14-エピローグ
――――王都に春の風が吹いていた。
玉座を巡る争いも、虚言に塗れた記録も、ついに終焉を迎えた。
長く続いた暗闇に、ようやく静かな朝が訪れたのだ。
王国中枢から姿を消したエイビスの名は、今やどこにも記されていない。
歴史書にも、王家の記録にも、彼の存在を示すものは何一つ残っていない。
ただ、レイラとセインの胸にだけ、あの夜の記憶が、静かに焼きついていた。
叙任式を数日後に控えたある夕暮れ。
王都の南翼にある高台の書庫。
そこは、ふたりにとって最も多くの真実と向き合ってきた場所だった。
バルコニーに立つレイラは、西の空を見つめていた。
「……ここにいましたか、レイラ」
背後から聞こえた声に、レイラは微笑んで振り返る。
「セイン。あなたも、この時間が好きだったのね」
「ええ。騒がしさも名声もない場所で、ただ本当のことだけが残っている……そういう場所が、今の僕には一番落ち着きます」
レイラは頷き、彼の隣に立った。
「もうすぐ、王家から正式に任命されるわね。あなたも未来を書く者として、記録に名が残る」
「それよりも、どうしても今日、先に伝えておきたいことがあって」
セインは真剣な眼差しで彼女を見つめた。
「……ありがとう、レイラ。エイビスを、倒してくれて。いや、正確には――あなた自身を信じて、貫いてくれてありがとう」
「私は……ただ、自分が消されたくなかっただけ。誰かの言葉で、塗り潰されるのが、怖かったの」
「それでも、あなたは立ち続けた。他人の真実ではなく、あなた自身の言葉で」
彼の声は、温かく、確かな重みを持っていた。
「もし、あなたがいなければ、僕はただの記憶の残骸だったかもしれない。僕の過去を、存在を、正しく覚えていてくれたのは……あなたただ一人だ」
レイラは驚きに目を見開いた。
セインはゆっくりと彼女に歩み寄り、手袋を外し、そっとレイラの手に触れた。
「――好きです。過去に傷ついても、嘘を拒み、真実に立ち続けるあなたが」
「……それは、真実かしら?」
「ええ。記録にも、記憶にも残さなくていい。けれど、あなたの心には届いていてほしい」
彼の手は温かく、静かに彼女の手を包んだ。
そして、その手は、もう離れなかった。
──
数日後。
王宮での叙任式。
正式に記録顧問として任命されたレイラは、王家から直々に未来を綴る者の称号を与えられた。
多くの人々がその姿を見守るなか、レイラは壇上で静かに頭を下げ、そして宣言する。
「私は、もう誰にも書き換えられない未来を記します。記録も記憶も、誰かの都合で塗り替えられるものではない。わたくしは、それを守る者になります」
その声は王宮に響き渡り、静かな拍手と敬意が続いた。
式のあと、セインとふたり、再びあの書庫へ戻る。
机の上には、新たに綴られる一冊の書がある。
レイラはペンを取り、ゆっくりと書き始めた。
『これは、すべてを奪われかけた女が、すべてを取り戻し、真実を書き換えた物語である』
その隣で、セインが椅子を引き寄せて座った。
「……ねぇ、セイン」
「なんですか?」
「このあと、もし誰かの物語が始まるのだとしたら……あなたは、傍にいてくれる?」
「ええ。あなたが望む限り、ずっと」
彼の声が、書庫の静寂に優しく溶けていった。
ふたりの物語は、今まさに綴られる側から、綴る側へと歩みを進めていた。
それは、記録されるためだけではない。
生きて、愛して、誰かの中に確かに存在するための、最初の一行だった。
それからというもの、レイラとセインは新たな記録管理の礎を築いていった。
過去を隠すためではなく、真実を照らすために記録を使う。
記憶を奪うためではなく、痛みも誇りも、すべてを正しく伝えるために記す。
ふたりのもとには、次第に多くの人々が集まりはじめた。
誤って記録された過去を修正したいと願う者、
真実を語る術を失った人々。
その声一つひとつに、ふたりは丁寧に耳を傾けた。
そして、ある夜。ふたりだけの書庫に灯る小さな明かりの中で、レイラがぽつりと言った。
「記録というのは、不思議ね」
「どうして?」とセインが微笑む。
「紙の上の言葉は、ただの文字。でも、それを誰かが読むことで、初めて生きた意味になる。あなたと出会って、私はそれを知ったの」
セインはそっと彼女の肩を抱いた。
「その文字に、誰よりも命を吹き込めるのは、あなたです。だから、これからも……共に記し続けましょう」
ふたりの筆は、今もなお止まらない。
過去を癒し、未来を守り、人々の真実を照らすために。
それが、彼女たちが手にした“ざまぁ”の先にあった、本当の勝利の証だった――――。
終わりです。
最後までお読み頂きまして、有り難うございました。
相田ゆき




