第十話「執念のヴァルマ領決戦!!」4
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───モグログのアジト。
いつもは闇が支配する、全貌の見えないその空間が、今は荒々しい岩肌の洞窟のような場所として存在した。
そしてその奥で、禍々しい異形の髑髏の形をした水晶に向かって、赤いオーラを注ぎ込む男の姿がある。
彼の名はロクシン。物でも人でも何でも直す”奇跡の人”として持て囃された男である。だがそれは、モグログの秘宝とされる”指輪”を所持していたせいであった。
モグログに攫われた彼は、自身の兄を人質にされ、この異形の水晶髑髏にパワーを注ぎ込み続けているのだ。果たしていつからこうしているのか……。
「ごらんなさい……すばらしい、お手柄でしたなアイネグライブ殿!」
「おお……!」
ロクシンの様子を見て感嘆の声を漏らすアイネグライブ。モグログの首魁、”闘神官”の肩書を持つ、黒鎧の大男である。横には同じく闘神官ウィドログリブこと大商人イカウェイ。同じく隣に、静かに佇む老婆……巫女モラドの姿もある。その巫女モラドが、嗜める様にアイネグライブに話しかける。
「しかし、無茶はなりませんよ闘神官殿。深手を負って帰ってきときは、肝が冷えました。」
「面目ない。」
「いやいやそれとても、あの男の……いえ、あの指輪の力をもってすれば、このように跡形も無し!」
アイネグライブが、キメラ魔人としての姿で臨んだリボリアムとの激闘。ロクシンとその兄を確保し、戦術的には勝利したが、アイネグライブ自身は袈裟懸けに斬られ、血を流した。しかしその傷も既に完治したのだ。ロクシンの行使する指輪の力によって。
「さ~ら~にッ!巫女モラド殿の水晶髑髏に指輪の力を注ぎ込めば、巫女殿の予言の力がさらにパワーアップする……そうして残り2つの、モグログの秘宝を見つける。あわよくば、我らが『王』候補も……。ですな?アイネグライブ殿。」
「うむ。……だが、その前に成さねばならぬことがある。ヴァルマ領……いや特捜騎士リボリアムを仕留めること。」
「ヴァルマ領への攻撃ですが……つい先日、そのリボリアムめが現れ、1部隊が壊滅しました。」
「……つくづく厄介な奴よ。それで、同胞たちの練度は?」
「まずまずと言って良いでしょう。なんのかんの言っても、あそこは手ごわい。ゆえに訓練場としても望ましい。次なる計画の為……同胞たちの力量は上がっております。」
「うむ。……巫女モラド、あなたの目からはどうか?」
「好機でしょう。」
巫女モラドは、断言した。
「今……星の巡りは絶好と言ってよいでしょう。何をするにせよ、さだめは我らに味方します。」
「おお~ぉこれは……! 巫女殿がそこまで言うとは!ならば、アイネグライブ殿……!」
「モグログの輩達よ!!!」
アイネグライブは黒衣を翻し、腕を広げ叫んだ。
その号令により、どこからともなくマントとフードに身を包んだ者達が集まり、奇ッ怪な声を上げる。
「我らまだ道半ばなれど、一大の機会が来た!」
「キキィ……キキャー!」「カオカオカオッカオ……!」「ゴルルルル……」「ワキョォーーワ!!」
洞窟にしては広々としているが、集まった面々は行儀よく並ぶ者達ばかりではない。床に這い、壁に貼りつき、天井から垂れ下がり……。まるで立つよりもそうしている方が自然だとでも言うように。
さらにアイネグライブが続ける。
「今一度、我らは一斉攻撃を仕掛ける。目標は、ヴァルマ領都ボリアミュート!しかしこれは決死の作戦ではない。次なる段階への、布石なのだ。それを踏まえ……なお奮闘せよ。
───”慈悲深きもの”アナトール!!」
「ムゥーー~~ンンンン……ここに……。」
前に出た一人が、そのフードを取る。その目は常人よりずっと大きく、瞳孔は横長。頭には丸まった角が生えていた。山羊のようなキメラ魔人だった。
「此度お前に、さらなる力を授ける。
……さぁロクシンよ、その力を……こやつに捧げろ!」
「!……うう……! ううう……!!」
アイネグライブに命ぜられ、ロクシンは疲労の色を見せつつも大人しく従う。
不気味な魔力がアナトールを包み込み、アナトールはそれを喰らうように口を開け、天を仰いだ。
「ムゥゥ~~~~ン……ムゥゥ~~~~~ン……!!」
