第十話「執念のヴァルマ領決戦!!」2
領主サルトラに言われ、リボリアムの実家であり、古の超文明の英知が眠る遺跡……マザーの工房へ向かう3人。リボリアムに、カイナとトマックである。
街中で何かつまめる物でも買おうとしてカイナにしばかれる一幕を挟みつつ、街から出るために歩いている。マザーの工房は位置としてはボリアミュートよりさらに後方、前人未到の大森林の中にある。意外に遠い。
「な、なぁ、カイナ……さん。」
ぽそりと話しかけてきたトマックに、カイナはにっこり笑顔をもって返した。
「私はしがない旅人です……敬称はご不要ですよぉ。なんでしょう?トマック様。」
「リボリアムと一緒に、モグログと戦ってきた……んだよな?」
「う~ん、私が戦いで何かできた記憶はあまりないですがぁ……」
「そうなの?」
「軍人さんですら敵わないキメラ魔人相手に、一般吟遊詩人の私ではねぇ。その時その時で、出来ることをやっていただけという方が正しいですねぇ。」
カイナ的には、彼の切り札『ギガ・ティランティノス』で大暴れした事はノーカンである。必要な魔力の大部分を他人から譲られてやっと使えた一手だからだ。
「それでも、助かったよ。旅の心得も、その演奏にもな。」
「それはどうもぉ。」
「なぁ、リボリアム。オレ……」
トマックが何かを言おうとしたその時。
───カァーン!カァーン!カァーン!カァーン!カァーン!カァーン!
「!」
領都ボリアミュートに、けたたましく警鐘が鳴り響く!同時に、外壁から赤い狼煙(正確にはこれも魔法だ)が上がる。
「これは……モグログか!?」
「そんな!昨日も来たばっかなのに!」
「けど、赤い狼煙が1本だけだ。大部隊が相手なら3本立つハズ。」
「行ってみましょう!」
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───ボリアミュート正門。
あまり近くでもなかったそこに、2頭の馬(途中で借りたのだ)に乗ってきたリボリアム達。そこには集まった兵士と、近衛銃士ドミナがいた。彼女もちょうど着いたところらしい。ドミナを前に、リボリアム達は馬から降りる。
「リボリアム、いいところに。」
「ドミナ師範、モグログですか!?」
「そのようです。ですが目的はここではなく、行商らしき馬車を追っているのだとか。」
「馬車を……?」
首をひねるリボリアムとカイナ。今までに野盗まがいのモグログにも出会ったが、そういう連中は結社の理念に反するとして、同じモグログの”狩人”なる処刑人にすら狙われている。それにここは、兵士も屈強なボリアミュート近辺。わざわざ野盗まがいの連中が来るとは思えない。
「ふむ。何か思うところがあるようですね、リボリー。ではこの門は兵士達に守ってもらい、私とあなたで、かの馬車を救いましょう。」
「師範……。わかりました!」
言われて顔を上げるリボリアム。走り出す前に手首の腕輪を口元に添え、工房にいるはずのベルカナードに「すぐ来てくれ」と一声かけた。
「私たちはぁ……まぁ、ドミナ様が行くならむしろお邪魔ですかねぇ?」
「フッ。あなたはよくわかっていますね。」
「そうだな。冒険者が守備隊に混ざって防衛ってのもよくないし……敵がばらけたりして戦いになったら、後ろでイカした曲でも頼むよ。」
「お任せあれ~。」
「坊ちゃんはどうする?」
「オレも後ろにいるよ。なんかあったら、イイカンジに対応すっからさ!」
意外な言葉に、リボリアムは「お?」と思った。確かにトマックは、本当に危ないときの聞き分けは前から良かった気がするが……根っからのトラブルメーカーというか、こっそりついてきて場をひっかき回すような『大人のいう事を聞かないクソガキ』だった。ちょっと離れてる間に貴族らしい冷静さが身についてきたのだろうか。「イイカンジ」の部分に若干不安が残るが……。
「……では行きますよリボリー。」
「はい!……それじゃあみんな、門は頼んだ!」
再び馬に飛び乗り、兵士達に振り返って声をかける。彼らの頼もしい返事を背に、リボリアムは馬を走らせた!
