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1.フラグ建築士(不本意)

「お兄ちゃーん、早く起きないと朝ご飯片付けるよー」


月島家のダイニングに、妹であるゆいの容赦ない声が響き渡った。


俺、月島つきしま さくは、寝癖のついた「究極のモブヘア」を掻き毟りながら、あくび混じりにリビングへと足を踏み入れた。


「わかってる。……おはよう、結」


「おはよ。お父さんとお母さんはもう仕事行ったから。今日も平和な一日だね」


結の言う通り、俺の家はどこにでもあるごく普通の一般家庭だ。

両親は揃って真面目な会社員で、親に借金など一円もない。当然、裏社会に狙われているわけでも、世界を救う勇者の血筋を引いているわけでもない。至って健全で、平和で、退屈なほどに真っ当な家庭環境である。


俺自身も、ただ平穏無事に、モブとして一生を終えることだけを目標に生きているしがない高校生だ。

俺が食パンにマーガリンを塗っていると、テレビの画面からやけにテンションの高い女子アナウンサーの声が飛び込んできた。


『おはようございます! 今日の「朝のお星さま占い」、栄えある第1位は……双子座のあなた!』


双子座。俺の星座だ。

嫌な予感がして、俺はトーストを咀嚼する手を止めた。


『今日の双子座は、なんと恋愛運がぶっちぎりのMAX! 運命的な出会いが連続し、怒涛のモテ期到来の予感です!

気になるラッキーカラーは「純白」!

ラッキーアイテムは「シルクのハンカチ」!

そして、運命を引き寄せるラッキーアクションは「困っている人に教科書を見せてあげるなど、勉強を教えること」!

これらを意識して行動すれば、素敵なロマンスが絶対に始まっちゃいますよ♡ それでは今日もいってらっしゃーい!』


「……ふざけるな」


俺は手元のリモコンを親の仇のように強く握りしめ、電源ボタンを連打して画面を暗転させた。

ただの占いだと笑い飛ばすことはできない。なぜなら俺には、「他人の恋愛フラグが物理的なオブジェクトとして可視化される」という理不尽極まりない呪いがかかっているからだ。

そんな俺にとって、全国ネットで放送される「恋愛運MAX」というお告げは、死刑宣告と同義である。


「お兄ちゃん、顔怖いよ。朝からどうしたの?」


「……結。俺は今日、運命という名の星の巡りに徹底的に抗うことに決めた」


俺は瞬時に本日の行動指針を決定した。占いが「やれ」と言ったことの【すべて逆】をいけば、運命のレールから外れ、フラグは完全にへし折れるはずだ。


「まず、ラッキーカラーの『純白』。俺は今日、制服のワイシャツの上に真っ黒なカーディガンを羽織って光を遮断する。これで純白要素はゼロだ」


「はあ……そうだね?」


「次に、ラッキーアイテムの『シルクのハンカチ』。もし今日、誰かが目の前でシルクのハンカチを落としても、俺は絶対に拾わない。誰が落とそうと、完全に風景としてスルーしてやる」


「……落とし物は交番に届けなよ」


「そしてラッキーアクションの『勉強を教える』! 教科書を見せてくれと頼まれても絶対に貸さない! むしろ、俺自身の教科書を窓からぶん投げて、物理的に教えられない状況を自ら作り出してやる!」