ロクシンが力尽き倒れる。そしてアナトールは、見てわかるほどのパワーアップを果たしていた。
外見は変わっていない。だがその身から溢れんばかりのパワー、その存在感に周りの上級キメラ魔人達すら息を吞んだ。
「よぉし。この力で、一気にボリアミュートを落としましょうぞ~~~!!」
パワーアップしたアナトールを前に、イカウェイが意気込む。
「私も出る。」
「!?」
「ウォ、闘神官殿!?」「アイネグライブ様、それは……!」
アイネグライブが静かに言うと、周囲のキメラ魔人達がざわめいた。
今まで、幾度もリボリアムと刃を交えた武人である彼だが、周囲の者達はいつになく焦っている。それは隣にいたイカウェイも同じだった。
「い、いけません。それはなりませんよアイネグライブ殿!そのお身体は、確かに強力無比。ですが幾度もの変身には耐えられない、その事をお忘れですか!?」
「戦には、払わねばならぬ代償というものがある。それに……」
慌てふためく周囲を静かに制し、黒衣の偉丈夫は、その瞳の奥にギラギラとした炎を燃やしながら言った。
「私にも意地があるのだ。」
*
リボリアムは、ドミナを招いて夕食を取っていた。トマックもいる。カイナはマザーの所に泊まり込みのようだ。
談笑する一同。本日のメニュー、メインはドドンと中央に盛った大盛りポテトサラダ。大量の芋と売れ残りのクズ野菜を適当に茹でて刻み、チーズと一緒に混ぜ混ぜした、たいへん大雑把な一品だ。大雑把だが、それなりに手間がかかっているのはドミナという客人がいるからか。各々にパンを1つ、屋台で売っていた串焼きが2本。スープはなし。
「それでは、あなたもしばらくは守りに入るのですね、リボリー。」
「はい。いやー、それにしても、家を追い出されなくて良かったですよ。」
「父上がね。離れてる間の家賃は受け持ってくれるってさ。本来は騎士なんだからって。」
「そうですね。一般的には、貴族付きの騎士は家を持つものですから。そのくらいの融通は利くでしょう。」
今の会話の通り、リボリアムは長く部屋を空ける必要があるため、住み心地よい賃貸からの強制退去が一番の心配だったのだが、これで一安心である。
が、長く空けた事は変わりないため、問題は出ていた。
まず、食料が無い。今回に限らず対モグログ捜査活動の為ボリアミュートから離れる時は、食料は全て消費・処分していく。
水も無い。水瓶に毎日使う分を溜めるのが一般的だが、リボリアムは怪力があるからと大人1人が余裕で入れる大瓶を所持している(カイナが見たらシバき倒すレベルの無駄遣い。しかも飲料水用と掃除・風呂に使う用の計2つある。)。それに溜めると2,3日は水が保つのだが、使い切った後は洗浄が推奨される。これは普通の水瓶も同じだが、大瓶ゆえにかかる手間も倍以上なのだ。非常~~~~に非効率であるそれを、やはり捜査活動前は空にしていく。
そんなわけで、街に帰ってまずやることは、水と食料の補充だった。が、帰って早々に報告と襲撃、その後マザーの工房へ顔出しもあり、帰るころには日暮れだった。急いで水を用意し、食料も買い……しかしそんな状態で手の込んだ料理は作れない。
故に、まず大量の芋……と、その他少しの野菜を買って、手順の少ない調理ができるものを……と。それが山盛りポテサラの事情である。本来茹でた後に潰す作業があるため、ポテサラは何気に手がかかるのだが、リボリアムは怪力なので潰す工程に苦労はないのだ。このザマでよくもドミナを招けたものだ。
ちなみに彼女はリボリアムの考えの無さにしっかり呆れていたが、元々期待していなかったのか、やれやれと息をついて寛いでいた。
山盛りポテサラを取り分け、もむもむ食べながらドミナが切り出した。
「今回の襲撃、リボリーはどう思いますか?」
「もむむ?ん……ゴクン。……俺が思うに、本格的に動いてるって感じではないんですよね。ていうかむしろ、その準備……威力偵察?あるいは……訓練をしてるのかも。」
ポテサラを飲み込み、思ったことを口にするリボリアム。隣のトマックは不思議そうな顔をする。ドミナが「そう思った理由は?」と説明を促す。
「奴らを追っててわかったんですが、モグログは基本的に、コソコソしています。」
「……そうですね。」
