表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
617/1594

617 生き残った乗客 ②

フランク達は機関室を抜けて、上の階へと進んでいた。

しかし転覆した船の足場は当然悪く、まともな方法では上がっていけない。

一人づつ階段の手すりにしがみ付き、足をひっかけながら這うようにして登っているため、数十人が登り切るのには、時間がかかっていた。


先頭に立って案内していたフランクだが、今回は列の最後に回った。

それは浸水しているため、誰もが我先に上に行きたがっていたためだ。

そして緊急時には乗客を優先する、船員としての責任感である。


「エマちゃんは、お兄ちゃんがおんぶして登ろうか?」


当初フランク、エマとその母親を優先して先に行かせようとしたのだが、エマが怖がってしまった事と、フランクの傍が安心するように見えたため、母親がフランクに一緒に行かせてほしいと頼み、三人は列の最後に並んだのである。


「うん、エマはお兄ちゃんと一緒に行く!」


ニッコリと笑って自分の手をぎゅっと握ってくるエマに、フランクも笑顔を返す。

エマは5歳と言っていた。自分にエマくらいの娘がいたとしても何もおかしくない。


「フランクさん、すみません。大丈夫でしょうか?」


「あはは、安心してください。これでも鍛えてるので大丈夫ですよ。じゃあ、エマちゃん、お兄ちゃんの背中にしがみ付いてね。よし、リリアさんはそのシャツで、エマちゃんが落ちないように、僕とエマちゃんを縛ってください」


遠慮がちに声をかけてくるエマの母親リリアにも、フランクは笑顔で言葉を返し、あらかじめ脱いで渡しておいたシャツを指した。


「はい。じゃあエマ、ちょっとキツいかもしれないけど、我慢するのよ?フランクさんにちゃんと掴まっててね」


リリアは、フランクの背中にしがみ付く愛娘に、優しく、けれど言い聞かせるように念を入れて話す。

エマは背中にしがみついていても緊張しているらしく、うん、と返事をするがその声は硬い。


フランクとエマの体を縛り、簡単には外れない事を確認すると、フランクはリリアに先に行くように促した。


「僕はリリアさんのすぐ後ろを行きますから、心配しないでください。もしなにかあっても、絶対にフォローしますから」


フランクの力強い言葉に、リリアもコクリと頷くと、肩の下まである長い金色の髪を首筋で結び、階段の手すりに掴まって足をかけた。



船が転覆した事により、当然階段も逆さまになっている。

石段に足を乗せる事はできないため、手すりをよじ登るしかない。


もし手を滑らせてしまったなら、十数メートル下まで、全身を打ちつけながら落ちていくしかないだろう。そしてその落ちた先は、水と共に侵入してきた鮫で溢れかえっている。


落ちれば、ヤツらによって一瞬にして食い散らかされるだろう。

また、いつ船が揺れるかも分からない状況の中、不安定な体勢で手すりをたよりに登る。

そしてもし落ちれば鮫の餌食となってしまう。その恐怖は想像を絶するものだった。



「リリアさん、落ち着いて登れば大丈夫です。まだここまで水は来てません。ゆっくりでいいんです」


「はぁ・・はぁ・・は、はい。わ、分かりました」


リリアは白魔法使いである。

魔法使いの体力ではただでさえ厳しいのに、生きるか死ぬかの状況では、精神的な負担がなにより大きかった。

リリアのすぐ後ろを、エマを背負ったフランクが励ましながら、ゆっくりと進んでいる。


声掛けの力は大きい。

一人で登っているのではない。すぐ後ろで自分を見守ってくれている人がいると感じられる。

それがリリアの支えになり、恐怖で固まってしまいそうな体を、なんとか動かしていた。




「おい!なにをモタモタしておるか!?さっさとせんと水が来るぞ!平民風情がこの俺をいつまで待たせるつもりだ!」


リリア達が上の階までの半分程登ったところで、すでに登り終えているマイクが、階上のフロアからリリア達を睨み付け、怒鳴り声を上げた。


「ひっ!」


恐怖心を押し殺しながら懸命に上っていたリリアは、大声で威嚇して来るマイク身を強張らせた。


「コラァッツ!なにを止まっとるか!俺はさっさと登れと言ってるんだ!フランク!お前がいないと道が分からんのだぞ!なんでそんな女を先に登らせた!早く追い越して道案内をし・・・うっ!?」


