104いっぱい解除されちゃった
さて、お茶会リベンジである。結局、お茶会の趣旨がすっかり変わってしまったけどね。悩み相談会になるはずが、悩みはすっかり解決し、茶会のメンバーにはクレソンさんが加わっている始末。場所もテラスから、なぜか貴賓室の応接間にランクアップして、すっかりお祝いムードだ。
「姫乃、婚約おめてとう」
お母さんは、クレソンさんとのことを心から祝福してくれている。私はこの世界に来てからたくさんの人にお世話になってきたけれど、これ程までに慈しんで大切にしてくれた人は、彼以外にはいない。王という安定的な肩書もついただけでなく、やはりその人柄がお母さんにとっては決め手だったようだ。
「実はね、姫乃が知らないところで王様とお話することもあるのよ」
「え」
クレソンさん、私とはなかなか会う時間とってくれなかったのに、お母さんと会ってたなんて! ムッとしたのが顔に出てしまったらしく、同席する王妃様がクスクス笑う。
「エース。クレソンは私と仕事の話をしに来ていたのよ。その時に、寿子さんも一緒だから話す機会があったということよ」
なぁんだ。そういうことか。
「王様。今は不敬ですけど敢えてお名前で呼ばせていただくわね。クレソンさん。姫乃のことを、どうかよろしくね」
「お任せください。ただ、お父上がどう思われているかは心配です。もし反対されても、譲る気はありませんけどね」
クレソンさんったら。たぶん、巷の噂よりも私への愛は大きいのではなかろうか。笑いを堪えていた私がいる一方で、お母さんは視線を窓の外に向けてすっと真剣な顔になった。
「確かにこの子は一人娘ですし、あの人もいろいろ思うことはありますでしょうけど。でも、幸せになってくれるならば、それ以上嬉しいことはないはずです」
「そう願います」
「それにね、結局のところ親は子どもに勝てないもの。元々勝ちたいと思ってるわけでもないけれど。やはり、巣立っていく子の背中を後押しして、これからも陰ながら支えることができればと思いますわ」
「ありがとうございます」
その時、部屋にカモミールさんが遅れてやってきた。お招きしていたのに、時間になっても現れないものだから心配していたのだ。
カモミールさん、王妃様、そしてマリ姫様の三人が互いに目配せをする。そして、同時に私の席の方へやってきた。
この三人は、これまた私の知らぬところでたくさんの話し合いを重ね、失われた五年間を取り戻す勢いで仲を深めていたようで。三世代のあうんの呼吸みたいなものを見せつけられると、なんだかほほえましいのと羨ましいのと、ほっとした気持ちがない混ぜになって頬が緩んでしまう。
「エース、渡したい物があります」
私は、差し出された箱の重厚さで、中身に思い当たってしまった。でも、この面子で迫られると、小心者な日本の庶民は、恐れ多すぎて手をカタカタ震わせながら受け取ることしかできないのである。
なかなか箱を開封しようとしない私。カモミールさんが笑みを深めて私を威圧する。はい、すみません、ちゃんと開けますから!