「ある所では、盗賊の真似事してる連中もいました。フード被ってる連中を幹部クラスだとすると、盗賊連中は下っ端も下っ端で……普段アイネグライブなんかが言ってるような、崇高そうな事は言ってなかった。きっと他にも色んな場所にいる筈です。帝国民のフリをして……いや、本当に帝国民のつもりでいる奴もいるかも。モグログは俺達が思うより……どこかに、バラバラに、けどたくさん潜んでる。」
「続けて。」
「バラバラなところにいるんじゃ、帝国を打ち倒すのはいくらなんでも無理です。集まって、軍隊にならなければ。
今回ボリアミュートが散発的に攻撃を仕掛けられてるのって、奇襲戦法に似てるけど違う。嫌がらせみたいに突いて引いてを繰り返してる。……これ、もしかしたら、各地にバラけてた下っ端を集めて、俺達相手に訓練をしているんじゃないかって思うんです。」
「…………」
リボリアムの考察を聞き、ドミナは小刻みに頷いた。トマックは食事の手が止まっていた。
「筋は通っています。外を見て回った甲斐がありましたね。」
「一般人のつもりのキメラ魔人が訓練をして、軍人のような力を付けたら……それは帝国にとって脅威になる。それをさせないためには……」
「……ナイアさんに頼んだ件ですね。岩に消えていったという術を突き止めてもらうと。」
リボリアムは頷く。そして再びもしゃりとポテサラを頬張った。そして串焼きの肉も1つ齧り取った。そしてまたポテサラをよそい、口に頬張った。ドミナが予想外にハイペースで、ぼやぼやしているとポテサラが一人占めされそうだったからだ。
「なんだかなぁ、オレじゃもう追いつけないよ……」
「「ももむ?」」
切なげにそう零したのはトマックだ。大人2人は浅ましくもポテサラを頬に詰め込みながら返事をした。
「オレさ……。オレもリボリアムの旅についていきたくて、勉強とか剣術とか、頑張り始めたんだけどさ……。」
「むぐ……ごくん。坊ちゃん……。」
リボリアムはトマックの大人びた行動に合点がいった。トマックは確かに成長しているのだ。ただ、やはりリボリアムから見ても、捜査活動に連れていける水準ではなかった。自分の身を最低限守れるカイナくらいの力量が無ければ、モグログとの戦いには連れていけない。
「そうですね。残酷ですが、トマック殿はまだ学び始めたばかり。すべてはこれからです。……むしろ、リボリアムが事を成した後の時代を、あなたが整える形になるでしょうね。」
「あと、……ですか。」
「もちろん御当主はマサキ殿でしょうが、おそらくトマック殿は当主代行として、この領を走り回る事になるかもしれません。」
「うへぇぇ~~~そんなの無いよぉ!せっかくやる気出て来たのに……。」
リボリアムは苦笑しながら見ていた。何か励ましをと色々考えていたが、口から出たのは違う言葉だった。
「もしそうなったら、頼むぜ、坊ちゃん。帝国は俺が守るからさ。」
「……も~~~~リボリアムまでぇぇ~~~~!せめてそっちは応援してよぉ!!」
「ははは、ごめんごめん。今の調子でがんばれよ。」
トマックはテーブルに突っ伏した。
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───ボリアミュート正門。
扇子をぱちりと閉じ、金のお下げを靡かせて、小さな貴婦人が言った。
「退屈ですわ!」
周囲の兵達は、見て見ぬふりをした。
鮮烈な赤いドレス、女児と見紛う身長、優雅な立ち居振る舞い。彼女こそは大アバンジナ帝国最強が1人、『近衛銃士』アスタレート=S=ペコリーネ。人類圏の最南端、ここヴァルマ領都ボリアミュートに、近衛銃士ドミナ用の弾薬を運んで来たのがかれこれ数日前のこと。
この貴婦人。ワガママであった。
「はぁ……まぁその、田舎なもんで……。」
「ええ、わかっていますわ。別に娯楽に期待はしていませんでした。わたくしが言いたいのは、件の盗賊集団の事でしてよ。久しぶりに面白そうな事がと思いましたのに……初日以降、ずぅっと来ないじゃありませんの!もっと速やかに、一気にガッッと来て欲しいというものです!」
「敵が来ないのは結構な事ではないでしょうか……?」