「おじさんさぁ、ちょーーーっと、うっさいね。すこし黙ろうか?」


陶器のように白く細いその手に握られているのは、その肌に負けず劣らず、雪のように真っ白な刃のナイフだった。


そしてそのナイフをマイクの首にあてがうのは、ラクエル・エンリケス。

濃い金色の髪をした魔道剣士の女は、ゴミでも見るような蔑みの目をマイクに向けた。


「き、貴様!こ、この俺を誰だ・・・っ!」


「アタシ、少し黙ろうかって言ったよね?おじさんさぁ、さっきから超うるさいんだよねぇー、マジ耳が痛いんですけど、おじさんこそどうしてくれんの?迷惑料払ってくれんの?一憶イエン」


ラクエルのナイフが食い込み、首筋から血が流れると、マイクはその口を閉ざさるを得なかった。

全身から汗が噴き出たのは、ラクエルの本気を直感で悟ったからに他ならない。


この女は自分を本気で斬ると・・・・・


もしマイクが、警告を無視してあのまま叫び続ければ、ラクエルはマイクの首を斬り裂いていた。

脅しではない本気の殺意を感じ取れたからこそ、マイクそれ以上言葉を発する事ができなかったのだ。



「・・・そうそう、やーっと分かってくれたみたいだね。迷惑料を払えないんならさ、これ以上騒がずに黙ってなよね?・・・次はマジで殺すからね?」


ナイフを下げると、ラクエルは邪魔だと言うようにマイクを突き飛ばす。

あっけなく尻もちを着かされるマイクを見て、周囲で成り行きを見守っていた乗客達も、ラクエルがただの女ではないと感じ取り、得体のしれないものでも見るように、恐れの混じった目を向けた。


見た目は普通の女性と変わらない。特に筋力がありそうな体付きには見えない。

しかし、ナイフを躊躇なく喉にあてがい、脅し文句さえ口にするさまは、絶対に普通ではない。


そう思われて向けられる視線に、ラクエルは小さく舌を打った。




あーあ、またこの目かよ・・・・・


どいつもこいつも、どうしてそんな目でアタシを見んのさ?

あんたらに迷惑かけた?

むしろうるさい親父を黙らせたんだから、感謝してくれてもよくない?


ムカツクなぁ、一階にボートがあるってのは分かったんだから、もうこいつらと一緒に行かなくてもいいかな?


そもそも、場所分かるヤツがいた方が楽かな?って程度の感じだし・・・うん、別にもういっか。

とりあえず、このムカツク目で見て来るヤツらから殺して・・・




「あ、あの・・・ラクエルさん、でしたよね?」


「うん?・・・なに?」


ふいに背中にかけられた声に振り返ると、汗で濡れた髪を額にはりつかせ肩で息をする、見るからに疲労根倍のリリアが、膝に手を着いてラクエルに目を向けていた。


「あぁ、子連れのママさんじゃん?なに?アタシになんか用?」


「はぁ・・ふぅ・・は、はい・・・あの、ありがとうございました」


「・・・え?なんて?」


「その、大きな声では言えませんが、マイクさんを怒ってくれて・・・それで私、今の内だって登ってこれたんです・・・だから、ラクエルさんは恩人です。ありがとうございました」


マイクや他の人に聞こえないように、口を隠すように手を当て、リリアはラクエルの耳元で気持ちを話した。


「・・・ぷっ、あはははははは!なんだよソレー!ママさん見た目大人しいくせに、けっこう言うじゃん!?おもしろ過ぎ!」


お礼を言われるなんて考えもしなかったラクエルは、両手を打ち合わせて高らかに笑った。



力を見せると怖がられる。ラクエルは昔からそれが腹正しかった。


乱暴者を懲らしめたが、そこまでしなくてもと、助けた相手に怯えられた。


泥棒を捕まえたが、ボコボコにしたため、やりすぎだと周りに責められた。


因縁をつけられたの返り討ちにすると、まるで自分が襲ったかのように怯えられた


そして今回・・・

あのままではリリアは落ちていただろう。

それにここで騒がれても、何も良い事などない。それを自分が諫めたのだ。

それなのに、なぜ怖がられなくてはならない?