「お兄ちゃん、ついに頭がおかしくなったの? お母さんに電話しよっか?」


冷ややかな視線を送ってくる妹を尻目に、俺は勝ち誇った笑みを浮かべた。

これぞモブ。これぞフラグクラッシャー。占いのラッキー要素をすべて逆手にとった、完璧な対抗策だ。


「じゃあな結、俺は一足先に行く。平穏な一日を勝ち取ってくるぜ」


「はいはい、車に気をつけてね」


俺は真っ黒なカーディガンを羽織り、意気揚々と実家の玄関を飛び出した。




***





初夏の爽やかな風が吹き抜ける通学路。

俺は指定制服をキッチリと着こなし、気配を殺して歩いていた。視界の端にチラチラと映る有象無象の小さなフラグを無視しながら、交差点に向かって歩を進める。


「遅刻、遅刻ゥーっ! なんであたしを置いて先に家出ちゃうのよー!」



その時、背後から聞き慣れた声が響いた。

振り返らなくてもわかる。ピーチブラウンの髪を元気なサイドテールにまとめ、琥珀色の大きな瞳を持った俺の幼なじみ、桃瀬ももせ 雫乃しずくのだ。


「ねー! 朔ちゃーん! まってよー!」


ドタドタというけたたましい足音と共に、背後から猛スピードで接近してくる気配。

俺が足を止め、ゆっくりと振り返ると、そこには案の定、朝陽を反射してキラキラと輝くサイドテールをぴょこぴょこと揺らしながら猛ダッシュしてくる雫乃の姿があった。


顔立ちだけ見れば文句なしの美少女なのだが、手足のあちこちに絆創膏が貼られているせいで、どこか残念な空気を漂わせている。

そして何より問題なのは、彼女の頭上だ。


「ピコーン!」


俺の脳内に、軽快にして最悪な電子音が鳴り響いた。

視界の斜め上、網膜に直接語りかけてくるようなポップなピンク色のエフェクトと共に、それは唐突に現れた。空中にふわりと浮かぶ、巨大なネオンサインのような光り輝くフラグ

そこにはご丁寧に、これから起こるであろう未来のイベントがテキスト化されて明記されている。


『背後から猛スピードで突進してきた幼馴染が、何もない平坦な道で転倒。前を歩く朔の背中にダイブして巻き込んで押し倒し、朝の路上で密着ラッキースケベが発生するフラグ』


「……冗談じゃない」


俺の死んだ魚のような瞳に、かつてないほどの鋭い光が宿った。

俺はモブだ。幼なじみとの甘酸っぱいラッキースケベなどという、主人公にしか許されないイベントを享受するつもりは毛頭ない。雫乃のやつはどうせ、俺の焦る反応を見てからかいたいだけなのだ。


俺は瞬時に脳細胞をフル回転させた。

現在の風向き、背後から迫る雫乃の走行速度、歩幅、そして彼女が過去10年間で見せてきた「何もない平坦な道で転ぶ」という異常なドジっ子データの蓄積。すべてを計算し尽くした結果、導き出された最適解は一つ。


闘牛士マタドールの回避……ッ!」


俺は歩みをピタリと止め、その場に直立不動の姿勢をとった。

背後からの足音が残り3メートル、2メートルと迫る。

フラグのテキストによれば、彼女は『何もない平坦な道で転倒』する。つまり、俺が下手に逃げ回るよりも、彼女が転倒して宙に浮いたその瞬間に、俺が横へ一歩だけステップを踏んで躱せばいいのだ。


そうすれば、彼女の体は俺の横を通り抜け、すぐ横にある柔らかい生け垣へと安全にダイブすることになる。完璧な作戦だ。


「朔ちゃーんっ! 追いつい……わわっ!?」


予測通りだった。

背後で、雫乃がアスファルトの上の「目に見えない何か(おそらく空気の抵抗か何か)」につまずき、盛大にバランスを崩した音がした。


「今だッ!」


俺は渾身の力を込め、右側へと鋭くステップを踏んだ。

残像を残すほどの完璧な回避行動。俺の体は完全に雫乃の突進軌道から外れた。よし、これでフラグ粉砕完了だ。あとは彼女が生け垣に突っ込むのを見届けるだけ――。


しかし、次の瞬間、俺は物理法則の崩壊を目の当たりにすることになる。


「きゃああああっ!?」


宙に浮いた雫乃の体が、あり得ない挙動を見せた。

前方へ放物線を描いて飛んでいくはずの彼女の体が、空中で突如として「くの字」に折れ曲がったかと思うと、まるで俺の体温を感知する追尾ミサイル(ホーミングミサイル)のように、空中で鋭角に軌道を変えたのだ。


「嘘だろ!? なんで空中で曲がるんだよ!」


俺の悲鳴は、迫り来るピーチブラウンの残像にかき消された。

ドサァッ!!

