


「そうだね。それにしてもカチュア、あんたって本当に優しいんだね?」


アゲハは左手を腰に当て、カチュアの後ろ、縛った暴徒を並べた建物の影に視線を送る。


アゲハとカチュアも、やはり体力型のアゲハが暴徒を押さえつけ、カチュアが手足を拘束するという役割分担になっていたが、アゲハは汗はかいていても息は一つも乱していない。



「え、そうですか?普通だと思いますけど」


きょとんとするカチュアを見て、アゲハはフッと一つ息を吐いて笑った。


「だって、わざわざ日陰の場所まで運んであげたんでしょ?そりゃ、操られてるだけの人だってのは分かるけど、けっこう大変だったんじゃない?すごい汗かいてるよ」


「あ、はい、確かに力仕事は苦手なので疲れましたけど、でもこの陽射しの中ほうっておけないですよ。町の人達には話しておきましたので、あとの事はお任せできましたし。私にできる事をやっただけです」


真っすぐな目でアゲハを見つめて微笑むカチュアに、アゲハも自然と笑みが浮かんだ。


「あはは、すごいな。本心で言ってるのがよく分かるよ。やっぱりカチュアは優しいよ。アラタは幸せ者だね」


「え!ア、アゲハさん、そんな急に・・・」


「照れない照れない。さてと・・・町の人達も家の中に隠れたみたいだし、次に行ってみようか?」


顔を赤くするカチュアの腕をポンポンと叩くと、右手に持った長物をくるりと回し肩にかけて、アゲハは通り道の先を指した。



「はい!頑張りましょう!」


「あはは!まだまだ元気みたいだね、じゃあ行こ・・・カチュア!」



アゲハの耳が微かに捕えたのは、風を斬り裂く鋭い音。

反射的に地を蹴り、目の前のカチュアに飛びつき倒れ込んだ。


その直後、一瞬前までアゲハとカチュアの立っていた場所に振り下ろされるのは、人一人簡単に叩き潰せる程の巨大な剣だった。

石畳を大きく陥没させ、放射状に広がっていく地割れは、その一撃が受け太刀さえ許されない程、とてつもない威力だと教えていた。



「・・・チッ、勘の良いヤツだぜ」


吐き捨てるような声に振り返ると、深紅の鎧に身を包んだ男が、陥没した地面の中心に立っていた。


「・・・レジスか」


「久しぶりだなアゲハ師団長様。いや、元師団長様か。てめぇはいつか裏切ると思ってたぜ」


嘲るようにアゲハを見るその男レジスは、決して大柄な男ではなかった。


背丈にしても、175cm程のアゲハと変わらない程度であり、深紅の鎧の上からでも分かる引き締まった体をしているが、力自慢の膨れ上がった筋肉ではない。


艶の無いマットな短い金髪は無造作に立てており、ギラリとした金茶色の目は、アゲハに対して分かりやすいくらいの敵意を見せていた。

口元に浮かべる薄ら笑いは、獲物を狩る時に浮かべる、捕食者としての優越感からくるものだった。



「・・・フッ、私が抜けて良かったな?副団長の貴様が団長になるには、私が消えるしかないからな。私が抜けたおかげでトップの座に付けたんだろ?感想を聞かせてくれよ」


「・・・・・アゲハ、てめぇ・・・」


険しい顔で歯が鳴るほど噛みしめると、レジスは地面に突き立てていた巨大な剣を振り上げた。

すると、分厚く巨大な剣は見る間に小さく縮みだし、平均的なごく普通の大きさの剣に形を変えた。


「ぶっ潰してやるぜェェェッツ!」


帝国軍でかつて部下だった男が、憎しみを剣に込めて飛び掛かってきた。





「カチュア、下がってて。こいつはアタシがやる」


アゲハはカチュアの前に立つと、肩にかけた長物を中段に構えた。


「・・・はい、気を付けてください」


体力型の戦いに白魔法使いの自分は役に立てない。ヘタに手を出せば足を引っ張りかねない。

アゲハに全てを任せる事に抵抗を感じないわけではなかったが、カチュアはすぐに後ろへ下がった。



「ツァァァーーーッツ!」


振り被った剣を、アゲハの脳天に目掛けて振り下ろす!


「フッ!」


アゲハは鋭く息を吐き出すと、左構えの姿勢から、左膝を曲げてやや前傾に重心を落とす。

そこから反動を付けて薙刀を振り上げた!




帝国軍第二師団副団長、レジス・フロイグースの一撃を受け太刀してはならない。


これはレジスを知っている者、全てに言える共通の認識である。

その理由はレジス愛用の武器、山縮さんしゅくの剣の能力にある。


「馬鹿が!山縮の剣の力を忘れたか!?」


それまで極標準的な大きさだった剣は、振り下ろした瞬間にみるみる大きく分厚く変形し、先ほど石畳を陥没させた大きさにまで成った!


