発端①
時は現代、場所は日本の中央都市。不夜城であるここは大量の人間の雑踏が入り交じっており、そんな人間らを迎えるように様々な娯楽施設がネオン看板を光らせている。そこに入っていく人間は、まるで光に集る虫のようでもあった。
そんな雰囲気の巨大な都市に、一際大きなビルが建っている。
その中……ビルの主である女が、携帯を手に誰かと話していた。
「そうね……例の件、考えてくれたかしら?」
話し続ける彼女の傍らには、秘書と思われる女性が控えている。静かに佇み、話し終わるのを待っている模様だ。
「何言ってるの……うふふ、こちらに金を回せば、国が潤うのは明白の事実でしょう?現に、不景気だったこの国も、私達のお陰で景気回復、今や経済成長率世界一位の、超先進国じゃない。貴方は黙って私達の尻に敷かれて、命令を聞けばいいだけ。それだけで、国民からの支持率も得られるのよ?」
クスクスと嫌らしい笑みを浮かべながら、彼女は話す。その話し声は柔らかくも、どこか凄みが篭っており、まるで猛獣の皮を被ったウサギのようにも思えた。
「ふふふ、期日は来週の金曜までね。それまでに、1兆円、宜しくね。お休みなさい、総理大臣さま。いい夢を。」
彼女は微笑みながらそう言うと、通話を切った。そうして、秘書の方に向く。
「交渉は成立よ……明日にでも、準備は始められるかしら?」
「畏まりました。」
秘書がそう言いながら、手帳に何やら難しい事をメモする。それを横目に、女は笑っていた。その指に万札を十枚程度挟んで、扇のようにして、自分を扇いでいる。
「それにしても、人間というのは滑稽なものね。こんな紙切れなんかで、簡単に支配されちゃって。私達の世界では、ケツを拭く紙にもならないのに。」
小馬鹿にしたような物言いで、窓の外を眺める。彼女には、高層ビルから見下ろした風景だけで、人間の営みが見えるようだ。
秘書も、彼女に続いて外を見た。
「この世界の全てが……リリス様に跪くのですね。」
秘書が笑いながらそう言うと、リリスと呼ばれた彼女もまた笑った。その笑顔には抑えきれぬ邪悪が滲み出ている。
「ええ……まだ計画は始まったばかりだけど、滑り出しとしては順調ね。」
「はい……全国各地の斥候達も、順調に活躍しております……」
「そう……楽しみになってきたわ!アーッハッハッハッハッハッハ!」
リリスの邪悪な高笑いが、夜に響いたのだった……
時も場所も変わって、K県のY市。ここに一人の高校生が居た。彼の名前はジャスティン。高校二年生の17歳。意外にも、イギリスと日本のハーフである。
彼は良くも悪くも、人間であった。スポーツは優秀ではあるが、勉強は中の下という、どこにでも居そうな高校生であった。顔は中性的な美少年という表現が似合う。ただ、よく「女装してみたら?」なんて言われるのが彼の悩みでもあった。
「はー……」
そんな彼の悩みが、もう一つ。
彼の視線の先には、クラスの中でも指折りの美少女、桜馬 美佳という人物が居たのだった。クラスメイトからは、「ミカちゃん」なんて呼ばれており、男子からも女子からも人気である。男子にとっては、アイドルのような存在であり、自分もまた彼女に魅せられた男子の一人である。
それは、思春期の男子ならばごく普通に有り得る、恋の悩みでもあった。
「おいおいジャスティン、お前もミカちゃんガチ恋勢かよ?」
声をかけてきたのは、彼の友人である大山 翔。彼からは、「ショウ」なんて呼ばれている。平凡な男ではあるが、彼と気が合う人間でもあった。
「だってぇ、可愛いんだもん!」
「確かになぁ。けど、ミカちゃんに関しては良くないウワサがあるぞぉ?なんでも、エンコーしてるとか、実は彼氏いるとか……」
それを聞いたジャスティンは、「むーっ」と頬を膨らませる。
「根も葉もない噂でしょうよ。そんな事実、何処にあるんだよォ。」
「まぁ確かに、根も葉もない噂ではあるけどさ……火のない所に煙は立たないって言うだろ?」
ショウは、得意気に、嫌らしくそう言う。彼は悪趣味にも、人の「そういう側面」を見るのが何より好きであった故の言動である。
「いやまぁ、そうだったらそれでもいいけどさ……どうせ、僕なんて相手して貰えないし。」
ジャスティンはそう言い、溜息をつく。その発言に、ショウは思わずずっこけそうになった。
「いやいやいや、お前そこそこイケメンだぞ。自分の魅力に気付いてないのか?」
「そんな事、自分じゃ気付けないよォ。」
「そうは言ってもなぁ、イギリスと日本人のハーフなんだから!少しは自信持てよ!」
「僕、恋愛に関しては奥手なんだよォ!こーゆー、同じ教室で皆と見てる状態が、ベストなんだよぉお!」
イヤイヤと首を振るジャスティン。そんな彼を見るショウの目は、何処かジットリとしていた。
男達は良くも悪くも、学生らしい会話に花を咲かせながら、生活していくのだった……
楽しかろうが苦しかろうが、時間というのは等速で流れていく。それは、学校の授業でも同じ事だ。そうして今日も、放課後が訪れる。
いつもの時間で帰りの準備をして、いつもの時間でショウに別れを告げ、いつもの時間に帰る。そんなルーチンに沿って、そしていざ帰ろうとした時だった。
「ジャスティンくん。」
背後から声がかけられる。聞き覚えのある……いや、聞き覚えありすぎる声だ。
振り向くと、そこには皆の憧れ、クラスのアイドルであるミカちゃんが立っていた。
「は、はいっ!?」
驚いて、どもり混じりの返事になってしまう。いや、驚いて当たり前だ。手を伸ばしても届かないと確信していた所から、いきなり腕が伸びて胸ぐらを掴まれたかのような状況なのだから。
「ジャスティンくんって、ゲーム好きだったよね?」
「あ、はい。げ、ゲームは好きですけど……」
戸惑いながら答えると、彼女は嬉しそうに笑った。
「なら、ちょうど良かったぁ!今日、私の家に来て欲しいの!それで、一緒にゲームしたいなぁ……な、なんて……」
「〜〜〜!!」
なんと。なんとなんとなんと、これはこれはこれは。まさかの、家へのお誘いである。家へのお誘いである。嫌いな相手を家に誘うなんて事はしない筈だ。だから……よって……僕には、好意を持たれているという事かッッ!
