ターニングポイント
「お父さん、今日はお仕事行かないで、お家にいて」
「え、アオイ、それは無理だよ。父さん仕事しないと」
「お母さん、お父さんを止めて」
「アオイ、何が見えたの?」
「良くわからないけど、お父さんが倒れてる。何処も行かないでお家にいて」
アオイにはわからない場所で、状況が理解できない状態で、ボロボロの父が倒れ込む姿が見えたのだ。
「今日は都内の会社に招かれているから、倒れ込むような所には行かないよ。アオイ大丈夫だよ」
「お父さん、白っぽい部屋に入っちゃ駄目だよ」
「わかった。白っぽい部屋には、入らないよ」
アオイに止められたが、郁夫は稼がなくてはならないので、仕事に出かけた。
部屋で倒れるパターンを想像し、ガス中毒や、白い部屋といえば病院だろうかと考え、それらを避けようと考えていた。
仕事相手に、食品工場を案内され、ガスも使っているし、割りと壁が白いため、怖々と緊張していたが、一通り見学が無事に終わり、喫煙者と共に、休憩室で休むことになった。その道すがら、半開きになっている倉庫を見かけたのだ。
「あの倉庫、なんで開いてんだ?」
「ちょっと見てくるか」
倉庫なら壁も白くないだろうし、ガスもないだろうと考え、一緒についていったのだ。
同行者は、たばこを咥えたままだった。
「何の倉庫だ?」
案内人の次に郁夫が覗き、真っ暗な中に入った。外の明るさのせいで、中は真っ暗に見えていたが、目が慣れてくると、粉が舞っているのがわかった。あ!白い部屋!と思った時には遅かった。同行者が後ろから覗き込み、大爆発をして、倉庫の扉ごと吹っ飛ばされた。粉塵爆発をしたようだ。
郁夫は、すぐに病院に運ばれたが、内蔵まで到達する怪我の他に、目と耳をやられ、仕事も駄目になり、その入院費すら払えない状況になってしまった。
母の真子は、幼い子供と看病する夫がいて働けないと言い、花守家で入院費を捻出するには、アオイがテレビに出るしかなかった。
「お母さん、私、頑張る」
「アオイ、ごめんね。守ってやれなくて、ごめんね」
「でも、大人の人と話すのは、お願い」
「勿論よ」
母が出演交渉し、アオイはテレビ番組に呼ばれた。
アオイは、全出演者の手を触り、なるべく喜ばしいことを伝えたが、それではテレビ映えしないと怒られ、再び全員の手を触ることになった。
それでも、緊急性の有るものは見えず、スタッフも全員触ることになり、やっと1人、怪我をする恐れのある人がいた。
「あのお兄さん、夜、頭から血が出てる」
「お!そうか! 良くやった。もう少し詳しく話してくれ」
「ビールかなぁ? 茶色い瓶で、怪我すると思う」
「そうか。そうか。他には何か見えないのか?」
「うん。それだけ」
そしてテレビ番組は、当人に教えること無く、追跡取材をし、そのスタッフが酔っぱらいと喧嘩をしてビール瓶で殴られ流血するところまでをフィルムに納めてきたのだ。
アオイは、何ヵ所かの番組に呼ばれたが、いずれも、不幸な予言しか取り上げてもらえず、不幸を予言する不気味な少女として、有名になっていった。
アオイの頑張りは、家族が生活するには充分な収入になり、父の病院代も余裕で支払うことができ、少し贅沢もできた。
しかし、もうすぐ卒園にも関わらず、アオイは、幼稚園の卒園式すらまともに出席出来なかった。
何とか小学校へ入学するも、たまに学校へ行けば、不気味な予言をすると言われ、回りから避けられ、誰も友達になってくれず、学校へ行くのが苦痛だった。
「学校に行きたくない」
「何言っているの。ただでさえなかなか行けないんだから、行けるときに行かなかったら、いつ行くのよ?」
アオイの母は、幼い息子の養育と、夫の看病で、精神的に目一杯で、アオイの心情まで気が回っていなかった。大金を稼いでくる健康な娘について、心配する必要性を全く感じていなかった。
1年も経つと、だんだん雑誌にもテレビにも呼ばれなくなり、少し贅沢を覚えてしまった花守家の家計は、火の車になっていった。
「あなたがもっと良いことを言っていれば、不気味だなんて言われなかったのに」
アオイは常に良いことを伝えていた。放送に一切使われなかったのだ。8歳の誕生日は忘れられ、それでもアオイは頑張った。それなのに、母に理解してもらえていなかった。
「私はどうしたら良かったのよ!? お母さんなんて、大嫌い!!」
アオイは感情を爆発させた。すると、弟のツカサが泣き出し、母はアオイに返事すらすること無く、ツカサをあやし始めた。
アオイは家を飛び出し、行く宛もなく、公園のブランコを1人寂しく漕いでいた。
「もしかして、アオイちゃんかい?」
アオイに声をかけたのは、幼稚園のそばに有った大きな組の姉さんだった。
「お花のお姉さん」
「こんなところに1人でどうしたんだい?」
日も暮れて、辺りは真っ暗なのだ。
「お母さんと、喧嘩……すらしてもらえなかった。うわーん」
アオイが泣き出し、姉さんは、アオイが泣き止むまでそばにいてくれた。そして、アオイが辛かったことを話すと、姉さんは、全面的にアオイの味方をしてくれた。
「そうか。アオイちゃんのお母上も大変なんだろうが、娘の話も聞かないのは、いただけないね」
「もうおうちに帰りたくない」
「そりゃ困ったね。落ち着くまで、うちに来るかい?」
「いいの? お姉さんは、私が不気味じゃないの?」
「センシティブなのは、アオイちゃんの長所だよ」
「せんしてぃぶ?」
「繊細とか、敏感とかそんな意味だね」
「お姉さん、ありがとう!」
やっとアオイが笑顔になった。
姉さんは、アオイを連れ帰り、花守家には電話を入れた。
「私、午時と申します。お宅のアオイちゃんを、暫く預かる所存でございます。こちらの電話番号は○○○-○○○○、住所は○○区○○町○-○番地です。落ち着いたら帰るよう声をかけますんで、ご心配なさらずお過ごしください」
「は? あなた、何言ってるんですか? アオイを出してください」
「アオイちゃん、お母上が電話口に呼んでるよ」
真子は気がついた。お母上なんて言葉遣いをする人物は、1人しか心当たりがない。それに、アオイの拒絶の声が遠くに聞こえる。
「すまないね。お嬢さんは電話に出たくないようだ」
「大変申し訳有りません。アオイをよろしくお願いします」
「あいわかった。落ち着いたら電話をするように伝えます」
「よろしくお願いします」
真子は絶望した。なんたってアオイは、ヤクザの家になんて行ったんだろう? 私への当て付けなのだろうか?
生活にいっぱいいっぱいだった真子は、結局何処までもアオイの心情には、無頓着だったのだ。