「無論忘れてないさ。だからこそだ」


アゲハが振り上げた薙刀は、このままレジスの山縮の剣とぶつかりあえば、あっけなく叩き潰されていただろう。

だが、己の体をミンチにしてしまうほどに巨大な剣が眼前に迫った時、一瞬だけ刃と刃がぶつかる硬い音が響いて、レジスの視界からアゲハが消えた。


「なっ!?」


今まさに憎たらしい女を叩き潰したと思った。

しかしその標的が視界から消えた事で、レジスの思考が一瞬途切れる。


「いくら破壊力があってもさぁ、でか過ぎるってのは考えもんだよね?」


懐から耳に届いた女の声に、レジスの背筋がゾクリと冷える。

視線を落としたそこには、黒髪の女が長物の刃を剣伝いに走らせ、今振り抜かんとしていた。



「て、てめぇッ!?」


山縮の剣のでかさを隠れ蓑にしやがったってのか!?

こ、このクソ女がぁぁぁー----ッツ!


「終わりだ」


剣を巨大化させて振り下ろした事がアダになった。


今更剣の軌道は変えられない。そしてアゲハが山縮の剣の刃に、自身の長物の刃を滑らせながら接近しているため、離そうものならその瞬間に斬りつけられる。しかしそれは離さなくても同じである。


アゲハに懐に入られた時点で勝敗は決していた。



「ア、アゲハァァァァァー-----ー-ッツ!」



怒り、憎しみ、恐怖、それらが入り混じった歪んだ顔で絶叫した直後、レジスの首は胴体と斬り離され、空中で血をまき散らしながら二度三度回転して地面に落ちた。




「せっかくの良い武器も、使い手の頭が足りなけりゃねぇ・・・もったいない」


頭の上から足元へと薙刀を振るい、刃に付いた血を地面に飛ばす。


足元に転がる、かつての仲間の首を一瞥し、アゲハは目を閉じた。




分かっている。


帝国にいた時から、自分にどこか違和感を感じていた。


ここにいていいのだろうか?ここが本当に自分の居場所なのだろうか?


そんな疑問を持ちながら隊を率いていた自分に、部下からの信頼など集まるわけがない。

そつなくこなしていたが、やはり壁は感じていたのだろう。

最後まで信頼関係は築けなかった。


いつか裏切ると思っていた。

レジスがそう言うのも当たり前だ。第二師団の全員がそう思っているだろう。



・・・こんな自分が、誰かと信頼関係なんて築けるはずがない。




「アゲハさん!怪我はないですか?」


少しだけ考えこんでしまったようだ。

駆け寄ってきたカチュアが、アゲハの手を握って心配そうな目を向けて来る。


「ああ、大丈夫だ。私がこんなヤツに負けるわけないだろ?これでも元帝国の師団長なんだぞ」


「あ、肘から血が!すぐにヒールしますね」


言われて、両肘の皮が剥けて血が流れている事に気が付いた。

戦闘中の興奮で、痛みが麻痺していたようだ。


「あ、さっきカチュアに飛びついた時かな?気が付かなかった」


「ごめんなさい!私のためにこんな怪我をさせちゃって・・・ヒール!」


カチュアの両手が白い光で輝き、アゲハの肘の傷を癒していく。


「別に謝る事ないって。このくらいの怪我、私が勝手にやったんだし」


「そんな・・・アゲハさん、もっと自分を大切にしてください。私はアゲハさんが怪我をしたら嫌です」


カチュアは治療を続けながら、アゲハの目を見つめた。

睨むように強い眼差しだが、それは怒りではなく、相手を思いやる心からの眼差しだった。



「・・・分かった。気を付けるよ」



・・・こんな自分が誰かと信頼関係なんて築けるだろうか?そう思っていた。



「はい!・・・その、助けてくれたのに、生意気言ってごめんなさい。それと、本当にありがとうございました」



気持ちが伝わった事に安心して笑顔を見せ、カチュアはアゲハにペコリと頭を下げた。



「あはは、そう何度も謝るなって。私も怪我を治してもらったんだから、お互い様じゃない?・・・だって、私達・・・仲間、だよね?」


最後の言葉だけ、躊躇いがちで呟くように小さかった。

だがその言葉を聞いたカチュアは、一瞬だけ目を瞬かせて、すぐに大きな笑顔で返事をくれた。


「はい!もちろんです!アゲハさんも仲間ですよ!」



「・・・うん、ありがと」



風に導かれてたどり着いたこの場所には、信頼できる仲間がいた。



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