宴の席で
創立パーティーの当日。
召使いのみんなは、朝からその準備に追われていました。
前の日にはフィクスの食料品店や酒店から馬車で山積みの荷物が届いていて、台所は朝早いうちから大忙しでした。
お客様は、とても食堂には収まらないみたいで、食堂にビュッフェを置いて、応接用の広間にソファやテーブルを運び込んだりしていました。
寝室も、屋敷の客室だけでは足りなくて、近くの民家の空いた部屋を借りたりしていたみたいです。
ハルは、その日、クルと一緒に朝からフィクスに出かけていて、いませんでした。
私は、トートン先生の授業もなくて、みんなの邪魔にならないように、自室や図書室でお勉強をしたり、本を読んだりしていました。
夕方になって、とくにすることがなくなって、裏庭に出てみました。
なんだか雨の降りそうな空を見上げて、庭の隅にある小さなあずまやの腰掛けに座っていました。
馬車が玄関のほうへ着けられる音が聞こえてきて、少しずつお客様が集まりはじめているのが分かりました。
そこへ……。
「やーやー、リーゼロッテ様」
声のするほうを見ると、片手をあげたノリスさんと、その少し後ろにゾゾさんがいて、こちらに歩いてくるのが見えました。
「あら、ノリスさん! ゾゾさんも!」
「リーゼロッテ様、ご機嫌麗しいようでなにより」
そんなことを言いながら、ノリスさんは私の手をとって口付けをしました。
ゾゾさんは、私に会釈をしてくれます。
「さ、今日はたんと飲ませていただきますよ」
そう言いながら、ノリスさんは、とてもうれしそうにもみ手をしました。
それを見て私は、いつかクルが「酒の嫌いな男はいない」って言ってたことを思い出しました。
ふたりは、腰掛けに座ろうとせずに、私の前の地面に座り込みました。
「……あの、よろしければ、私の隣に座りませんか?」
「いえいえ、何をおっしゃいます。いや、それにしても、リーゼロッテ様はリーゼアリア様に本当によく似ていらっしゃいますなあ……」
「あら、そうですか? みんな、そう言ってくれるんですよ」
「そうですか、いや、そうでしょうなあ……」
そうして、ノリスさんは私の顔をしげしげと見て、
「なんと言うんですか……憂いを帯びた顔も、とてもお美しい……」
「あ、ありがとうございます……」
ノリスさんは、どうしてそんなことを言ったのでしょうか……?
でも、お母様似で美しいって言ってもらえて、とても嬉しかったです。
でも、あんまり言われるとはずかしいので、私は話を逸らすことにして、ふたりに、
「あ、あの、今日は、傭兵団創立の日ですね。おめでとうございます」
そう言いました。
「ありがとうございます」
「ありが……ざいます」
「傭兵団をつくって、ハルと戦争に行くのがクルの夢だって聞きました。みなさんも……」
ノリスさんとゾゾさんは、一瞬、顔を見合わせて、
「我々の、です」
「えっ?」
「それは、『我々の夢』なのです、リーゼロッテ様。……ところで、それをご存知ということは、我々が昔、エアハルト様の中隊にいたということもお聞きになったでしょう。……我々を恨んでおいでですか?」
「まあ、どうしてですの?」
「その……お父君を死なせてしまった……ので」
「いいえ。ティトから聞いていますわ。父は、死に場所が欲しかったんです……。こちらこそ、父の最期にお付き合いいただいて、ありがとうございました」
私が、そう言ったとき、ノリスさんは、びっくりしたように私を見て……。
そうして、げらげらと笑い出しました。
「オイ失礼だぞ……」
ゾゾさんがそう言っても、なかなか笑い止む気配がなくて、やっと収まったとき、ノリスさんは目に涙を浮かべていました。
「たいへん、たいへんしつれいいたしました……なにせ、なにせ、瓜二つ……。奥様に、本当によく似ていらっしゃる……」
そのとき、
「ノリスさーん! ゾゾさーん!」
屋敷のほうから声がして、一人の男の人がこっちに歩いてきました。
「なーんか雨がふりそうですねぇ。……お?」
それは明るい目をした、まだ若い男の人でした。
その顔にはまだ、少年の面影が残っていました。
マントを羽織って、腰のベルトから短剣を下げていて、私は、こんな若い人も傭兵さんなんだって、すこし驚きました。
その人は、私に気付いて、それから「誰です?」っていうみたいにノリスさんを見ました。
「ばかやろう、お前、こちらは、お前……伯爵令嬢様よ……」
「あ、あの、リーゼロッテ・ヒンメルです……お見知りおきくださいね」
そういって、私は彼に手を差し出しました。
「え? ……え?」
「馬鹿、お前……口付けるんだよ。その……御手によぉ……」
「ほ、んとに? 本気で?」
彼は、おっかなびっくり、私の手をにぎりました。
「あ、あの、もしお嫌なら……」
「いえいえ! やります、やりますとも。キ、キルシュ・クーカスと申します。どうか、その……」
「『拝顔の栄に浴し、恐悦至極に存じます。以後、お見知りおきを』……だ」
「えーと……はいがんのえいに……」
「だめなやろうだな、おい!」
「……降ってきたぞ」
ゾゾさんの声と同時に、雨が降ってきました。
さーっ、って音が聞こえて、冷たいけど、でも、気持ちよかったです。
「さ、中に入りましょう、リーゼロッテ様」
ノリスさんが手を差し出してくれて、私はその手をとろうとして。
「はい……わぷ!」
私は、キルシュさんにマントをかぶせられていました
「なにやってんだ、おめーはよ!」
「いや、濡れたらいけないと」
「お前のボロマントなんて、お前……」
「おい……行くぞ」
雨の中、私たちは、おうちに向かって走りました。




