103真面目な話をしちゃった
記録鼠が入ったケースは、私が暴れまくったお陰でベッドから落ちてしまった。中からは切なげな声がチュウチュウと言っている。
「やっぱり駄目だったかぁ。エースは身持ちが固いからたぶん無理ってラムにも言ったんだけど、真の忠臣ならばこれぐらいできなくては困るとか言い出して」
クレソンさんはクスクス笑った。イラッとする私。それ、本当に笑い事じゃないですから!
いいですか? 私には現代日本人の知識と常識があるんです。もしもうっかり私がその気になってしまえば、マリ姫様との旅中に妊娠とか発覚した日には、マジ終わってるんですよ。てか、世界樹の管理人交代するにあたり、救世主の存在が本当に必要なんだったら、世界が終わるよ? ここまで白の魔術を磨き、悪い勢力を成敗してきたことが、全て水の泡になってしまう。いくらクレソンさんのことが好きでも、このタイミングでは聞いてあげるわけにはいかないのだ。
ということを掻い摘んで話すと、クレソンさんはしゅんっとしてしまった。
「ごめんね、エース。嫌なことをさせるつもりはなかったし、ちょっと、甘えたかっただけだから」
もう。そんな捨てられた子犬みたいな顔しないでほしい。ちょっと言い過ぎたかな。私は少し可哀想になってきたので、自分からキスしてあげた。
「エース、旅はきっと長くなる。寂しいのもあるけど、心配も大きい」
「私が城からいなくなったら、また私のそっくりさんが出るかもしれないってこと?」
「違う。あれは術者が死んだから消えたよ。確認済み。そんなことより」
クレソンさんは、真剣な表情で私の手を握る。やらしい感じはしない。ひたむきな気持ちで私と向き合っている。
「本当はエースを王妃候補と正式にお触れを出してから送り出す予定だったんだ。でも、力不足で間に合わなかった。ごめん。だから、つけられる護衛もいつものメンバーだけになりそうで」
「十分だよ。あまり大所帯になっても移動しづらいし、私も気心の知ってる人ばかりの方がやりやすいもの」
「とりあえず、オニキスがついてってくれることになったから、これで元宰相派の残党も無駄に襲撃してきにくくなっているはず。おそらく表向きは、オニキス一人の同行ということになるだろうけど、実際はミネラール王国の部隊が彼を影から支えることになると思うんだ。それを少し利用させてもらおう」
「そうだね」
「もしオニキスにスカウトされても……」
「心配しないで! 私はクレソンさんがいいの」
そう言うと、クレソンさんは疲れたようにため息をつく。
「やっぱり、心配。道中の危険もあるけど、他の人にエースが攫われないかって。せめて、王妃とか、王妃とか、王妃などの肩書があれば、もっと護衛を増やしやすいのになぁ」
ま、それは無理な相談だろう。私は所詮ただの騎士だ。それが突然王妃になれるような存在だとすぐに認められないことぐらい、前々から分かっていた。てか、私としては、クレソンさんの近くにいることさえできればいいので、実は妻という立場には拘っていない。それを伝えると。
「エース? 僕はエースがいい。絶対に。あ、この場合は、姫乃って呼んだ方がいいのかな?」
「どちらも私であることは確かだもん。エースでいいよ」
クレソンさんは、この世界に来てから出会った人。私が日本にいた頃、どんなことをしていたのか、何を考えていたのかなど、何にも知らない。まっさらなありのままの私、エースだけを見て好きになってくれた。彼の前では、薬が効かなくて醜態を晒したり、似合ってるかどうか微妙なドレスを着てみたり、我武者羅に戦ってみたり、女の子らしいところなんてほとんど見せられていないけれど、それでもこう言ってくれているのだ。どんなにありがたいことか。
「過去を引き継ぐ姫乃も、この世界に来て生まれ変わったように生きてる私、エースも、どちらもクレソンさんのことが大好きだよ」
