1147 謎の攻撃
クインズベリー国を出発して二日目、保存食での昼食を終えて、軍はまた先を目指して進んでいた。
「アラタ君、体の調子はどう?」
アラタのとなりを歩きながら、カチュアが顔を向けて来た。
「う~ん・・・一日荷馬車で寝てたから、昨日よりは全然良いよ。でもやっぱり本調子には遠いかな。体はだるいし、いまいち力が入らないよ」
体の感覚を確かめるように、肩を回したり、拳を握ったりしながら、アラタはカチュアに言葉を返した。
昨日は帝国からの刺客の攻撃を防ぐため、光の力を限界近くまで使ってしまった。
ウィッカーとの修行で、光の力も以前よりうまく使えるようになり、持続時間も長くなっているが、それでも使えば使っただけ体への反動はある。
一日体を休めた分、確かに回復はしている。だがそれでも完全回復にはもう2日程は必要だというのが、アラタの正直な感覚だった。
「そっか、レイチェルもまだ休まないとダメみたいだし、アラタ君も体調が戻るまでゆっくり休んでね?荷馬車に乗らなくて大丈夫?」
「うん、歩くくらいは大丈夫だよ。横になってばかりより、少しは外の空気を吸ったほうがいいと思うし。心配してくれてありがとう」
自分の体を気にかけてくれるカチュアに笑顔でお礼を口にすると、カチュアもニコリと笑顔を返す。
「そんなの当然だよ、私達夫婦なんだし」
「うん、優しい奥さんで俺は幸せ者だよ」
アラタが返した言葉に、カチュアは少し頬を赤くして微笑むと、黙ってアラタの手を握った。
アラタもカチュアの手を握り返す。
雪は20センチくらいは積もっているだろう。一歩足を前に出すたびに、足首までズボっと埋まってしまう。
アラタはカチュアが足を取られて転ばないように、手をしっかりと握り、寄り添うようにして歩いた。
「まぁったく兄ちゃんとカチュアは、こんなとこでもイチャイチャイチャイチャしやがって、緊張感が足りねぇんじゃねぇの?」
アラタとカチュアの数メートル程後ろを歩くリカルドは、肩をすくめて呆れた口調でぼやいた。
「別にいいと思う。戦争中だからって一日中気を張ってたら疲れるだけ。アラタとカチュアはお互いに支え合ってる。アタシは見守りたい」
リカルドと並んで歩くユーリは、リカルドに顔も向けずに淡々と言葉を返した。
「はいはい、まぁ俺も邪魔する気はねぇけどよぉ、緊張感ってのは必要だと思うんだよ。昨日みたくいきなり襲われる可能性だってあるじゃん?ぼけっとしてたら瞬殺される事だってあんだぜ?」
「リカルドの言い分も分かる。間違った事は言ってない。でもそれは人それぞれ。それにアラタとカチュアは手を繋いで歩いてるけど、イチャイチャしてるわけじゃない。見てたら分かるでしょ?」
そこまで話して、ユーリはリカルドに顔を向けた。
じっと見つめ続けていると、根負けしたのかリカルドは、はいはい、と後ろ手に頭を掻いてうなずいた。
「はいはい、分かった分かった、確かに手を繋いでるだけで、浮かれてるわけでもねぇし、無駄口叩いてるわけでもねぇよ。兄ちゃんも警戒を解いてるわけでもねぇし、カチュアだって空いてる左手に魔風の羽を握ってるしな・・・もう言わねぇからそう睨むなって、悪かったよ」
いつまでもリカルドを見つめるユーリに、リカルドは睨まれているのかと思い、謝罪の言葉も口にした。だがそれでもリカルドをじっと見るユーリに、リカルドは眉を寄せた。
「おいおい、だからもう言わねぇって言って・・・・・ユーリ?」
そこまで言って、リカルドは違和感を感じた。
ユーリの様子がおかしい。唇は震えているし、顔もなんだか力が入ったように強張っている。
良く見ると体も小刻みに震えているし、これはリカルドを見つめていると言うより、まるで固まって動けないような・・・
そこまでリカルドが思い当たった時、ユーリの口からうめき声が漏れて、真っ赤な液体・・・そう血が零れ落ちた。
「う・・・あ・・・あぐ・・・・・ゴフッ!」
「なッ!?お、おいユーリッ!?どうしたッ!?おい!?おいぃぃぃぃぃッツ!」
目を見開いて、体を震わせながら血を吐き出すと、ユーリはそのまま前のめりに倒れた。
「う、うわぁぁぁぁぁーーーーーーッ!ユ、ユーーーリィィィィィィーーーーーーーーッツ!」
真っ白な雪にユーリの吐いた血が赤い色を撒き散らす。
突然倒れたユーリを見て、リカルドの全身から汗が噴き出した。
なんだ!?いったいなにがあった!?なんでユーリは突然血を吐いて倒れたんだ!?いったいなにが!?
倒れ伏したユーリの背中には、小さな赤いシミのようなものが浮かび上がり、そしてその赤いシミはジワジワと大きく広がりをみせた。
「な、ななな、なんだよこれ!?ま、まさか血!?血か!?血かよぉぉぉぉぉーーーッ!?」
混乱したリカルドの絶叫が響き渡ると、異変に気付いたアラタとカチュア、そしてレイジェスの仲間達が駆けつけて来た。
「リカルド、どうした!?・・・な!?ユ、ユーリ!?おいリカルド!なにがあった!?」
「ユーリッ!おいユーリ!ユーリィィィィィーーーーーッツ!」
倒れているユーリとリカルドを交互に見て、アラタがリカルドに事情を聞こうとするが、パニック状態のリカルドは、倒れているユーリにすがりつくようにして、ただ叫ぶばかりだった。
「リカルド君どいて!」
そんなリカルドを押しのけるようにして、カチュアはユーリの頭の脇に膝をつくと、ユーリの顔の前に手を出し、そして頬や首に触れた。
「・・・大丈夫、呼吸はしてるからまだ生きてる。まだ助けられる!」
強くハッキリと言葉を口にすると、カチュアはユーリの背中に目を向けた。
一瞬だが眉を潜めて表情を険しくさせたのは、すでにローブの下半分を赤く染めている、出血量の多さを想像したからだろう。
「・・・これは・・・ユーリ、絶対に私が助けるからね!」
背中からこれだけの血が流れているという事は、おそらく背中を刺されたか切られたか、いずれにしろ鋭利な何かで攻撃された可能性が高い。
だけどユーリのローブは、どこも切れたり破れていないように見える。
ではいったいユーリは何をされたのだ?どういう攻撃を受けたんだ?
疑問は多い。考える事は沢山ある。けれど今はユーリの治療が最優先だ。カチュアは思考を切り替えると、両手に淡く光る癒しの魔力を集中させた。
そしてユーリの背中に手を当てると、癒しの魔法でユーリを優しく包み込んだ。
「カ、カチュア、ユーリは助かるよな!?なぁ!大丈夫だよな!?」
「大丈夫、ユーリは私が絶対に助ける!だからリカルド君はユーリの手を握って、沢山声をかけてあげて」
普段のふざけた態度とは一転して、泣きそうな顔でカチュアにすがりつくリカルドに、カチュアは安心させるようその目を見ながら、しっかりと言葉を返した。
「わ、分かった!おい、ユーリ!死ぬんじゃねぇぞ!大丈夫だ!絶対助かるからな!」
リカルドはユーリの手をしっかりと両手で握り、見た事も無いくらい必死な顔つきで声をかけ続けた。




