1513 レイチェルの責任感
「レイチェル、そんなとこで何してんの?」
中間地点のインター・バウルに到着した日の夜、私が一人、建物内の通路に置かれたソファーに座っていると、アラタが声をかけて来た。
「ん、ああ・・・アラタか、いやちょっと眠れなくてな。キミこそどうしたんだ?明日は早いんだぞ」
「いや、俺もなんだか眠れなくてさ、緊張してるのかな。それで気分転換に散歩してた。本当は夜風にでも当たりたいんだけど、こっちは外に出れないから困るよな」
ポリポリと頬をかきながら、アラタは私の隣に腰を下ろした。
「そうか・・・ニホンは夜でも外を歩けるんだもんな。いい世界だよ」
「うん、こっちに来るまではそれが当たり前だったし、まさか夜は外に出れなくなるなんて考えもしなかったな。当たり前の事が実はすごく恵まれた事なんだって、こっちに来て実感してるよ」
「そうだな・・・・・」
「・・・レイチェル、なにかあった?元気なさそうに見えるけど?」
隣に座るアラタが、目の高さを合わせるように頭を下げて、私の顔をじっと見てくる。
どうやら態度に出ていたようだ。
「いや、そんな事はないぞ。私はいつも通りだ。そんな事より、そろそろ寝たらどうだ?」
「・・・いや、やっぱり、レイチェルなにかあったんだろ?そのくらい俺でも分かるよ。なぁ、なにか悩みがあるんなら言ってほしい。俺いつもレイチェルに助けられてばかりだから、もし俺で力になれる事ならなんだってするよ」
適当に話しを流そうとして立ち上がったが、アラタはそんな私の目をじっと見つめたまま、真っ直ぐな言葉をぶつけて来た。
ああ・・・そう言えば、キミは真面目な男だったな。
「・・・分かった、じゃあ聞いてもらおうか」
私はもう一度ソファに腰を下ろすと、最近の自分の不甲斐なさについて話した。
私はパウンド・フォーでムラトシュウイチに敗れてから、店長に鍛え直してもらい闘気も習得した。
もう二度と誰にも負けない。そう誓ったし、それだけの自信があった。
けれどここインター・バウルに着く前に戦った帝国の黒魔法使い、ハビエル・フェルトゥーザ。
あの男にも敗北したようなものだった。
「・・・私がみんなを引っ張っていかなければならないのに、自分が情けないよ。まぁ、気合いを入れ直してまた頑張るさ」
駄目だとは思いながら、つい弱音を口にしてしまった。
とりつくろうように軽い口調で締めくくり、話しを切り上げようとすると、アラタが口を開いた。
「レイチェルってさ、本当に優しいし責任感が強いよな」
「ん?いや、アラタ、いきなりなにを言う?」
急に褒められて、私は目をパチパチさせた。
まさかアラタからそんな言葉をかけられるなんて思いもしなかった。
戸惑う私を見て面白く思ったのか、アラタは少し笑って話しを続けた。
「ああ、いや、からかってるわけじゃないよ?そのさ、レイチェルって本当にいつも自分よりみんなを優先して考えてるし、今だって自分にもっと力があったら、みんなを護れるのにって悩んでたんでしょ?やっぱりすごい優しいし、責任感が強いんだなって思ってさ」
まったくこの男はいきなりどうしたんだ?
褒められて悪い気はしないが、あまりに急で何かあるのかと訝しんでしまう。
「アラタ、そう言ってくれるのは嬉しいが、本当にどうした?」
「本心だよ。でもさ、レイチェルはその責任感が強過ぎると思うんだ。だからもうちょっと肩の力を抜いてもいんじゃないかな? 」
「・・・そうかな?私はそんなつもりではないんだが・・・」
「俺から見てだけどね。もちろん俺もみんなも、そんなレイチェルだから付いて行ってるんだけど、誰かのためにって気持ちが強くて、力が入り過ぎたり、周りが見えにくくなったりする事もあるんじゃないかなって思うんだ。気負いって言うのかな?だからもう少し肩の力を抜いて、自然体で構えて見たらどうかなって思ったんだ」
上から言ってるみたいでごめんな、とアラタは一言口にすると、そろそろ寝るよと言って自分の部屋へ戻って行った。
力が入り過ぎて周りが見えにくくなっている、か・・・・・・・
言われて見ればそうかもしれない
私は店長にレイジェスを任されているから、自分が頑張らないとって思ってずっとやってきた
気負い過ぎていると言われれば、否定はできない
「フッ・・・そうか、いつの間にか私は自分で自分を追い詰めていたのか」
ありがとう、アラタ・・・キミの言葉で気付かされたみたいだ
なんだかスッキリした気分だよ
「遅い」
ミルコの振り下ろした長剣は、レイチェルの左肩から入り右脇腹へ抜けていたはずだった。
しかし剣を振り下ろした次の瞬間、赤い髪の女戦士は一瞬にして目の前から消え去り、長剣は空を切った。
「なッ!?」
い、いない!?消えた!?なぜ!?どうやって!?剣を振り下ろすまで、一瞬も目を離しはしなかった。
いったい何をした!?魔道具か!?
「後ろだ」
「ッ!?」
背後から聞こえた声にミルコが勢いよく振り返ろうとしたその時、強く鋭い衝撃が背中に突き刺さった!
「あぐッ!・・・ッ、て、てめ、ぇ・・・!」
「お前で第一師団の三番手か・・・」
怒りと痛みで顔を真っ赤にし、体を震わせながら顔を振り向かせるミルコの背中からナイフを抜き取ると、レイチェルはそのまま右手を振るって、ミルコの首を斬り裂いた。
「カ・・・・・・ッ!」
噴き出す鮮血を止めようと両手で首を押さえながら、ミルコは苦悶の表情で砂の上に倒れた。
「・・・大した事ないな」
足元に倒れ、血を吐き、小刻みに体を痙攣させるミルコを冷たく見下ろしながら、レイチェルはナイフに付いた血を払い落した。




