524 追跡 ③
「ビリージョーさんは、10年前まで王宮で料理人をしていたんだ。だが、先代店主の親父さんに不幸があってな、この店を継ぐために王宮の仕事を辞めて、こっちに移ったんだよ」
食事をしながらレイチェルは、ビリージョーさんの話しを聞かせてくれた。
なんでも親父さんが王宮の仕事を辞めて、生まれ故郷のこのナック村でこの店を始めたそうだ。
料理の腕はクインズベリーで右に出る者無し、とまで言わせしめた親父さんだったから、ナック村で始めた小さなこの店でも、貴族や王族が立ち寄っていたそうだ。
それが原因だったのか、いつしか国家ご用達扱いになってしまい、それが広まると一般人は畏れ多いと言って、この店に近づかなくなってしまったそうだ。
「あぁ~、だから俺達以外、誰もいないんですね?」
すでに18時を回っていて、辺りはすっかり暗くなってしまった。
料理はどれも美味しいのに、結局俺達以外、誰もお客さんが来ないまま閉店になった。
「そういうこった。食事付きで一泊5000イエンだぜ?料理だって親父に負けてない。けれど、国家ご用達なんて認識されちまってから、ふらりと寄った旅人くらいしか来ないんだよ。それに場所も悪い。まぁ、親父が老後の趣味でのんびりした店をやりたいって事だったから、しかたねぇんだけどな」
自嘲気味に笑いながら、ビリージョーさんは俺達にデザートのミルクアイスを出してくれた。
11月の寒い時期だが、温かいスープや煮込み料理を食べた後の冷たいアイスは、口の中がリセットされてとても美味しかった。
ビリージョーさんは、今年で35歳という。
結婚はしておらず、一人でこのホワイト亭を切り盛りしている。
「まぁ、なんだかんだでさ、週に2~3回はどこかの貴族が来てくれるんだ。そんでこっちは一泊5000イエンって言ってんのに、全く聞かねぇで10万以上置いていくんだよ。伯爵以上は50万置いていく時もあんだぜ。多分、国家ご用達なんて噂が広まった事に、貴族としての責任みたいなの感じてんだろうな。まぁ、俺も生活があるし、正直助かるしな。それに付き返すのも失礼になるだろ?だから、ありがたくもらう事にしてんだ」
なるほど。そういう事情でこの店を営業しているのか。
王家ご用達という事で一般の人が入りにくいが、定期的にくる貴族達、もしくは王族のおかげで営業を続けていけるのだろう。
ビリージョーさんも貴族が中心に来るという事で、店作りには気使っているのだろう。
掃除は行き届いているし、よく見れば使われている食器もすべて、町の食堂の物よりずっと高そうだ。
実際、今回食べた料理は、日本でなら高級ホテルで出てくるようなものばかりで、どれもとても手が込んでて美味しかった。
これで5000イエン?赤字じゃないのか?とさえ思った。
「あぁ、気にすんな。俺一人だし別に材料費以外はかかってねぇんだよ。それに貴族の払いが良いから金に困ってもいねぇからな。さて、俺の話しはこんなところだ。そろそろお前達の事を話してくれ。ここに来るって事は、なにか面倒事があるんだろ?」
ビリージョーさんに促され、レイチェルはアイスを口に運ぶ手を止めた。
最初にも言われたが、面倒事と決めてかかるのは、前例があるという事だろうか。
「ははは、相変わらずですね。まぁ面倒事なのは間違いないですよ。実は今、ある連中を追跡してるんです。それは・・・・・」
レイチェルは城の騒動の後からの、一連の出来事を語って聞かせた。
「・・・なるほど、城での騒動は俺も聞いていたが、ロンズデールも絡んでると見てるんだな?」
ビリージョーさんは、カウンターで腕を組んで唸っている。
レイチェルの説明を聞いて、俺達がここに来た事を納得したようだ。
「そういう訳で、間違ってもリンジー達と出くわすわけにはいかないんですよ。部屋を貸してください」
「もちろんだ。国家ご用達というのは、そういう時のための肩書きだからな。今日はこのまま休んで、明日の朝一で出るんだろ?」
「はい。リンジー達も例外ではなく、夜は誰も出れませんからね。日の出と同時に出ます」
デザートも食べ終わり、席を立とうとしたところで、ビリージョーさんが小さく、独り言のように呟いた。
「・・・お前の力は十分知ってるが、気を付けろよ。正式な手順をふまずに国境を越えれば、不法入国者だ。何があるか分からない。追跡は国境までにしておけ」
レイチェルは赤い髪を撫で、ビリージョーさんに優しく微笑んだ。
「・・・心配してくれてありがとうございます。大丈夫ですよ」
「・・・・・そうか」
行かないとは、言わないんだな・・・
食事を終えた俺達は、早々にフロを済ませベッドに入った。
朝一番に宿を出るので、しっかりと今日の疲れをとり明日に備えなければならない。
しかし一人で横になっていると、色々な事が頭に浮かびなかなか寝付けない。
カチュア・・・今なにをしているだろうか?
夕飯の約束をしたのに、家で一人、寂しい思いをさせているだろう。
レイチェルが城の兵士に頼んで、レイジェスに俺達が追跡に出たと説明する使いを出してもらったが、こうなるなら、やはりちゃんと話してから出たかった。
しかし、あの時は時間もなかったし、レイチェルを一人で行かせる事も気にかかった。
「・・・まぁ、しかたないよな」
レイチェルが言うには、リンジーさん達はブロートン帝国と接触する可能性があるという事だ。
確かにロンズデールと帝国の関係性を考えれば、それは十分に考えられる。
なんせ今回の件を、ロンズデールが間に入って取りまとめようとまでしているのだ。
無論、帝国の責任を追及せず、証拠不十分でうやむやに終わらせようとするだろう。
偽国王は俺に対して帝国の者だと認めたが、それを帝国が認めるかは全くの別だ。
知らぬ存ぜぬでいくらでも通す事ができる。
そんな話し合いの場になど、当然立てない。
レイチェルは両国がグルだとさえ思っている。
今回の目的は、リンジーさん達が帝国と接触するかどうかの確認だ。
可能ならば会話も聞いて、それをアンリエール様へ報告する。
しかし、場合によっては戦闘になるかもしれない。
戦えるか・・・・・俺に、リンジーさんと・・・・・
昨日リンジーさんが、俺の家に泊まった時の事が思い出される。
みんなとあんなに仲良くしていたのに、それが嘘だったなんて思いたくない。
今朝は、落ち込むエルウィンに優しい言葉もかけていた。
あの優しさも全部嘘だったなんて・・・・・そんな事・・・・・
できれば戦いたくないな・・・・・
あれだけ走った疲れもあって、俺はいつしか眠りについていた。