中は予想通りの物だった。
守りの石のペンダント。王妃の証。
「私、この宝物を持つことの意味することを、よく分かっているつもりです。なので、これは本当に私がその資格を得た時に……」
「エース?」
カモミールさんから突き刺さる氷柱の如き鋭く冷たい視線。はい、再びすみません。
「確かにこれは王妃の証でもありますが、今こそあなたに必要なものなのじゃ」
疑問符を浮かべる私に、カモミールさんは話を続ける。
「これを持って、行って欲しい場所がある。古から王と王妃だけに許された空間。そこには、そなたの欲するものがある」
「今でないといけないのですか?」
そんな特別な場所、私みたいな未だ一騎士の身で入っても良いものだろうか? もう世界樹への出発は明日に迫っている。こんな慌ただしい時に、わざわざ行かなくても。という懸念を伝えたところ、返事してくれたのはクレソンさんだった。
「エース、今だからこそだよ。あそこには、かつて君と同じ世界からやってきた救世主達が遺したものがたくさんある。きっと明日からの旅に役立つはずだよ」
「そなたの世界の言葉で書かれていて、儂らには読めないものも多くある。王家は代々、そなたの世界の情報をこうやって守ってきたのだ」
「この城は、救世主や世界樹の管理人を育むためだけに作られた要塞と言っても過言ではないわ。実は、そういう造りをしているの。そして、大切な部屋に入る時の鍵が、それなのよ」
王妃様もにこにこしながら教えてくれる。それを聞いちゃぁ、いてもたってもいられない。時間も無い。私がクレソンさんの顔を見ると、彼も笑顔でうなずき返してくれた。
「エース、行こう。案内するよ」
◇
そこは、普通の廊下の普通の扉だった。城の中の高層階にある、所謂王家の住居エリアの一角である。
「ここですか?」
「うん。実は僕も、入るのは初めてなんだ」
「え」
「初めてはエースと一緒が良かったから」
私はきゅんっとして、クレソンさんの左手の指先を軽く握った。
「僕の鍵は、この短剣なんだ」
あ、やっぱりそうか。つまり、私達は以前からここに入ることができていたんだね。あれ、王家、ちょっと無防備すぎたんじゃないかい? とか思いつつ、中のことに思いを馳せると、どんどん緊張感が高まっていく。どんな事実や情報が眠っているのだろう。どんな空間なのだろう。期待と不安が胸の中に膨らんで、すぐに臨界値を超えてしまいそう。
「大丈夫。どんなことがあっても、僕はエースから離れないよ」
クレソンさんは私の指を解くと、その左手で私の腰を抱く。
「さぁ、行くよ」
◇
え、ここ本当に王城の中だよね? と思うぐらい、そこは天井が高くてとても広く、白い空間だった。例えるならば、白の魔術で作られた亜空間のようで、物理的におかしすぎる容積なのだ。城の中にこんなものを閉じ込めておける余裕なんてあるはずがない。
なめらかな鍾乳洞のような雰囲気だ。どんなメカニズムかは想像もつかないけれど、ところどころから、昼間のような白い光がすっと差し込んでいる。それがまた神々しく、ここが神聖な場所であることを示している。少しひんやりする中、私とクレソンさんはそのまま少し中へ進んだ。
一つ目の角を曲がると、そこは大広間のように開けた場所。壁は相変わらず滑らかなカーブを描いた石みたいな素材で、そこをくり抜いた形の本棚がどこまでも続いている。全ての書架に本や物が置かれているわけではない。ところどころ、と言った具合。
見ると、一番奥まった所の本棚だけ、白い輝きを持っていた。直感的に、あそこには大切なものがあると気づいた私達は、まっすぐにそこへ向かう。
「見事だね」
目の肥えているはずのクレソンさんすら、ため息をつく程のものがあった。その書架は他のものとは全く違っていた。それ自体が守りの石の結晶だったのだ。さらには、いろんな人々や植物、動物が手を繋いでいるような神話的絵画がレリーフとして彫り込まれている。その優美さが圧巻で、私も息をするのも忘れて見入ってしまう。
「エース、ここじゃないかな」
クレソンさんが、少し高い所の棚の上を指さした。私はひゅっと息を呑む。それは懐かしい日本語の文字。
『私の後を継ぐ者へ』