「エース、ありがとう」
私がこんなにたくさん愛情表現するのは珍しい。クレソンさんは瞳を潤ませそうになっていた。
「エースが戻ったら、結婚しよう。王妃になってほしいというよりも、完全に僕の唯一無二にしてしまいたい。ずっと、一緒にいよう」
これは、肩書じゃなくて、純粋に自らの伴侶として私を選びたいという言葉。私も感極まって泣きそうになってきた。
「エースが城を不在にしている間に、僕は全てを整えておくよ。安心して帰ってきてもらえるように。ね」
「クレソンさんは、結婚したらどんなことしたい?」
「もっとたくさんの時間を一緒に過ごせるようになりたいな。そしていつか……」
「いつか?」
「子どももほしいな。エース似の子がいい」
そうだよね。私も女の子として生まれたからには、大好きな人の子が産めるといいなぁとは漠然と思うけれど。でも、どうしても心の中で引っかかるものがあるのだ。
私が王であるクレソンさんの子を産めば、いずれその子孫の中からは、世界樹の管理人を引き継ぐ存在が出ることになる。むしろ、そのためにクレソンさんは必ず子孫を残さなければならない。マリ姫様がいなくなれば、ハーヴィー王家の直系はクレソンさんだけになるんだもの。これはクレソンさんに課された世界規模の責任。そしてそれは、王妃になる場合、私にも降り掛かってくることになる。
分かっているのだ。これは必要なことと。
でも、テラスで見たマリ姫様の儚げで寂しそうな笑顔を思い出すと、どうしてもモヤモヤしてしまう。自分の子孫の誰かが、いずれ生贄になることが分かってしまっているのに、次の世代を残すことなんてできるだろうか。
私がポツリポツリと心のうちを話すと、クレソンさんは口を挟まず、最後まで静かに聞いてくれた。
「そうだね。僕と一緒になれば漏れなくついてくる運命だと思う。エースがどうしても嫌ならば、無理強いはしたくない。それに僕だって、これまでそのことについて悩んだことはある」
「え、クレソンさんも?」
ちょっと意外だった。最近の彼はすっかり王様らしくなって威厳も出てきたし、物事を達観しているようにも見えていたので。
「僕は、子孫を残さずに死ぬことは決してできない。これはかなりのプレッシャーだよ。僕の一存で世界の命運が変わってしまうなんて、規模が大きすぎて、嘘みたいで。でも、現実で」
話すクレソンさんの横顔は見たことがない程憂いを帯びていた。
確かにそうかも。彼は突然王籍を剥奪されて、いきなり第八騎士団第六部隊に放り込まれたけれど、そんな危ない職場で生き抜けるだけの剣の腕があった。きっとこれは、彼が自分を守るために幼少期から鍛えてきた証拠だろう。
そして、チャラチャラした話し方をして、浅く広くいろんな人と会話していたこと。これも、無闇に敵を作らず、いつも情報収集を怠らないようにしていたということだよね。
自らにすごい価値があるっていうことは、それだけ常に危険だということ。その分必然的に生きにくくなるし、誰かに相談したくても同じ立場の人なんて、そういない。むしろ、誰にも弱みを見せられなくて、自分を奮い立たせるしかない毎日を送ってきたんじゃないかな。
そう考えると、私の悩みをクレソンさんに打ち明けたことは、とても浅はかで心無いことのような気がしてきた。
「クレソンさん、なんか、ごめんなさい」
「ううん、当然のことだと思う。そう感じてくれるのは、エースが真面目で、僕のことを分かってくれているからだよ。それが嬉しい」
クレソンさんは、私をあやすようにして、私の髪の毛を梳く。
「本当に長い間、僕はこの血筋は呪いだって思って生きてきた。世界を守るなんて綺麗事を建前にした、悪の柵だってね」
「それもまた真実だと思います」
「でもね、今はそこまで深刻に考えていない。これもエースと出会ったお陰かなぁ」
「私?」
クレソンさんは頷く。