確かに自分はやり過ぎてしまう事があったかもしれない。

だが、そんな目を向けられる事はしていない。



「え、ええ!?わ、私なにか変な事言いましたか?」


「あははは・・・いやいや、なんでもないよ。あ、ほら、後ろ、娘ちゃん来たよ」


「ママー!」


ラクエルの視線が自分の後ろに向いたので、リリアも釣られて振り返る。

すると一歩遅れて手すりを上がって来たエマが、両手を広げながら走って抱き着いてきた。


「エマ、大丈夫?怖くなかった?」


「うん!お兄ちゃんと一緒だったから、エマ怖くなかったよ!ママは怖くなかった?」


自分とそっくりの金色の髪をした娘の頭を撫で、リリアは優しく微笑んだ。


「エマは強いね。ママは少し怖かったけど、ラクエルさんが助けてくれたから大丈夫だったよ」


そう言ってリリアがラクエルに顔を向ける。エマも母の視線を追うと、こちらを見ているラクエルと目が合った。エマはにっこりと笑うと、ラクエルの前まで歩いて行った。


「そうなんだ!お姉ちゃん、ママを助けてくれてありがとう!」



「・・・え、と・・・」


子供の素直な感謝の気持ちを向けられて、ラクエルは目をパチクリさせた。

こんなに純粋で真っ直ぐなお礼を言われた事は初めてである。


何と言葉を返していいか分からず口ごもっていると、リリアがエマの一歩後ろに立ち、ラクエルに笑いかけた。


「ラクエルさん、もしよかったら、エマを抱っこしてあげてください。この子、抱っこされるの大好きなんです」


「え!?ア、アタシが!?だ、抱っこ!?」


「はい。エマもラクエルさんに抱っこしてほしそうですし・・・あ、ご迷惑でしたか?」


「い、いやいや!そ、そんなんじゃないけど、で、でも、アタシ・・・アタシの事、怖くないの?」


残念そうに眉尻を下げるリリアに、ラクエルは両手を振って否定する。


「え、だって私を助けてくださったじゃないですか?怖くなんかありませんよ。ね?エマ」


「うん、エマ怖くないよ!お姉ちゃん抱っこ!」


両手を伸ばして抱っこをせがむエムを見て、ラクエルはそれまでの堂々とした様子は鳴りを潜め、恐る恐る遠慮がちに、エマの両脇を手を差し入れて抱き上げた。



「わーい!抱っこー!」


「こ、こうで・・・いいの?」


「うふふ、ラクエルさん、それでいいんですよ。エマも喜んでます」


「そ、そう?そうなんだ・・・そっか、喜んでんだ・・・はは」


ぎこちなく笑うラクエル。

まだ戸惑いが大きいが、その胸には感じた事のない温かなものが広がっていた。



そしてそんな三人を、少し離れて見つめていたフランクは、ラクエルに対してある懸念を持った。



最初に会った時に感じた違和感・・・そう、ラクエルさん・・・彼女は身なりが綺麗過ぎたんだ。

僕達は水を被り、油やら何やらでとにかく汚れている。怪我をしてる人も多い。

だけど、船がひっくり返っているにも関わらず、彼女だけ何もなかったかのようなんだ。

それに、さっきマイクさんを脅した、慣れた動きと躊躇いの無さ・・・・・


彼女はいったい何者だ?



「フランクさーん、そろそろ行きましょうー!」


ぼんやりしてしまったようだ。リリアさんが呼んでいる。

ラクエルさんの事は気になるが、あまり悪い方には考えないようにしよう。

リリアさんを助けてくれて、エマちゃんだって懐いている。それでいいじゃないか。


今はこの船から脱出する事だけを考えよう。


「はい、お待たせしました。では皆さん、先へ行きましょう」


僕は先頭に立つと、みんなを連れて上の階へと足を進めた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