一 ごめん
本日6月27日(土)は、10時から22時まで、おおむね2時間おきに投稿いたします。
明日6月28日(日)も、10時から20時まで順次投稿し、第21話まで公開する予定です。
最後までお付き合いいただけましたら嬉しいです。
午後十時、榊燈真は、末期癌で寝たきりの父親のトイレの介助を終えると、ゲーム《エーテルガルド ~神の庭~》を再開した。
ゲーム内では新年会が催されていて、興に乗った突撃隊長と守備隊長は模擬戦を始めていた。
笑い声、拍手、酒杯を打ち合わせる音。
画面の向こうには、燈真の現実にはない賑やかさがあった。
配下の中には、釣り好きの者もいて、なぜか釣り竿を振り回している者もいる。
燈真はつられて、久しぶりに釣り竿を装備して、竿を振った。
《エーテルガルド ~神の庭~》はもともと、農業や釣り、ダンジョン探索、住民との交流を楽しむスローライフ系VRゲームだ。
だが大型DLCを重ねるうちに、拠点防衛、内政、領地運営まで追加された。
燈真の分身であるトウマは今や一国の王のようになっていて、配下のNPCは総勢二百五十人もいる。
で、こんなに配下が増えちゃったんだよな。
ずらりと宴会席に並ぶ配下たち。肩を組んで笑っていたり、酔っ払って顔を真っ赤にしている者もいる。
宴会席の端では、鎖帷子を装備した配下たちが、隊長たちに触発されて、模擬刀を振り回してはしゃぎ始めた。
燈真はふと先日買っておいた防刃シャツを思い出した。
「そこまでするはずがない」などと言って、母は着てくれない。
ため息が出た。
ゲームのカメラを一人称視点から三人称視点に変更する。
ゲーム内のトウマは配下たちと一緒に、いけ~っ、そこだぁ、などと言いながら腕を振っている。
思わず、言葉が漏れた。
いいよな、こういうの。
燈真は三十歳だった。
一度は就職したが、父の病気と、もう一つの問題のために仕事を辞めた。
今は在宅で細々と請け負い仕事をしながら、母と二人三脚で父の介護を続けている。
高校生の時、半身不随になった父の前で、燈真は言った。
「母さんは、俺が守るよ」
その言葉を燈真は胸に刻み、疲れ果てた母と病気の父を守るために、この家に残り続けた。
もう長い間、家の中に笑い声はない。
だからこそ、画面の向こうの賑やかさが、少しだけ眩しかった。
燈真はゲームのテキストを進めず、じっとゲームの画面に見入っていた。
その時だった。
「金出せつってんだろぉぉっ!!」
居間の方から聞き飽きた、聞きたくもない男の怒鳴り声が響いた。
母は疲れて、居間で身体を休めているはずだ。
燈真は慌ててVRヘッドセットを外して、椅子から立ち上がった。
「殺すぞぉっ、こらぁっ!!」
いつもと違う。
声の荒さが違う。
そう思った瞬間、胸の奥が冷たくなった。
ドアを開けて、自室を飛び出した。
防刃シャツが頭をよぎった。
母は今、着ていないはずだ。
自分も着ていない。
これから着る時間はない。
「やめなさいっ――あ、あああっ!」
心臓がドクンドクンと激しく鼓動する。
「クズがっ! やめろぉっ!!」
怒鳴りながら階段を駆け降りる。
どこだっ?
「母さんっ」
母は台所で血まみれになって倒れていた。
「母さんっ!!」
燈真は母の肩に手を置く。
ぐったりとしたままだ。
ドクンッ、ドクンッ、ドクンッ、ドクンッ。
とにかくっ。
とにかくまずは救急車だ。
それから――
すぐ後ろに、荒い息。
「ぐあぁっ!」
背中が熱い。
刺された。
「うっ! あっ……ぐっ!」
一度では終わらなかった。
何度も、何度も、背中に刃物が突き立てられる。
力が入らない。
母に覆い被さるように、燈真は倒れた。
「生意気なんだよぉっ、弟のくせにっ、お前はぁっ!」
クズの声が後ろから聞こえてくる。
こうなるかもしれない、とは思っていた。
甘かった。
自分の考えは、あまりにも甘かった。
守れなかった。
ごめん、母さん。
ごめん、父さん。
お読みいただき、ありがとうございます。
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