僕は、彼女の言う通りゲームが好きだ。気になるゲームがあれば、即買いしてやり込む程度にはゲーマーだ。そして彼女の家に行く事だが……今日は、明日が休みなので、断る理由はない。
そう、断る理由などない。
「ぜ、是非ともッ!」
「やったぁ!」
彼女の誘いに乗り、ジャスティンは意気揚々と、下校の予定を急遽変更し、彼女の家でゲームをやることにしたのだった。
彼の胸にあるのは、下心無しの純粋な喜びの感情であった。ようやく、憧れに向けて一歩踏み込めた。その事に彼は喜び、ニコニコしながら、彼女と共に学校を出たのだった。
同じバスに揺られ、彼女について行くように降りて、暫く歩く。そこは閑静な住宅街で、時刻も夕方なので、静かだった。時折聞こえる犬の遠吠えや車の走る音が、より一層、「住宅街」という雰囲気を引き立たせていた。
「ここ。」
唐突に彼女が、自分の家を指差す。その先には、ごく普通の、少し大きめの一軒家が佇んでいた。
「はぇ〜……」
彼女の家は、金持ちなのだろう。そんなことが、容易に想像できた。
「ただいまー!」
「お、お邪魔しまーす!」
連れられるままに、家に上がる。
彼女を迎えに、彼女の母親らしき人物が、ここに来た。
「おかえりー……って、あらぁ、お友達?」
「──」
彼女の母親もまた、絶世の美人であった。
人妻特有の色気に、年長ならではのグラマラスな体型……そして、何より顔が若く、とんでもなくエロい雰囲気を醸し出していた。これには健全な高校生であるジャスティンも、流石にどうにかなってしまいそうだった。
「こ、こんにちはっ!」
「こんにちは。ふふ、元気なのね。」
こんな当たり障りのない言葉でさえ、何かやましい意味を見出しそうな程に、彼女の母親は魅力的に見えた。正直、僕はもうヤバいと思う。
「それじゃ、来て!部屋にゲーム機あるから!」
「はいっ!」
彼女にエスコートされるがままに、階段を上って、二階の部屋に着く。そうして案内されて入った部屋は、まさしく女の子の部屋という感じのものであった。
「わぁあ……」
初めて入った、女の子の部屋。自分の部屋とは違う雰囲気、掃除が苦手な自分とは違い、服やら本やら何やらの整理整頓が行き届いている。それに、なんだか仄かに甘い匂いがする。これが、「他人の部屋」というものなのだろう。その感覚は、異世界に来たみたいな感覚にも近いのかも知れない。
何より異質なのが、自室にもテレビがあるというもの。うちには、一家に一台しかないのに。
「ジャスティンくん、こっち!」
「あっ、はい!」
促されるままに、彼女の横に座る。距離が近くなったことにより、より一層緊張感が高まり、心の臓が激しく脈動する。
「それで、このゲームなんだけど〜」
そのまま、ミカちゃんとのゲーム遊びが始まったのだった……
彼女とやるゲームは楽しくて、思わず時間を忘れてしまう程であった。時刻は既に、夜の10時。母さんに「遅くなる」とは連絡してはいるが、それでもこれ以上遅くなってしまえば、流石に心配するだろう。
「あー、楽しかった!」
「そうだねぇ……それじゃあ僕、夜も遅いので、帰りますね──」
そう言って帰る支度をしようとした、その時だった。手首を、掴まれた。
「……え?」
振り向くと、不敵に笑う彼女がいる。
「そ、その……私の母さん、この時間は寝てるし……その、一度寝たらすぐには起きないんだ。だから……その、夜も遅いし……泊まっちゃお?」
衝撃の提案。なんと、この家に泊まらせてくれると言うのだ。
「い、いえいえいえいえっ!これ以上居るのは、流石に悪いですよ!僕も、その、色々ありますし!」
流石に遠慮して、さっさと帰ろうとするが、彼女は更に迫ってきた。
「……退屈なの。」
ぎゅうと、もう一方の手が握られる。
「え、え……!?」
押される。精神的な意味でも、物理的な意味でも。そのまま、ベッドに押し倒された。
「…………」
この状況は、まさか──
「ふふ……ゲームより楽しい事……シよ?」
淫靡な笑みを浮かべた彼女はそう言い、ジャスティンを貪ろうとした……その時だった。
彼の全細胞が、今聞こえる心臓の鼓動より大きい声で、「危険だッッ!!!避けろッッッ!!!」と叫んだ。
「──」
その次の瞬間、彼は身をよじらせ、彼女の拘束から抜け出した。
「あっ!?」
そして、荷物も回収しないまま、出せる限りの全力で猛ダッシュして、この部屋から出たのだった。