クレソンさんは当然の如く読めない文字のようだ。私は、かつて本当にここへ日本の人が転移してきて、私と同じような運命を背負っていたことを思い知る。なぜかすごく感動してしまって、声が出ない。私が一番端にある、この中では新しいと思われる本を取ろうと手を伸ばした。でも背が届かなくて、クレソンさんが代わりにさっと取ってくれる。
表紙にはハーヴィー王家の紋章があった。以前聞いていたように、この著者の方も救世主の役目を終えた後、王家に嫁いだ人なのかもしれない。
ページを捲ると、意外にも日焼けのしていない真っ白なページが私を出迎えてくれる。その上には、几帳面かつ整った体裁で並ぶ日本語の文字。
『これは、後の世に救世主となる誰かに宛てて書き記す、壮大な手紙。もしまだその責務を果たす役目の条件を満たせていないならば、どうか最後まで読んでほしい』
条件? マリ姫様が以前話していた制限装置絡みのお話かな? それにしてもこの本の厚みすごいんだけど。読み切れるかしら。
『この空間は時間の流れも緩やかなので、ゆっくりと向き合ってほしい。条件を満たさずに立ち向かうことは、武器を持たずに強者と戦うことのように愚かだ。』
この著者、なかなか手厳しいな。仕方ない、じっくりと読むとしよう。私が事情を説明すると、クレソンさんも知らぬ間に近くの本棚で王様向けの本を見つけていたらしく、仲良く読書することになった。
私が手に取ったのは、正に実用書という感じ。てっきり、私以前の救世主の人生を辿った伝記や、日記などを想像していたんだけどね。
書かれているのは、制限装置について。第一から順々に細かく説明されている。私も一応第十七までは解除してきたので、本の途中までは知っていることばかりだった。だけど、途中から知らないことが増えてきて、ついに第四十二制限装置の説明に行き着いた時、異変が起きた。
『どうやら私の後輩は制限装置の解除がほとんどできていないようだ。次のページで一気に取得してもらう』
え、何これ。この本、AIが入ってるの? むしろ、誰かが私の頭の中を覗いてるわけ? 異世界、ちょっと気持ち悪いぐらい進んでるな。私はうすら寒い思いをしながらも、深呼吸をした。一気に取得って、どういうことだろう? 全く想像がつかないけれど、とんでもないことが起きる気がする。でも、きっとこれも試練の一つ。ちゃんと立ち向かわなくちゃ。私は、ゆっくりと次のページを捲った。
わぁ!
突然浮かび上がる私の体と本。見下ろすと、足元の地面には白く強烈な光を発するサークルがあって、私はそれに照らし出されている。まさかこんな所で無重力体験みたいなことになるとは!
すると、本は自動的にペラペラとページが送られていく。その度に、私の体に銀色の光が流れ星みたいな勢いで衝突してきて、私は軽い頭痛を覚える。と同時に私の頭の中は強制的な『書き込み』が行われていった。
『第五十七制限装置解除』
『第五十八制限装置解除』
『第五十九制限装置解除』
……
次々と私の中に沈んていた潜在的な力が目覚め、新たな知識と合致していく。その度に、最近はすっかりお久しぶりになっていた不思議な脳内アナウンスが流れた。私は背筋を反り返して宙に浮かんだまま、それらをひたすら受け止め続けていく。全身があまりの変化に追いつけず、痙攣する。でも悪い感じはしない。書き換えられているのは、知識だけではない気がした。私自身の存在がブラッシュアップされていく。白の魔術師である救世主の完成形となるために。
……
『第八十三制限装置解除』
『第八十四制限装置解除』
そして――。
『第八十五制限装置解除』
ここで、私をずっと包んでいた耳鳴りのような高音も、白い光もふっと弱まった。あれっと思った時には、私の体がゆっくりと地面へ降りていく。
制限装置は第八十五で終わりなのだろうか。というか、この辺りで勘弁してほしい。少し目眩がする。あぁ、まさかここまでの数の制限装置があったなんて。マリ姫様が急かすわけだ。夏休みの宿題を夏休み最終日に一気に仕上げたみたいな疲労感。
その時。
「エース?!」
クレソンさんの慌てたような声。
私はクレソンさんに手を引かれて、天井のつららからポタポタと雫が落ちて出来上がっていた部屋の中の池に行く。その水面に映った私は、一瞬自分だとは気づかない程の変貌ぶりだった。






