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図書室の中で

 そのとき、図書室の扉が開いて、

「いるかー?」

 クルが顔をのぞかせました。

「おっと、お話中ですか?」

 そういって立ち去ろうとするクルに私は、

「ううん、もう大丈夫。入っていいよ。……ハルと一緒に、フィクスに行ったんじゃないの?」

「ええ、行って来ましたとも! ハル様は向こうに残ってますがね」

「え?」

 驚いた私に、にやっと笑って見せて、

「ハル様はもう大人ですし、俺がいないと何も出来ないなんて時期は、もうとうの昔に過ぎちまってますよ」

「そう、なの……」

「例のアレですが、本部はフィクスに置こうかと。俺が団長で、トートンが副団長で」

 少し歌うように、クルはそういいました。

「設立のあかつきには! 派手なパーティーを企画しておりますよ! 会場はもちろん、このヒンメル邸でございまして! ハル様が許可して下すったんで!」

 クルは本当に生き生きしていました。

 そうして、その言葉も何かのついでのように言いました。

「そうそう。俺の代わりを見つけておきましたよ。ケチなやつですが、変な真似をするような奴じゃないとお約束できますね」

「代わり?」

「つまり、あれです。俺は、例のアレの団長ですからね。あっちに専念すると、どうしたってラントの支配人としての職務を全うできなくなってしまいまして。それで、代わりを見つけておきました。もちろん、リーゼロッテ様のお気に召さなければ、解雇しても構いませんよ」

 そんなこと急に言われてもわからないよ……。

 そうだ、ハルは? ハルはなんて言ってたのかな……?

 そう思って、

「……ハルは?」

 ただ、そう聞いていました。

「リーゼロッテ様がよければ、と」

 みんな分かってて、それでいいって言ったんだ……。

 ハルがいいって言ってることに反対する理由は、私にはありませんでした。

「そう、じゃあ、いいわ。……ねえ、フィクスなら、いつでも来られる距離ね」

 クルは、私の言葉にびっくりしたようでした。

「これは……とても光栄です」

 そういって、ちょっとわざとらしく、にんまりと笑いました。

 そういえば……クルはいつもそんな笑い方しかしなかったなあ、って思いました。

 そのとき、トートン先生が私の名前を呼んで……。

「リーゼロッテ様」

「え?」

「実は私も、副団長業に専念したいと考えています。リーゼロッテ様の十五歳のお誕生日をもって、私にお暇をいただきたいのです」

「おい、時機ってものがあるだろ、いま言うなよ。俺ですら……惜しんでいただけた、だろ」

 クルにそう言われても、トートン先生の、かたくなな表情は変わりませんでした。

「わかりましたわ、先生」

 私は、ただそれだけ言いました。

「では……私はこれで……」

 そうして私は、逃げるように図書室を出ました。

 

 図書室を出てから、廊下をふらふら歩いていました。

 どうしよう……もう、あの……あの……。

 私の思い描いた未来のひとつが、もう本当にならないって思って。

 それに、みんなが……。

「リーゼロッテ様」

 気が付くと、ティトが私の前に両ひざをついて、私の顔をのぞきこんでいました。

「ティト……ミスティが……」

 そう言っただけで、涙が頬を伝っていました。

 そんな私の頭をティトはなでてくれて。

 そして……もうミスティのこと、知っていたのでしょうか。

「いろんなことがあって……いろんなことがあって……みな大きくなっていくのですよ。大丈夫……あの子は、強い子です」

 そう言ってくれました。

 

 夜。私は、机に座って、いままでとった授業のノートを読み返していました。

 でも、全然頭に入ってこなくて。

 今日のことをどう考えればいいのか分からなくて、ずっと、そのことを考えていました。

 そのとき、ドアをノックする音がして、ミスティが部屋に入ってきました。

「リーゼロッテ様。ご用がなければ、休ませていただきます……」

 もうすっかり夜は更けていたみたいでした。

「ねえ、ハルは?」

「向こうにお泊りになるそうです……」

「そうなの……」

 私の机の灯りがとどかない、部屋の隅、薄暗い場所に立つミスティ。

 私は、なにか言わなきゃ、って思って。

「ねえ、ミスティ」

「はい?」

 なんて言えばいいのか分からなくて。

「ううん、なんでもない……」

「はい。……では失礼いたします」

 ミスティは私にお辞儀して、ドアのほうへ歩きかけて……。

「ミスティ!」

「はい?」

 私は、椅子を蹴って、走って、振り向いたミスティの胸にとびこんでいました。

「ごめんね。ミスティ、ごめんね」

 理由もよく分からないまま、私は、ミスティに謝っていました。

 きっと、私のしたことが、ミスティを傷つけてしまったことを、心のどこかで分かっていたんだと思います。

「いいえ、私は、うれしかったですよ。私のことを気にかけていただいて、それに……私を娘にしてくれるっておっしゃってくださいました……。もうリーゼロッテ様の娘にはなれませんが……」

 そういって笑って、

「おやすみなさいませ、リーゼロッテ様」

 おやすみの挨拶をして、ミスティは私の部屋を後にしました。

「みんなどこに行ってしまうんだろう……?」

 そんな言葉が、頭に浮かんで。

 私は、長いこと、その場に立ち尽くしていたような気がします……。


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