人生は驚きの連続
お久しぶりです。出勤中にお父様が降臨しました。
自分は生来平凡な人間だったと自覚している。
由緒はあるが、力も資産のない伯爵家に生まれ、それでも嫡男なんだからと厳しく育てられた。
特別これといったすごい能力もなく、騎士になるような根性も、体格もなく、出世ができるような人脈もなく、生まれ育った伯爵家をつなぐための駒の1つとして、ずっと生きてきた。
平均的な時期に、似た家柄の娘と結婚し、男女の子どもを2人儲けた。
失敗だったのは、子供たちが小さい時に知り合いに騙されるようにして、投資話を持ちかけられ、財産の多くを失ったことだった。
もともと多くはなかった財産の大半を奪われた。
妻は「借金をするほどお金をかけなかったのは、あなたの性格ね。」と励ましてくれたが、もともと少なかった人脈はさらに細くなり、茶会や夜会に呼ばれることもほとんどなくなってしまった。
そんな中でも2人の子供たちは、大きな怪我や病気をすることもなく、すくすくと大きくなってきた。
今思えば2人ともおとなしい子だった。娘はいろいろなことに興味を示したが、家の状況を正しく理解し、できることで満足していた。息子は特に学問に興味を示し、よく勉強に励んだ。経済状況が厳しく、娘を学園に入れてやることはできなかったが、妻がどこからか紹介してもらったという家庭教師から、いい教育を家で学ばせることができた。息子は運良く奨学金をもらい学園に通うことができ、将来が楽しみなほどの成績をとっていた。本当に子供たちは文句1つ言わずよくやっていたと思う。
そんな私の平凡だった人生が何やら違う方向に転がりだしたのは、娘が結婚した頃だった。王太子妃を選抜するという、今までいない取り組みに娘が該当し、選抜会に参加した後だった。娘は王太子ではなく、公爵家の嫡男を結婚相手として連れ帰った。
高位の貴族の中では、1番下層である貧乏伯爵家が、国内に5つしかない公爵家と縁を結ぶと言うのはかなり珍しい。可愛い娘ではあるが、最上位貴族がわざわざ欲しがるような、世間を揺るがすほどの美姫とは言いがたい。
幸いだったのは、娘婿は本当に心から娘のことを愛しているらしく、娘を大事にしてくれていたことだった。とは言え、驚くほど短い婚約期間を経て、あっという間に娘は結婚して嫁に行ってしまった。
娘が結婚してからとんとん拍子に話が進み、息子は遠くの国へ2年間の留学に行った。ほとんど外国を受け入れないと言う、その国への留学を、なぜか娘婿が持ってきたのだった。息子はこの領地をより発展させるためにと喜び勇んで留学へと出かけていった。幸いなことに息子は賢かったし、国の宰相でもある娘婿が責任を持つと言うので安心して送り出したが、まさかそこで自分の伴侶も連れてくるとは。
息子が伴侶として連れ帰ってきた娘もとても素晴らしい才能を持っていた。留学の見返りに国の文官となった息子とともに、その才能を生かして、この数年で、みるみるうちに我が領地を発展させていった。いつの間にか領地で行われていた災害に強い作物の品種改良をはじめ、新たな流通による経済の発展など、まだまだこれから行われる事業もあるそうだ。
公爵家へと送り出した娘の元には、娘婿の美貌を受け継いだ子どもたちが生まれ、息子の元には跡継ぎとなる子をはじめ個性豊かな子どもたちが生まれた。
ーーーまさか孫の1人がリンダブルグの王妃になるとはーーー
娘婿によく似た、しかし愛する娘と同じ瞳の孫娘は、成人すると同時に隣国に乞われて、嫁いで行った。
寂れた伯爵家だった我が家は、公爵家と縁を繋ぎ、息子の留学先の国とも縁を繋ぎ、いつの間にか有力貴族に入れるほどになった。ひっきりなしに顔つなぎの茶会や夜会に招待され、贅沢にも出欠を選ぶ側になった。
しかし、再来小心者を自認している身としては、突然訪れた繁栄に身の置きどころのなさを感じている。つくづく自分は器の小さい男なのだろう。
「おじいさま!いくぞっ!かくごおおぉ!!!」
物思いにふけっていたが、孫息子の声に、ふと我に帰った。
「おじいさまが悪魔の役ね。俺がそれを倒す騎士だ!とぅっ!!」
どこから持ってきたのか木の棒切れを振り回している孫息子に、こちらもどこから持ってきたのかわからないが渡された棒切れで応戦する。カンカン、と軽い音が響く。
「しぶとい悪魔め!いくぞ!ひっっっさーつ!!「レナードぼっちゃま、歴史の先生がお待ちしておりますよ。」
どこからともなく、気配のない執事が現れた。途端に孫の顔がバツの悪そうな顔になる。
「げ!!セドリック!!いつも気配を消すなといっているだろ!!俺は歴史は好きじゃないからやらないぞ!ここでおじいさまと遊ぶんだ!」
執事は音もなく、孫息子に近づき、棒切れを取り上げた。
「おやおや、立派な剣がこのセドリックに取られてしまいましたぞ。」
「かえせー!せっかくいい太さでまっすぐな枝が手に入ったのに!」
「そうおっしゃって何本お部屋に棒切れがあるのでしょう。先日はぼっちゃまの服の中から蛇の抜け殻が出てきて洗濯のメイドが目を回しておりましたよ。」
「あ!ないと思ったらポケットに入れっぱなしだったか〜。」
「さあ、これ以上先生をお待たせする前に私と一緒に参りましょう。」
「いやだ!過去なんて学んでも何の役にも立たないじゃないか!」
「そうですか。ではぼっちゃまが頑張ったらご褒美にと料理長が焼いていたアップルパイは私がいただきましょう。」
「ずるいぞ!アップルパイは食べる!!」
「ではやるべきことを成してから、お召し上がりくださいませ。」
うまく言いくるめられて、勉強に連れて行かれる孫息子を見送る。個性的な孫たちが多い中で、調子外れの歌を歌いながらおかしなステップで飛び跳ねまわるような後継の孫息子が、子供としては1番普通でいい、などと思いながら、書斎へと戻った。
「おじいさま、俺は騎士学校に行きたい!だが、父上がダメだと言うんだ!」
「そうか。ではおじいさまからもお前の父に口添えよう。」
「じいさま!俺は騎士になりたいんだ。叔父上や父上とは違う形で国に尽くしたい!」
「お前はまっすぐな男だ。どれ。じいからもお前の叔父上に聞いてやろう。」
「じいさま!俺は騎士団に入り、騎士として最後まで国に尽くしたい!入団すれば、何があるかわからない。跡継ぎにはミカエルの方が遥かに適性があると思わないか?」
「私はお前にも十分適性があると思うよ。だが、お前のやりたいことも大切にさせてやりたい。おいで。家族でよく話し合おう。」
1番可愛がっていた自分によく似た赤毛の孫が、いつの間にか騎士団で頭角を表し、2メートルを超えるほどとなり、一族に類を見ないほど筋骨隆々とした体つきになって、鬼の騎士団長と呼ばれる日が遠くないことを私はまだ知らない。