「たぶん、僕の前にエースが現れたのも運命なんだ。そして、運命は悪いものも良いものもあって、人は等しくそれらを受け入れなければならない。やっぱり抗えないものってあるんだよ。僕は呪いを受け入れる代わりに、エースとの出会いも大切にする。ずっとずっと。そして、呪いのことも諦めない。どうにかして呪いを断ち切ることができないか、残りの生涯をかけて調べ尽くせばいい。できることは全てやればいいと思うんだ。後悔はそれからでいい」
「そうだね」
私にとっては、異世界転移し、クレソンさんと出会えたことが良い運命の代表格。途中、騎士をクビになったり、絶体絶命のピンチになったり、いろいろあったし、今後も波乱万丈になるかもしれない。そういった悪いこともたくさん起こるかもしれないけれど、しっかりと現実と向き合い、私の手を取ることを決意してくれたクレソンさんさえいれば、私もどんな運命にだって立ち向かっていける気がする。
「はい」
私も、大きく頷いた。
「それにね、生贄だといったら、胸を張って管理人になったマリ姫様が浮かばれないよ」
「あ、ほんとだ」
「たぶんね、死は一般的に悪いことだし、悲しいことだけれど、その捉え方は人それぞれ微妙に違うんだと思う。ある意味、死は永遠の生でもあるかもしれない」
「マリ姫様、言ってました。世界樹のところへ行けば、マリ姫様個人としての人格や姿は消えてしまう。でも、魂はずっとずっと私を想い続けて、私ごとこの世界を守るんだって」
「ほらね」
うん。クレソンさんの言う通りだ。マリ姫様はいなくなるけれど、私達はそれを無駄にしてはいけないし、自分と違う考えというだけで、マリ姫様の尊い信念を否定するのは良くないな。
そうやってマリ姫様のことばかり考えていたからだろうか。気づいたら、クレソンさんが膨れっ面をしていた。
「ねぇ、エース。衛介のことが心配だからって、ずっと世界樹の近くにいて、城に帰ってこないとかならないよね?」
「大丈夫。待っててください。私が帰ってくるのは、いつもクレソンさん、あなたの隣。王妃の席しかないんだよ」
結局その後は、ほとんど二人とも何も話さず、抱き合ったまま寝た。久しぶりに、ぐっすりと朝まで、眠った。
こうして私は、朝まで王様の寝室で一夜を明かした令嬢、ということになってしまったのだ。翌朝から城内、さらには城下にまでその情報が駆け巡り、全くやらしいことは致していないにも関わらず、ある種の既成事実的なものが出来上がることになろうとは、私も予想だにしていなかったのである。
だけどこれは、完全にクレソンさんの目論見通りのことだった。妃に、そうでなくても側妃にと年頃の娘さんを押し付けられそうになっていたのを本格的に牽制し、とても分かりやすい形で私への溺愛っぷりを知らしめたことになる。
というのは、翌日の昼、アンゼリカさんのお父様から届いた手紙で知ったことだ。そこに書かれてあったのは、ラベンダーさんの見解とはまた違うこと。通常貴族令嬢というのは、未婚や婚約していない状態で、乱りに男性の部屋で一夜を明かしたりはしない。ある種、女として傷物になったことになると。
でも今回の相手はクレソンさんで、アンゼリカパパも私の伴侶に推している人物。少々常識がなっていないと周囲から馬鹿にされるかもしれないけれど、今回は良くやった、これで王妃は確定だ!と、手紙の最後の方の筆跡が、彼の興奮を物語っていたよ。
うん、一応許してもらえたってことだよね?
その後、アンゼリカパパが各所へ猛烈に働きかけを行ったことにより、その日の夕方には、私とクレソンさんの婚約が正式に内定。再びハヴィリータイムズの号外が、夜の街にばら撒かれることになったのであった。
パパ、すごい。ある意味チートだよ。と思ったのは秘密。
とりあえず、ワラベ村にいる本物のパパにこれを手紙で知らせなきゃと、お母さんと話しましたとさ。