なんとも言えぬ顔で返事を返したのはリボリアムである。今日の彼はいつもの軽鎧に、ボリアミュート守備隊員支給の剣だ。支給品とはいえ、普段から魔獣達と切り結ぶための装備……切れ味と頑丈さには信頼がある。今日は特にやる事も無いので正門守備の手伝いに来たのだが、そこに現れたのがいま巷を賑わす彼女、近衛銃士アスタレートである。
このアスタレートの物騒な物言いときたら。ストレスでも溜まっているのか、早く暴れたくてたまらないらしい。というかドミナに聞いた話だと、ドンパチができそうだからとここボリアミュートまで弾薬の輸送任務を買って出たらしい。そんな破天荒な彼女の扱いを、どうやら他の守備隊員たちはリボリアムに任せることにしたらしい。
賊が来ないなら来ないでいいじゃないかと思うのは至って普通の思考である。まぁ、せっかく近衛銃士が2人もいるわけだし、リボリアムもいるわけだし、どんどん来てもらって迎え撃つことで戦力を削っておきたいというのはわからないでもない。
が、今のリボリアム的には……もうちょっと待っててほしい。なぜならこの街に暮らす魔導のエキスパート、ナイア=ニール女史に頼んでいる、モグログの不可思議な移動手段がまだ解明できていないのである。解明さえできれば、こうして待っていなくても逆にモグログのアジトを襲撃だってできるかもしれないのだ。
「ふふん、分かっていますわよ?かのモグログとかいう集団……いくら人から外れても、木っ端下っ端どもならアインドール1人で十分。そしてあなた!あなたは何度も、連中に大損害を与えて来たそうですわね?」
「は、はい。まぁ。」
「連中が馬鹿でないのなら、先日の戦いもどこか遠くで見ていた者がいるはず。いえ、そうだと考えて動くべき。あなたが帰ってきたのも連中に知れている筈。あなたは連中にとって脅威でありつつ、宿敵でもある……ですわね?」
「ええ、そうですね。」
リボリアムは首肯する。それは間違いない。事実、モグログの幹部クラスである『上級キメラ魔人』を撃破しているのはリボリアムだけなのだ。
「なら、来ますわ。それも何らかの”切り札”を引っ提げて。ふふ、うっふふふふ……ここに、わたくしも居る事を知らずに、ね?」
アスタレートの剥き出した犬歯がぎらりと光る。貴婦人らしからぬ獰猛さであった。
「……来ますか。」
「来ますわよ。」
「……」
しかと答えるアスタレート。
疑問のつもりで呟いたリボリアムだったが、彼自身、来るような予感がしていた。ここ数日襲撃が無い。それはつまり、なんらかの準備をしているのでは?……と、思わずにいられない。そうなると次に考えるのは───
───カンカンッカン! カンカンッカン! カンカンッカン! カンカンッカン!
「!!」
正門の櫓から警鐘が鳴らされる!それは各所に伝播し、周囲の兵士達の顔も即座に引き締まる。
「モグログ来襲!!モグログ来襲ーッッ!!」
「数は!!」
「……現状大群!大群!!」
この報告は第一報だ。「まだ遠くて正確な数は判別できないが、合計50人以上は確実」を示す。モグログは魔獣も使うが、魔獣との戦いに慣れているボリアミュートでは、小さな魔獣も人間1人分として計算する。
リボリアムは考えていた。無意識に……モグログが来るとしたらどのくらいの戦力なのかを。自分とドミナ、そして……本人はさっき否定していたが、アスタレートの存在をも掴まれていると考えた方がいい。それを打倒しうる戦力。……来るだろう。奴も。否、この街の最高戦力3人を相手にするならそれこそ、『上級』が全員出てくる、と考えるべきだ。
周囲の慌ただしさとは反対に、リボリアムの思考は冷えていた。喧騒がどこか他人事にも感じるような。……モグログをどう迎え撃つか。決まっている。
リボリアムは正門から外に出る。いくら数をそろえたところで、特捜騎士の歩みを止められるのは限られているのだ。左手首のブレスレットを口元に持っていき、自身の相棒に呼びかけようと……したとき、隣に赤と金の色が見えた。自分と同じく、異形を前に恐れなど微塵もない、頼れる戦士も前に出たのだ。
「おーーーーーーほっほっほ!!来ましたわね!!ああ、血が滾る!これがわたくしの初めての戦場ッッ!!」
…………………………………………
「……………………え?」
リボリアムの喉から、そんな音が出た。ほんの数刻、警鐘も鳴り止んだ。すべての兵士が、ぽかんと口を開けてアスタレートを見ていた。




