1515 素手で十分
鈍い光を放つ刃が鼻先をかすめた。
咄嗟に後ろに飛んだが、赤い髪が数本斬られて風に舞う。
「すばしこい女だ!」
ミルコは長剣を振り下ろすと同時に地面を蹴り、私を追って差し迫ってきた。
「ッ!?」
速い!こいつ、力だけじゃなくスピードも上がっている!そしてあの長剣、なにか変だ!
「シャラアァァァァァーーーーーーーーーッツ!」
「フン」
両手に握っていたダガーナイフは、弾かれた衝撃で落としてしまった。
私は両手を顔の高さに上げて構えた。
左から右へと一文字に振り抜いた剣を、低く腰を落として躱す。
顔を狙い蹴り上げられた左足を、背中を反らしてブリッジの要領で躱す。そのまま両手を地面に着いて、体を縦に回して跳び上がる。
「シャァッツ!」
着地の瞬間を狙い、ミルコは長剣を真っすぐに突き出した!
フッ、なめるなよ。
「なにッ!?」
両手を強く挟み合わせて長剣の刃を止める!
「力もスピードも上がったようだが、軌道が真っすぐで読みやすい。タイミングが分かれば、止める事はさして難しくない」
両手で長剣を挟み止めたまま、私は右足で地面を蹴って跳び上がり、ミルコの顔面目掛けて左の蹴りを繰り出した!
「かかったな」
「ッ!?」
ミルコがニヤリと嗤った瞬間、私は直感で長剣から手を放して体を捻った。
全身に走った悪寒、それは死を感じさせるものだった。今この手を離さなければ死ぬ!
そしてその判断は間違っていなかった。
頬に走った鋭い痛み、宙に飛び散った鮮血、私は体を回して左手で砂を掴みながら着地した。
「ほぉ~~~、すげぇすげぇ!今のよく躱したなぁ?初見で躱せるヤツなんて、そうはいねぇんだけどな」
「・・・お前、その剣・・・」
パックリと裂けた左頬から流れる赤い血が、ボタボタと砂の上に落ちて色を付ける。
ミルコはしてやったりと嘲笑を浮かべると、その異様に長く伸びた剣を見せつけるように振って地面を斬った。
「どこまでも伸びる刃、伸翔剣。単純だがこれでけっこう強力なんだぜ?」
「・・・どこまでも伸びる、か・・・なるほど、最初にその剣から感じた違和感はそれか。完全に躱したつもりだったが髪を切られた。またシルヴィアに整えてもらわないとな」
右手の二本指で前髪を摘み、ミルコが握る長剣を見る。
目算で軽く二メートル以上はある。さっきまでとはまるで別物だ。言葉通りどこまでも伸ばせるのなら、距離をとっては駄目だ。接近戦にこそ勝機がある。
両の拳を握り、左半身を前に出して構えた。
「お?なんだよ、まさか素手で俺とやろうってのか?」
「お前如き、素手で十分だからな」
ヘラヘラと嗤うミルコだったが、私が表情を変えずに言葉を返すと、目じりがピクリと引きつった。
「・・・おもしれぇじゃん」
ミルコの体から発せられるプレッシャーが高まっていく。
赤い目を爛々(らんらん)とさせ、長剣を両手で握り頭上に掲げる。
「何もおもしろくないな。さっさと終わらせてやろう」
左半身で拳をかまえながら、かかって来いと指先を曲げて見せる。
「まったく・・・とことん口の減らない女だなぁッ!」
怒りの叫びと共に長剣が振り下ろされる!
二人の間には、4~5メートル程の距離があった。一般的な長さの剣であれば、レイチェルまでは到底届きはしない。しかし届かない距離を届かせる、それがミルコの武器、伸翔剣!
赤い目を輝かせ、筋力とスピードを大きく上げているミルコならば、レイチェルを頭から真っ二つにする事など簡単な事だろう。
だがその刃がレイチェルの赤い髪に触れるその寸前で、レイチェルは一歩でミルコの懐に潜り込んだ!
「ッ!?」
なっ、く!この女、俺の剣より後に走って俺より速いと言うのかッ!?
「首を斬っても復活した回復力、どこまでのものか確認させてもらうぞ」
レイチェルの目が冷たく鋭い光を放った。
「ハッ!」
左中段突き!ミルコの腹に深く突き刺さる!上体が前に折れ曲がったところを、右の拳を振り上げて顎を打ち抜く!衝撃で足が浮き上がり体が伸びる、ガラ空きの腹に左の蹴りを叩き込む!
「ガァッ・・・・・!」
「ハァァァァァーーーーーーーーーッツ!」
右上段蹴り!ミルコの左側頭部を蹴り抜き、グラリと体が崩れたところを左拳で顔面を打つ!
鼻から血を吹き出し後ろに倒れそうになると、両手で頭を掴まえて引き込み、右膝で腹を突き上げる!
胃が押し潰され、大口を開けて震えるミルコの顔面を思いきり頭で打ち付ける!
グシャッと鼻を潰した感触が額に伝わる。強烈な痛みにミルコが両手で顔を覆ったところを、右拳で胸を打ち抜く!胸骨を砕いた感触が拳に伝わる!間髪入れずに左拳を同じ場所に叩き込む!
連打!息をも付かせぬ高速の連打でミルコをめった打ちにする!
それはトップスピードを維持したまま繰り出す終わりなき打撃、限舞闘争!
成す術もなく打たれるミルコを、距離を取って見つめるエディスは静か笑った。
「・・・フフフ・・・すごいわね、でも無駄よ、あんたがどれだけ殴ろうが蹴ろうが、私がいるかぎりミルコは絶対に倒れない。最後に勝つのは私達よ」