「……え?」
だが前を向いたリボリアムの目に飛び込んできたのは、前方を「走る」ドミナだった。てっきり彼女も馬を使うのかと思っていた……
ていうか速い。
「リボリー、突撃速度ですよ!もっと速く!!」
「ええ!?は、はい!───ヤァ、ヤァッ!!」
ドミナに言われ、手綱を振って声を上げるリボリアム。彼女は人として速いどころではない、全速力の馬より速い!その上でドミナ本人はまだ全力ではない雰囲気だ。体を斜めに真っ直ぐ倒し、脚は形が定まらぬほど速く激しく動かしているのに、上半身は微動だにしていない。その姿がまた、実に素敵だ。これが『超人』……生まれつき人を超えた人間の力なのであろうか。
感心する事わずか。目標はすぐ近くまで迫っている。追われている行商らしき幌馬車に、追う野盗……姿を見るにやはりキメラ魔人だ。目標はこちらに走ってきているため、このままの速度なら5秒とかからず接敵するだろう。
リボリアムは前方に向かって叫ぶ!
「守備隊だ!!このまま走れ!!!」
果たして行者に聞こえたらしい。一瞬両手を上げて応えた。交差まで3……2……1。
リボリアムは馬の背を蹴って飛び降り、馬は横に曲がり戦線へ入る前に離脱。前を走るドミナも立ち止まろうとしていた。
「!」
交差の瞬間ドミナが、馬車の荷台を素早く振り返り、微かに驚いていた。リボリアムも横目で追っていたが、幌の陰から一瞬金髪のおさげが見えた。知人でも乗っていたのだろうか?それだけと言えばそれだけだ。気にはなったが、今は目の前のモグログだ。数は……中型の騎乗用魔獣と、それに跨るのはおそらく下級のキメラ魔人……20人ほど。中々の一団だ、以前出会った盗賊団よりも多い。
「『炸裂白嵐』!!」
ドミナが手を前にかざして叫ぶ。帝国式精霊魔法の上級呪文……若干の冷気を伴う突風がドミナの前方、広範囲にわたり吹き続ける。馬車を追っていた一団はその突風に逆らえず、魔獣は倒れ込みキメラ魔人が散らばった。
遅れてリボリアムもドミナに並び、剣をぎしっと抜いた。
「……ん?」
明らかな違和感があった。見れば、抜いた剣はまっ茶色に錆びていた。それはもう、錆びっっ錆びであった。
「わ゛ーーーーー!!?!?なんだこれええええええええええ!?!!?」
「リボリー!?……どうしたんですかその剣!まるで海に漬け込んだみたいに!」
「!?」
ドミナの言葉に思い当たる事があるリボリアム。そう。正に2、3日前、海に漬けこまれてしまっていた。鞘の中までどっぷりと。それでこんな風になるとは思っていなかった。いや、知識としては知っていた。鉄は水、とりわけ塩水にめっぽう弱く、触れればあっという間に錆びるという事は。でも、ここまであっという間だとは思わなかったのだ。剣の柄はまた別の合金であり錆びておらず、鞘に納めたまま今まで……見た目じゃわからなかったのだ。
「そ、その、これは……色々あって……」
「むぅぅ、言い訳無用!今は仕方ないから、それで戦いなさい!」
「は、はいぃッ!!」
とんだトラブルだ。こんな錆では到底斬れない。鉄の棒としてぶん殴るしかないだろう。万が一、打ち込み方が悪く折れたりでもしたら、元守備隊兵士として現特捜騎士として、恥以外の何でもない。ある意味リボリアム最大の戦いが始まろうとしていた。早く来てくれベルカナードMk-Ⅱ。このピンチを救えるのはお前しかいない!
ドミナの『炸裂白嵐』から立ち直り、睨み合うモグログと近衛銃士・特捜騎士コンビ。口火を切ったのはリボリアムだ。
「『破裂風球』!!」
初手、牽制の初級精霊魔法。剣で斬りかからないところが実に小賢しい。その小賢しい考えは即座にドミナに看破されている。だからどうと言うわけではないが、リボリアムの男としての格は確実に下がった。
ドバンと命中し、吹っ飛ぶモグログは1体。だが連中は欠片も動揺せず、一斉に2人を睨み、その目を輝かせた。
「「「「『爆破!』」」」」
───ドドドドカァァン!!!
