02.独房で何もする事ないから、こことは違う異世界へ
硬い床に体を任せて眠っていた裕一は、現在自分が陥っている状況が飲み込めずにいた。
逆にこの状況が飲み込める方が凄いと思うけど。
で、シルヴィアとの会話後、すぐに目覚めた裕一がどこにいたのかと言いますと、独房──と言わざるを得ない。
ジメジメしていて、明かりも殆どなく薄暗い。
そして何より、ここが独房だとすぐに理解する事が出来たのは、目の前に鉄格子があったからだ。
この独房から脱出するには、鉄格子のドアに掛かっている南京錠を解錠しなければならないのだが、そんな手段持ち合わせていない。
が、裕一は焦らない。
そう、こういう時は焦らないのが一番。
そして冷静に考える。────数分間裕一が思考し、出した答えは──
「──シルヴィアさんに貰ったユニークスキル、【異世界巡り】使ってみよう」だ。
実際のところ、現在裕一に出来る事はこれくらいしか無いだろう。
それで、確かユニークスキルを発動条件は、ユニークスキル名を唱えるだけだったな。
では、早速「【異世界巡り】!」っと。
「あれ?」
何も起きないじゃないか、と思っていたら、急に視界がグニャリと歪み始める。
今まで十五年生きてきて、体験したことのないことのない光景だ。
それからしばらく経つと、広い平原が視界に飛び込んで来た。
緑一面の平原というと、昔爺ちゃんと遊んだ事が一番印象に残ってるな。
と裕一と爺ちゃんの昔の話は置いといて、これからどうしようか。
取り敢えずは近くの村か街に行くのが、ベストだろう。
だけど、この世界の土地勘なんて一切無いから、どっちに向かったらいいのか分からない。
そう思っていたら、脳内に直接音声が流れ始めた。これがいわゆる直接脳内に! ってやつだな。
『こんにちは、マスター。私は、シルヴィア様の名により、マスターのガイドを勤めることになりました、リンと申します。
早速ですが、マスター。ここから北西に、約七キロメートル進んだ先に、大きな街があります』
「ひぇぁ! いきなり声かけないでよ。ビックリするだろ!」
『オーバーリアクション過ぎです、マスター。キモいです」
「何だよ! いきなり脳内に直接音声が流れたら、誰でもビビるよ! それに初対面の人にキモいです発言はないでしょ!」
『そうなんですか? すみませんでした、マスター』
「はぁ、僕の名前はシルヴィアさんから聞いてるかもしれないけど、佐藤 裕一な。
呼び方は、もうマスターでいいよ。そっちの方がかっこいいし。
それでリンさん。ここから北西に、約七キロメートル進んだ先に、大きな街があるって言ってたけど、関所とかで通れないんじゃないの?」
裕一は、リンと名乗る得体の知れない『何か』にそう問いかける。
そうするとリンは、声音を変え、少し得意げにしてこう言った。
『安心してください、マスター。私の創設者であるシルヴィア様が、マスターに少しのお金と全ての異世界共通の身分証明書にもなる『ステータスカード』、そして【女神の加護】を授けています』
「どこにあるの? その『ステータスカード』っていうのと、少しのお金」
『【女神の加護】の作用で、マスターにユニークスキルよりもユニークな女神スキルが発言しています。その女神スキルの一つである、【アイテムバッグ】の中にそれらの物が入っています』
「そうなの? じゃあ、【アイテムバッグ】! って、おぉ! 何このバッグ凄いカッコいい!」
女神スキルもユニークスキルと同じ発動条件だと思った裕一は【アイテムバッグ】と唱えた。
そうすると、黒が基調で所々に紫紺の線が入っているバッグが左肩から右太ももまでの長さまであるストラップで掛かったまま、現れた。
それで、【アイテムバッグ】をガサゴソと漁り、薄い板状の物を掴み、バッグから取り出す。
「これか? 『ステータスカード』って」
『はい、これで間違いないです』
このプラスチック質の縦六センチ、横八センチのカードが『ステータスカード』だと分かった裕一は、そのカードに視線を落とす。
『ステータスカード』には、見たことないけど、何故か読めてしまう文字で裕一の名前と、何かの数値などが書かれていた。
「じゃあ、その一番近い街に行こうか。『ステータスカード』の内容は気になるけど、なんか気分が落ち込むような気がするからな」
『そうですか、マスター。ここから約七キロメートルも離れてますので、マスターの話し相手に私がなってあげます』
との事なので、リンとおしゃべりしながら、その名前も知らない街へと向かう。
リンとのおしゃべりは楽しいのだが、なんせシルヴィアの事ばかりだ。
シルヴィアがどのように日常を過ごしているとか、どんな下着を穿いているとか。
そんな裕一にとって、今後シルヴィアと話す際に、交渉材料として使えそうな情報が飛び交った。
ー ー ー ー ー
一時間ぐらい、リンとおしゃべりしていると、『シント』に着いた。
『シント』というのは、歩き始めた時は、まだ名前も知らなかった街の名前だ。
「よぉ、ボウズ。こんなとこで突っ立ってないで、こっち来な」
そう声をかけてきたのは、関所の門番らしきナイスガイな男の人だ。
それで、彼が発した聞いたこともない言語も無事に聞き取る事が出来た。
見た事もない文字、聞いた事もない言語が、当たり前のように見聞き出来るという事は、多分何らかの形でシルヴィアがそうなるようにしたのだろう。
というわけで、シルヴィアに感謝しつつ、門番に言われた通りに裕一は、関所まで歩いて、こう言った。
「こんにちは、門番さん。この街に入ってもいいですか?」と。
「あぁ、いいぞ。身分証明書を見せてくれたらな」
やはり、身分証明書がいるのか。まぁ、いるって分かっていたから、リンに関所の話をしたわけなんだけど。
「これでいいですか?」
と、【アイテムバッグ】の中から『ステータスカード』を取り出して、門番に見せる。
そうすると、彼は口をパクパクさせながら、こう言った。
「た、大変申し訳ありませんでした! まさかあなた様が、女神の代行者だとは知らなかったもので、ついボウズなんて言ってしまいすみませんでした」
「そんなにかしこまらなくてもいいんですけど」
「そういうわけにはいかないんです! その『ステータスカード』を持つ者は、一国を治める王様より権力があるんですから」
と、関所の門を開けながら門番は言う。
だが、本当に王様より権力があるのなら、門を開けながら話すというのは、失礼に値するのではなかろうか。
そんな事を思いながら裕一は、せっかくなので門番に握手をしてから、門を潜る。
握手をされた彼は、涙を流しながら、何度も何度も手を振って、歓喜を露わにしていた。
そんな門番を見て、ほんの少しだけ気分が良くなった裕一が、確かにそこにはいた。