1148 切り裂く物
騒ぎを聞きつけた兵達も集まり、ヒールをかけるカチュアを中心として、ぐるりと人の輪ができていた。
「アラやん、いったい何があった?」
治療を行うカチュアの少し後ろに立つアラタに、ジャレットが状況の確認をするために声をかけた。
「分かりません。突然後ろからリカルドが叫んで・・・振り返ったらユーリが血まみれで倒れてました・・・」
神妙な顔で答えるが、アラタも何が起きたのかさっぱり分からなかった。
リカルドに聞こうにも、今の様子ではとても話せそうにない。あんなに必死な顔でユーリに声をかけ続けているんだ。とても横から口を挟めないし、話しかけたとしても何か聞ける状態とは思えない。
ジャレットもそれを察したようだ。
リカルドに目を向けるが声はかけず、そうか、と一言だけアラタに言葉を返した。
そして集まったレイジェスの仲間達を見回して口を開いた。
「みんな、見ての通り緊急事態だ。ユーリンはカッちゃんにまかせて、俺らは俺らにできる事をやるぞ。ジーはカッちゃんとユーリンに結界を張れ、ケイティーはサーチだ、軍から距離をとって様子を見ているヤツがいないか調べてくれ」
まだ何も掴めてはいない。だがじっとしているわけにはいかない。ユーリが何者かの攻撃を受けた事だけは確かなのだ。まだ昨日受けたダメージから回復しきれていないレイチェルに代わり、ジャレットがリーダーとして指示を出し始めた。
「了解」
「分かったわ」
ジーンとケイトも状況を理解し、短い返事をすると素早く行動に移った。
「ジャレット、私はレイチェルをフォローするわ。昨日よりはマシだけど、まだ顔色があまり良くないから」
シルヴィアはとなりに立つレイチェルを支えるように、その腰に手を回していた。
「すまないな、シルヴィア。できるだけ自力でなんとかしようとは思うが・・・」
「レイチェル。こういう時は頼ってくれていいのよ?誰かが大変な時は、レイチェルだって同じ事を言うでしょ?」
諭されるように言葉をかけられると、レイチェルは少し間をあけて小さく笑って頷いた。
「・・・ああ、そうだな。よろしく頼むよ」
「ええ、任せてちょうだい」
やれやれ、とでも言いそうなレイチェルを見て、シルヴィアもニコリと笑いかけた。
「・・・よし、じゃあレイチーの事はシーちゃんに任せた。ミッチーは周囲を警戒してくれ。アーちゃんは体調はどうだ?いけそうなら、アラやんをサポートしてくれ」
「分かった」
「問題ないわ。アラタのフォローね、了解」
ミゼルが返事をすると、アゲハも調子の良さを見せるように、手にしていた薙刀を頭上で大きく回して地面に突き刺した。
アラタやレイチェルと違い、精霊の力を主体で使用したアゲハは、一日休んでほぼ全快したようだ。
「ジャレットさん、大変な時なんだから俺だって・・・」
ユーリが瀕死の状態なのに、自分がアゲハに護られる事に抵抗を感じたのか、アラタは自分にもなにかできる事がないかと訴えようとした。
だがアラタが言い終わる前に、ジャレットは首を横に振った。
「駄目だ、アラやんもまだ本調子じゃねぇだろ?ここで待機だ。レイチーだって気持ちは一緒なんだぞ?それでもぐっと堪えてんだ、お前も我慢しろ。いいか?戦争はまだまだこれからなんだ。お前が今すべき事は体を治す事だ。分かるよな?」
「・・・はい・・・」
アラタは悔しそうに唇を結び、拳を握り締めてユーリを見つめた。
ユーリはいつも脛を蹴って来るし、遠慮ない言葉をビシビシぶつけてくる。
だけどカチュアの一番の友達で、自分にとっても大切な仲間だ。
自分とカチュアが結婚した時には、誰よりも祝福して喜んでくれた。ちょっと言葉足らずなところはあるかもしれないが、本当に仲間想いで優しい女の子なんだ。
そんなユーリが血まみれで倒れているのに、何もできない事が悔しくてしかたなかった。
「・・・アラやん、気持ちは分かるが冷静になれ。俺だってムカついて暴れたい気分なんだよ。でもな、まだ敵の事が何も分からねぇんだ。被害を拡大させるわけにはいかねぇだろ?何度も言うが、お前は自分の体調を戻す事が最優先だ。ユーリをこんなにした敵は絶対に見つけるから、あとは俺らにまかせろ」
口では分かったと言っても、隠しきれない怒りが体から滲み出る。それを感じ取ったジャレットは、落ち着かせるようにアラタの肩に手を乗せた。
「・・・ジャレットさん・・・すみません・・・でも俺、本当に悔しいです・・・・・・」
「分かってる。お前の気持ちは分かってる・・・」
仲間が大変な時に何もできない。無力感に歯噛みするアラタの気持ちを汲み取り、ジャレットは優しく声をかけた。
そしてその時・・・集まって来ていた兵士達の中から、突然の悲鳴が上がった。
「あ・・・がァ・・・・・ぐ・・・・・」
突然喉が横一線に切り裂かれたその兵士は、自分の身になにが起きたのか理解すらできなかった。
ただ口から溢れ出る血を吐き出すと、そのまま正面から倒れ伏し、己の血で赤く染まった雪の中に顔を埋めて、それきり動かなくなった。
「・・・う、うわぁぁぁぁーーーーーーッツ!」
「な、なんだ!?いったいなにがッ!?」
「落ち着け!武器を構えて冷静に周りを見ろ!取り乱せば次はお前らが死ぬぞ!」
突然仲間の首が裂け、血を噴き出して倒れた姿を目の当たりにして、兵達に激震が走った。
大きな動揺を見せる者もいたが、熟練した兵が大きく声を上げる事で、持ち直しを図った。
「二人一組だ!背中を合わせて隙を見せるな!落ち着いて対処すれば敵の姿もッ・・・ぐぅッ!?」
指示を飛ばした熟練の兵士の背中に、突然鋭く強い痛みが走る!
「あ・・・が・・・くっ、な、なに、が・・・!?」
振り返ったその兵士は、予想だにしない物を目にした。
「に・・・にん、ぎょう・・・?」
次の瞬間、兵士の喉が切り裂かれ、真っ赤な血飛沫が宙に巻き散らされる。
ナイフを持った人形・・・それがこの世で見た最後の物だった。




