少年の決意
赤き鱗はルゥの手の甲より始まり、ゆっくりと肘の辺りまで浸食をして、動きを止める。
ルゥはその自身の異変に身を震わせ、額からは汗が流れ落ちる。そしてルゥは涙に満ちた目を龍へと向ける。
「ド、ドラゴン先生……お、おれ……」
「あんまり良い事態じゃあないねェ」
「……もしかして、龍先生。この前に血をルゥにあげたから?」
メイはルゥの変化を見ながら、龍に疑問を投げかける。
龍は深いため息を吐きながら、メイに無言で頷く。
「まあ、あのときはアタシの血を分けなきゃ死んでいたしねェ。それに、普通ならこんなことにはならないんだけどねェ。これを見るのは何世紀振りだかねェ」
「龍先生、どういうこと?」
「龍の血には、生命力を強くする効能があるのさァ。昔、この辺りに居たアタシの同族たちもみんな狩られちまったよ。 ……知らなかったのかィ?」
「村長さんからは、龍さんたちが昔悪いことをして滅ぼされたって」
「ああ、今じゃあそんな風に伝わっているのかィ。 ……じゃあ良い機会だから、1つ昔話をしようかねェ」
――昔、この大陸にはそれなりの龍が居て、人間と上手いことをやっていたのさァ。
人間たちはアタシたちのことを”御山様”やら”御空様”なんか言われて敬われていたのさァ。
あのことが起きるまでは。ある邪教の一派が現れて、この大陸を荒らし回るまでは。
彼らは”神”を倒すだとかなんだとか言って、他の宗教を迫害し始めた。そんなこと、他の人間たちが許すはずも無かったんだが、彼らにはある武器があったんだァ。それが遺物。
宗教物を破壊していた彼らだったんだが、同時に彼らはアタシたち龍に目をつけたのさねェ。
さっきも言ったとおり、アタシたちは生命力の塊。それを利用して彼らはいろんな実験をし始めた。その1つが、龍の力を得るために龍の血肉を体に取り込んでいたのさァ。
そうして多くが”実験”のために狩られたのさァ。一部の龍だけは実験を生き延びて、彼らに利用されたのさァ……アタシみたくねェ。
この穴蔵に遺物守りとして、閉じ込められた後のことは詳しく知らないが、どうやら彼らが滅んだってことは何となく察知できたんだが、アタシがここから出られることはなかったんだァ。
そうして今に至るってわけさァね。
龍の話に聞き入っていたルゥとメイは、話を聞き終えた後なんとも言えないような表情を見せる。
何故なら、彼らが大人から聞き及んでいた伝承とは大きく食い違っていたからだ。しかし、目の前の龍がウソをついた様にも見えず、どちらを信じれば良いのか頭を悩ませていた。
「ねえ、ドラゴン先生!」
「なんだィ?」
「ドラゴン先生をここから出す方法ってあるの?」
「あることにあるが、何故だィ?」
「おれがここから出してあげる!」
その言葉を聞いた龍は嬉しそうに目を細めるが、一拍置いて厳しい目を向ける。
「まァ、アタシを出す前に今はアンタのことが優先さァね。取りあえず、魔法をもっと勉強して、その鱗に飲まれないようにしないとねェ」
「ねぇ、龍先生。もし鱗に飲まれたらどうなるの?」
「”化け物”になるだけさァ。……さぁ、早く魔法の勉強を始めるよォ」
そうして、ルゥとメイは龍の元で魔法についてさらなる勉学に励むこととなった。
この2人が魔法を覚えて、自在に使いこなせるようになるまで、ここから3年と少しだけ掛かったのであった。
そしてルゥたちが魔法を学んでいるその間に、大陸の隅で不気味な宗教が産声を上げていたのであった。