鈍い音と共に、俺は背後から強烈なタックルを食らい、そのまま前方のコンクリートの地面へと押し倒された。


背中には、制服越しでもはっきりとわかる、柔らかくも確かな質量を持つ二つの膨らみが押し当てられている。さらに、落下による衝撃を和らげようと無意識に前に出した俺の両手は、なぜか俺の下敷きになるような形で回り込んできた雫乃の制服の胸元――つまり、俺の背中と俺の手で、雫乃をサンドイッチしてしまうという、前代未聞の四次元的なラッキースケベが発生していた。


「…………っ」


「…………っ」


朝の静寂に包まれた通学路。

すぐ耳元で、雫乃の荒い息遣いが聞こえる。琥珀色の瞳が至近距離で俺を見つめ、その顔がみるみるうちに沸騰したように赤く染まっていくのが分かった。


終わった。

フラグ回避のための完璧な計算は、桃瀬雫乃という物理演算のバグの前に無惨に散ったのだ。


「ち、違う! これは事故だ!」


俺は慌てて体を離し、弁明を試みる。


「俺はお前を安全な生け垣へ誘導しようと、マタドールのように華麗に躱しただけだ! 断じて、お前のダイブを待ち伏せしてこんな破廉恥な行為に及ぼうとしたわけじゃない!」


「……朔…ちゃん」


雫乃が、潤んだ瞳で俺を見つめ返した。

その表情には、怒りも、からかいの色もない。ただ、熱を帯びた吐息と共に、震える唇が紡いだのは、俺の予想を遥かに超える言葉だった。


「もうっ……あたしが転ぶのわかってて、わざと受け止めようとしてくれたんでしょ……!?」


「は?」


「朔ちゃんがあたしの方に回り込んでくれなかったら、あたし、そのまま地面に叩きつけられて大怪我してた……。……!」


雫乃は俺の黒いカーディガンの袖をきゅっと軽く掴むと、俯き加減で、しかし確かな熱を込めて呟いた。


「……ありがと。朔ちゃんは昔から、あたしがピンチの時には絶対に助けてくれるよね……」


ピコーン!!!


俺の絶望を嘲笑うかのように、雫乃の頭上に刺さっていた【初恋始動フラグ】が、けたたましいファンファーレと共に形を変えた。

ピンク色の旗はみるみるうちに天を突くほど巨大化し、無数のハートマークを撒き散らしながら、極太の【好感度MAX&一生離れないフラグ】へと進化を遂げたのである。


「なんでそうなるんだよおおおおおっ!?」


俺は天を仰ぎ、血の涙を流さんばかりの勢いで叫んだ。

なぜだ。なぜ俺が必死にフラグを折ろうとすればするほど、ヒロインたちは勝手に斜め上のポジティブな解釈をし、好感度をカンストさせてしまうのか。


「ほら、朔ちゃん! 早く行かないと本当に遅刻しちゃうから! 今日からは、あたしがしっかり手繋いで引っ張ってってあげる!」


「頼むから物理的な接触は避けてくれ! 俺の平穏なモブライフが!」


有無を言わさず俺の右手を恋人繋ぎでホールドしてくる雫乃に引きずられながら、俺は絶望の足取りで学園へと向かった。


結局、フラグ建築士(不本意)としての俺の抵抗は、物語早々から完全に敗北に終わったのだ。朝の占いなど関係ない。俺の人生そのものが、恋愛の引力に囚われている。


だが、地獄はこれだけでは終わらなかった。

雫乃に引きずられながらようやく学園の正門をくぐった俺の目に、さらなる絶望の光景が飛び込んできたからだ。


「……嘘だろ」


俺は立ち尽くした。

校舎の最上階。その屋上を突き抜け、天空に向かってそびえ立つ、かつて見たこともないほど巨大で、圧倒的な質量を持った【黄金のフラグ】。

それはまるで「この学園の絶対的な支配者」の降臨を告げるかのように、ギラギラと眩い光を放ちながら、俺という存在をはっきりとロックオンしていたのだ。


俺の平穏無事な高校生活は、始まったばかりで早くも終わりを告げようとしている。


読んでいただきありがとございます

続き読みたいと思ってくれた方に是非

評価ボタン押してもらえればとおもってます

ブクマしてくれると喜びます

でわ、次話でお会いしましょう

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