巻き起こる爆発。両者の間に土煙が上がり、視界が塞がれた。
静寂を待たずして、その煙を突き破りドミナが現れる!その手には既に抜かれた彼女愛用の魔剣『閃雷の鞭ポリング・レイ』。レイピアにしては飾り気が薄く少々無骨、しかして最強の戦士が持つに相応しい名剣があった。
「……迸れ!」
その言葉と共に、レイピアの刀身が紫電を纏う。ドミナがそれを振り抜けば、その名の通り”鞭”のように、紫電が伸びて異形の賊を次々打った!
「ぐぎゃあああっ」「ぴええっ」「オグフゥッ!」
横薙ぎに振るわれたそれは余すことなくキメラ魔人を打ち、苦悶の声を上げさせる。鞭のように見えても、その実は雷。命中してもそこで途切れたりはせず、目標を突き抜けた雷は仲間の陰に隠れた者であってもお構いなしに貫いていった。これがかの魔剣を使った、ドミナの代名詞と言って良い得意技、”ヴィオ・ウィップ”である。
「ゆ、油断するな!近衛銃士だ、全力であびゃああ!?」「ぎゃっ」「ベビビビ!」
相手の都合に構わずもう一振り。
「ボ、『爆破』をもっとうぎぃっ!?」「ギャオオッ」「ブモォォ!?」
さらにもう一振り。ドミナは基本、容赦がない。
彼女がさらに2度振った時、遅れてリボリアムが煙から突っ込んできた。手近な一人に真っ直ぐ向かい、剣の切っ先を押し付ける。剣の刃が錆でどうにもならないため突きにしたのだが、それでもキメラ魔人には刺さらない。
だがそこから柄頭に膝蹴りを入れることで、剣身は魔人の胸深くに突き刺さった!
「ゴゴエエエッ!!?」
思いがけない一撃に驚愕の叫びを上げるキメラ魔人。心臓を貫かれ、吐血し、リボリアムが蹴りと共に剣を引き抜くと、その身体は赤く焼け焦げて物言わぬ炭の塊となった。
だが。
「怯むな!」「クソブタがぁぁ!!」「殺せー!!」
1人倒した程度では、連中の意気は下がらないようだ。次々飛び掛かり、仲間への誤射も構わず『爆破』を撃ってくるキメラ魔人達。さらに低い位置からは魔獣も襲ってくる。
猛攻と言って良いそれをもドミナは難なく捌き、リボリアムも焦らず切り抜けていくが……。
「なんだ、こいつら!?これまでと違う……!」
「確かに。ですが、大した連中でないのは変わっていません。構わず撃破なさいっ!」
確かにドミナの言う通り、今のリボリアムなら生身でも戦える。ただ……攻撃はしっかり通っているが、BRアーマーを着ていないリボリアムはともかく、近衛銃士を相手にしているというのに怖気づく気配が無い。単に結社への忠誠が高いとか、ガラが悪いとかではない……えも言われぬが、奇妙な違和感だった。
そもそもモグログは未だに謎だらけだ。少しでもまともな情報が欲しいとリボリアムは思う。……というか、その情報を集めるのは本来、特捜騎士であるリボリアムの仕事だが。
「ギャシャアッッ」
「!」
リボリアムに飛び掛かる肉食獣型のキメラ魔人。同時に、左手から感じた微かな音。すかさずリボリアムは唱える───
「『煌結』!」
───バキィッ!
「ゲギャアッ!?」
眩い光に包まれ、同時に突き出した拳はその牙を折りつつ、キメラ魔人をぶっとばした。光が納まったそこには、鈍く金色に照る鎧───特捜騎士の姿があった。
ざわめくキメラ魔人達。
「こ、こいつは金鎧!やれ、やっちまえー!!」「「「ウォォォォーーーッ!!」」」
次々放たれる『爆破』。それをリボリアムは腕を広げ、仁王立ちで受けた。飛び散る火花が金の鎧を覆い尽くし、白い煙でその姿は見えなくなる。
息を飲むキメラ魔人達。
煙の向こうから何やらカチャカチャ音が聞こえたかと思うと、一条の光が連中の間を走り───
「おぐっ」
後方にいたキメラ魔人の胸に刺さった。それは白銀に光る1本の矢だった。
「お、おおおお、ぐぐ、ぎェェェェ……」
じゅわじゅわブズブズと、その身体が赤く焼け崩れていく。モグログ達は、いったいこれが何なのか、理解が追い付かなかった。ぼんやりとした反応の中、本能で分かった。只事ではないという事だけは。
「『レイブリット』!」
───バリュリュリュ!
煙の向こうから、拳大の赤い光弾が立て続けに発射され、未だ呆けるキメラ魔人達に炸裂する!
