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二十一 動き出すロシエ村

 神庭(しんてい)からロシエ村へ降りる道は、すでに姿を変え始めていた。


 トウマの右にはセレスティア。

 左にはシェイドリィがいる。


 三日前には、村人と山番が使うだけの細い道だった。

 だが、今は、徐々に道が広げられている。

 ゴーレムが伐り出したばかりの木を運んでいる。

 神庭での生産が始まると、多くの品物がこの道を通ってロシエ村まで運ばれる。

 そのために、道を拡張しているのだ。


 山の(ふもと)まで下りてくると、様々な資材が置かれているのが見えた。


 道の脇には、ヴァルミリアから買い入れた板材と角材が積まれていた。

 柵や仮囲いに使う杭。

 縄、鉄釘、石材、石灰を詰めた麻袋。

 (むしろ)をかけた工具箱や、空樽まで並んでいる。


「ヴァルミリアと神庭を結ぶ街道工事、その拠点に使う資材ですね。

 まずは、職人を泊め、荷を捌き、資材を管理する場所を整えませんと。

 そこがなければ、建設が進みません」


 右に控えるセレスティアが、積み上げられた板材と角材に目を向けた。

 トウマは頷いた。


「北ロシエ村近くに作る新住居区画にも、同じように資材を回しているはずだ。

 ……木材の調達先を複数考えないといけないな。

 近い将来、足りなくなるぞ」


「はい。

 住まいに使う柱や板に、生木は使えませんので」


 左のシェイドリィが、北ロシエ村へ続く道へ視線を向ける。


「住む場所と、働く場所。

 どちらも同時に動かさなければならないわけですわね」


 三日前まではただの村道だった場所だ。

 だが今は、荷車の(わだち)が深く残り、資材を降ろす男たちの声が飛び交っていた。


 もっとも形になっていたのは、職人たちのための仮小屋だった。

 道路脇の空き地に粗削りの柱が立ち、職人が壁に板を打ちつけている。

 その隣では、飯場(はんば)らしい大きな仮屋根の下で、女たちが湯を沸かしていた。


 資材置き場の先では、ここでも道の幅を広げる作業が始まっていた。

 村人たちが、道端の草を刈り、邪魔な石を取り除いている。

 作業員たちは縄を張り、測量棒を立て、地面に白い粉で線を引いていた。


 その近くには、簡素な机が置かれていた。

 机の上には帳面が広げられ、神庭の書記が羽根ペンを走らせていた。


「板材、二十四束。角材、十本」

人足(にんそく)、午前組、三十八名」


 声が飛ぶたび、書記が淡々と記録していった。


 トウマたちはロシエ村に入った。


 傷んだ古い家々が並んでいた。

 一本の細い道が曲がりながら、中央の広場へと続いていた。


 広場には村人が集まっていた。


 トウマたちが姿を見せると、村人たちは不安そうにこちらを見た。


 新しく用意する住居へ移転してもらう。


 ミリーの父マルクを通じて、村長にはすでにそう話をしてある。

 一方的な話だ。

 だが、今後の神庭とこの付近の発展のために必要なことだ。

 このロシエ村の辺りを中心にして、交易に必要な施設を建てなければならない。

 そのためには、区画整理が必要だ。

 その代わりに、新しい住居を用意する。

 村人にも、新しい仕事の機会がある。


 領主が替わったと聞いたと思ったら、いきなり大規模な工事が始まる。

 しかも、立ち退きをしなくてはならない。

 誰もが不安だろう。


 トウマが思案していると、カミラが老人を連れてやって来た。


「トウマ様。

 こちらは、村長のヨアヒム・ライナーです」


 カミラが、一礼する。

 隣には、粗末な麻の服を着た老人がいる。


 ロシエ村の村長は、日に焼けて深い皺がある痩せた老人だった。

 マルクの話では、グリューネ家に忠実な村長だったという。

 逆らえばよりひどいことになる。

 それが代々、この村のまとめ役に受け継がれてきた教訓だったらしい。


 それでもヨアヒムは、なんとか村が生きていけるように、揉め事を収め、少ない食糧や人手を融通しながら、村人をまとめてきた。


 ヨアヒムは、しっかりとした目つきでトウマを見た。


「初めまして。トウマ様。

 私はヨアヒム・ライナーと申します。

 我が家は、代々、グリューネ家よりこの村のまとめ役を仰せつかってまいりました」


「トウマだ」


「……トウマ様。

 その……」


「大丈夫だ。

 これから、皆に話す」


 ヨアヒムは「分かりました」と一礼すると、村人に向かって声を上げた。


「皆、トウマ様がお言葉を下さる」


 村人が黙った。

 広場は静まりかえった。


 トウマは、村人たちの前へ一歩進み出た。


 右にはセレスティア。

 左にはシェイドリィ。


 セレスティアは静かに村人たちを見渡し、シェイドリィは人垣の動きに目を配っていた。

 二人が何も言わずに控えているだけで、トウマの言葉に重みが加わるようだった。


 ……偉く見えないといけない。

 権威がない人間の言うことを聞くわけがない。


 自信を持っているように見えないといけない。

 自信のない態度じゃ、村人が不安になってしまうだけだからな。

 それに、実際、ロシエ村にとっていいことをしようとしている自負はある。


「この地を預かることになった、神庭のトウマだ。

 皆、突然の移転に不安だろう。

 だが、必要なことだ。

 この地を、これから発展させる。

 そのために、様々な施設をここに建てなければならない。


 お前たちには、移転してもらう」


 村人がざわついた。

 当然だ。


「皆に、新しい家を与える!」


 村人が、「本当か?」とつぶやいているのが聞こえてきた。


「すでに、お前たちの家を建設する資材を購入している」


 村人が静かになった。


「今日明日で今の家を出ろと言うつもりはない。

 新しい住まいが整うまでは、今の家に住んでいていい。

 安心しろ。

 移転先は、ここより少し北にある北ロシエ村の近くに作る新住居区画だ。

 そこに新しい住居を作り、各家の住まいを必ず建てる」


 またざわめき立った。

 新住居区がどの辺りかを囁き合うのが聞こえる。


「畑では、新種の野菜を試験的に栽培する。

 成功すれば、大きな収入源となるだろう。

 働きたい者には、仕事をいくらでも用意する。

 賃金は相応に払う。

 働いた分は、必ず報いる。

 また、新たに商いを始めたい者は、ヨアヒムに申し出ろ。

 ヨアヒムが、神庭側に取り次ぐ。


 子供たちのために、学びの場も作る。

 神庭で使う数字、計算、帳簿のつけ方を教える。

 学ぶための金は取らない。

 よく学んだ者には、神庭の会所(かいしょ)や倉庫、商館で働く道も開く。


 俺はこの村を潰しに来たのではない。

 この村を、神庭と共に発展させるために来たのだ」


 広場に、ざわめきが広がった。


「本当に新しい家を建ててもらえるのか」

「北ロシエ村なら、遠くはないな」

「仕事がいっぱいありそうだな……」

「商売か……」

「うちの子が、書記になれるのか」

「倉庫で働けるなら、畑以外の仕事もできる……」

「商館って、村の者でも入れるのか」


 不安は消えていない。

 だが、村人たちの目に、期待の色が混じり始めているように見えた。


 神庭としては、ロシエ村の村人に、これから建てる施設で働いてもらえると人手不足が補える。

 そのうえ、生活水準が上がり、人口が増えれば、この地はより発展する。


 その時、人垣の中から、少女が前へ出た。


「トウマ様」


 ミリーだった。

 父のマルクと、隣にいた中年女性――母親のハンナだろう――の二人が、慌ててミリーの後を追う。

 さらに、十人ほどの男女が後に続いた。


 ミリーはトウマの前へ進み出ると、膝をつき、胸の前で両手を組んだ。


「ミリーは、信じております。

 トウマ様は、この村を、世界をお救いくださる方です」


「……」


 世界って……。


 ミリーに続いて、マルク、ハンナ、他の人々も、(ひざまず)いた。


「トウマ様。お救いください」


 口々にそう言いながら、胸の前で両手を組んだ。


 ……なんか、新興宗教みたいなんだが。

 どうなったら、こうなるんだ?


「……」


 皆が、潤んだ瞳でトウマを見つめた。


 ……何か、言葉を待ってる感じだ。

 何を言えばいいんだ?