パパパパァン!
「ぎぇ!?」「カゴゴ~~!!」
白煙の中から飛び出した金鎧の騎士は、手近なキメラ魔人に殴りかかった。慌ててフォローしようとする他の連中に左腕を向け、先程の赤い光弾を放った。
火花を散らせ、キメラ魔人の皮膚に無視できない傷が刻まれる。
この光弾『レイブリット』は、リボリアムの纏う鎧、BRアーマーの左腕に搭載されている『機魔術起動機構』によって作られたものである。この装置は多彩な魔術をその場で組み立てることができるが、使用頻度・重要度の高いものは予め作成・登録しておける。『レイブリット』もその登録されている魔術の1つであり、キメラ魔人に対して必殺の威力こそないが、ストッピングパワーは強く、今のように牽制・足止めとして優れた性能を持っている。
さらに。
───ズパァン!!
「ガロガロ~~!!」「ニャギャギャギャ!!!?」「シュロロロォ!?」
いつの間にか回り込んでいた、ドミナの紫電がモグログを打ち据える!
遠距離攻撃を、角度の違う2点から同時に行うことを”十字砲火”という。今の状況はまさにそれだ。たった2人でそれができるのが恐ろしい所である。しかも、ドミナの紫電”ヴィオ・ウィップ”は時々リボリアムを巻き添えにしている。それを気に留めることすらないというBRアーマーのデタラメな防御力こそが、この戦術を可能としていた。
魔獣も、キメラ魔人も。しばらくするとすべてが物言わぬ肉塊か、黒い炭の塊になっていた。
十字砲火戦法に逃げる隙も無く、20人のモグログはたった2人に蹂躙される結果となった。実のところそのほとんどはドミナの”ヴィオ・ウィップ”で仕留められたものだが。
リボリアムが『煌結』を解除する。
「1人か2人は残しとくべきでしたかね……。」
「いえ、拷問官もいませんから。それに報告では、モグログは舌を噛まずとも自害できるのでしょう?」
「そう……ですね。」
情報は欲しい。しかし、モグログの忠誠心だけは侮れない。それにモグログのキメラ魔人は、目線だけで人を害する『爆破』が誰でも使える。”捕獲して拷問”が難しいのだ。
やりきれない思いを抱えながら街の正門に戻ると、パチパチと拍手の音が聞こえた。兵士達の間から出てきたのは、なんとも小柄な少女。……金髪おさげの、そう、おそらくは幌馬車に乗っていた、ドミナが驚き振り返っていたであろう人物。一見して愛らしい娘であった。
娘は愛らしい姿に相応しい声で、しかし堂々とした態度で言った。
「観させていただきましたわ。中々興味深いこと。」
ただ……よくよく見ると小柄なんてものではなかった。大人の腰元ほどまでしかないその体躯は、いっそ「ちんちくりん」と言って良い。その金髪は美しく艶めいていて、眼はぱっちりと大きく、赤黒い瞳。肉付きは良く、少々ぽっちゃり……いや、骨太なのか体格の割にガッシリしている。総じて見た目だけは幼女だが、身に纏う衣装は鮮烈で豪奢なドレスであり、態度も大仰。アンバランスな娘であった。
「お勤めご苦労と言っておきますわ!おかげで大事な積み荷は無傷。でも、相変わらずイノシシ気質なのですね、ドミナ=アインドール。」
「やはり……貴殿でしたか、アスタレート。」
どうやら顔見知りらしい2人の会話についていけないリボリアム(とギャラリー大勢)。たまらずひそひそとドミナの耳元に手を近づけて聞いた。
(ドミナ師範、あの、この子は誰なんです?)
(あ、リボリー。この方は……)
「まぁ!紹介は不要かと思っていましたが!まさかまさか、このわたくしを知らないとは。」
「ああ、すみませんアスタレート。ここはその、あまり外に向ける余裕が無いようで……。」
「構いませんわ!たまには新鮮でよろしくてよ。ではお聞きなさい!わたくしは誇り高き帝国貴族、ペッコリーネ公爵家が一子にして近衛銃士!アスタレート=S=ペッコリーネ!!その目に、しかと刻みなさい。」
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「「「「えええええエエエエエエェェェェェェェェェ!!!!!?!!?!?」」」」
その声は、ボリアミュート正門の反対側にある領主邸にまで轟いたという。