「……」


 トウマは、頷いてみた。


「トウマ様!」


 ミリーたちは、いっせいにトウマを拝み始めた。


 ……後のことはヨアヒムに任せよう。


 トウマは、祈っているミリーたちから、そっと視線を外した。


「ヨアヒム。

 村人からの話は、お前が聞いておいてくれ。

 俺はしばらくここを離れるが、戻り次第、聞く」


「承知いたしました」


 ヨアヒムが、深く頭を下げた。


「カミラ。

 ロシエ村周辺の整備と、移転の実務はまかせた。

 王国語を話せない神庭の者でも意思疎通できるように、言葉を示す札は用意させている。

 首席書記官イリスを中心に、エリナたちが大至急、札の数を増やしてくれているとはいえ、まだ足りない。

 不便をかける」


「セレスティア様が神庭に残ってくださっていたら、もう少し札も増えたかもしれませんが……」


 カミラは苦笑しながら、トウマの右に控えるセレスティアに視線を移した。


「札も大事ですが、トウマ様の安全が最優先です。

 それに、首席書記官イリスがおります」


 カミラが、小さく笑った。


「ふふ。確かに、トウマ様の安全が一番ですね」


 左に控えていたシェイドリィも、珍しくセレスティアをからかわずに頷いた。


「戻ってきたら、影務局員もお手伝いいたしますわ。

 竜脈(りゅうみゃく)の次に、言葉が大事ですから」


「判断に迷う時は、俺が戻ってくるまで作業を止めてかまわん。

 では、頼んだぞ」


「かしこまりました。

 ロシエ村周辺の整備、お任せください」


 カミラがトウマに一礼した。


 トウマは、もう一度だけ広場を見渡した。


 傷んだ家々。

 不安そうに顔を見合わせる村人たち。

 期待と疑いの入り交じった目。

 そして、祈るように頭を垂れるミリーたち。


 この村の暮らしは、まだ何も変わっていない。

 道が広がり、資材が積まれ、職人たちが動き始めただけだ。

 新しい住居も、会所も、倉庫も、商館も、まだ影も形もない。


 それでも、もう動き出している。


 ロシエ村は、これから神庭の麓にあるだけの小さな村ではなくなる。

 ヴァルミリアと神庭を結ぶ道の要所になり、人と荷が行き交う場所になる。

 その変化は、村人にとって恵みであると同時に恐ろしいものでもあるかもしれない。


 村人は、古い家を離れる。

 畑仕事だけではなく、会所や倉庫で働く者が出る。

 商いを始める者もいるだろう。

 子供たちは、神庭式の数字と帳簿を学ぶことになる。


 昨日までの暮らしが、そのまま明日へ続くわけではない。


 だからこそ、失敗はできない。


 これは、ただ村を作り替えるだけの話ではない。

 神庭の外に、神庭の力が届く場所を作るということだ。


 守るべき者が増える。

 食わせるべき者が増える。

 その代わりに、神庭を支える手も増えていく。


 ゲームでは、施設を建てれば、畑や家や倉庫の形をしたものが画面に増えていった。

 村人も、職人も、荷車も、拠点を動かすための要素として表示されていた。


 だが、今は違う。

 目の前にいるのは、役割を与えれば動く駒ではない。

 家を失う不安を抱え、それでも新しい暮らしに期待し始めている人間たちだ。


 失敗すれば、壊れるのは施設だけではない。

 ここにいる村人たちの暮らしだ。


 神庭が生き残るためには、ロシエ村が必要だ。

 ロシエ村が豊かになるためには、神庭の力が必要だ。


 まだ村人たちのざわめきが続いている。

 その中に、ミリーたちの祈りも混じっている。


 ……世界を救う、か。


 そんな大それたことを言われても困る。

 だが、少なくとも神庭と、この村くらいは救わなければならない。


 すべてを背負うには、まだ覚悟が足りない気もする。

 だが、立ち止まるわけにはいかない。


「行くぞ」


 セレスティアが静かに頷いた。

 シェイドリィも、人垣の動きを最後に確かめてから、音もなく動き出した。


 トウマは、セレスティアとシェイドリィを連れ、ロシエ村を後にした。


 目指すのは、竜脈。

 神庭を生かすための、生命線だ。




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