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朝起きて

 朝、目を覚まして、ベッドから降りると、カーテンを開けました。

 明るい日差しが部屋の中に差し込んできて。

 とても気持ちのいい朝でした。

 身支度を済ませて鏡の前に座り、左のほおにかかる髪をまとめて、リボンで結びました。

 鏡に向かって微笑んでみて、「似合ってるかもね」って、すこし自信が持てました。

 そのとき、ドアをノックする音がして。

 私が「どうぞ」って応えると、弟のハルが私の部屋に入ってきました。

 弟のハルは、私より二つ年下の十二歳でした。

 でも、気弱そうなまなざしと、お人よしそうな顔立ちが、ほんの少しだけ、弟を実際より幼く見せていました。

 でも、体つきはしっかりしてきていて……。

 背も、あと少ししたら追いつかれそうになっていました。

「おはよう、姉さん」

「おはよ、ハル」

 そうして、朝の挨拶を交わします。

 こんなふうに、朝は弟が私の部屋に来て、朝の挨拶をするのが、習慣みたいになっていました。

 私は、ちょいちょいって髪の房をいじってみせました。

「姉さん、どうしたの、それ」

「ふふっ、似合う? こういうのがね、いま、王都で流行ってるんだって。ね、ほら、叔母様の手紙にも書いてあったでしょ?」

「ああ、そんなことも書いてあったような……」

「で、どう?」

「どうって?」

 きょとんとしているハルの頭に軽く手刀てがたなをあてました。

「……いたい」

「そんなんじゃダメだよ、ハル。女の子に嫌われちゃうよ? こういうときは、『似合うね』『かわいいね』でしょ?」

「……うん、そうだった」

「じゃ、はじめからやりなおそ? ねえ、ハル、これ、どう?」

「えと……とっても似合うと思うよ?」

「はい、よくできましたっ」

 そう言って私は、あきれたように笑っている弟を、私のベッドの上に突き飛ばしました。

「それっ」

 そうして、ハルの上に覆いかぶさって、押さえつけて。

 私は、目を閉じました。

 傍から見ると、私が弟をいじめているように見えたと思います。

 でも、本当は……。

 本当は、ただ、弟とぴったりくっついてる感じが好きだっただけです。

 私に押さえつけられている間、ハルはずっと、私の背中を優しく叩いてくれました。

「ハル様、リーゼロッテ様。朝食の支度ができました」

 召使い頭のティトレフが私達を呼びにきて、はじめて私はハルの上からどきました。

「それじゃ、いこっか」

「うん」

 

 二人で連れ立って一階の食堂へ行き、朝の食卓につきました。

 長四角の食卓には十の席があって。

 昔は、お父様とお母様、それに泊りがけで訪れるお客様でいっぱいになっていたそうです。

 でも、今はもう、私と弟の二人だけの食卓になっていました。

 上座――ヒンメル家当主の席――に座る弟。

 私はハルのすぐそばの席に座って、弟の横顔を見ながら、食事をしました。

 まだ幼さを残す顔立ち。

 でも、ヒンメル家の当主として日に日に頼もしくなっていく弟が誇らしくって、少しだけその横顔に見とれてみたりしました。

「……? どうしたの? 姉さん」

「ん? なんでもないよ? ……ほら、もっと食べなさい! ハルはもうちょっと太ったほうが良いよ。なんていうか……うん、貫禄が足りてないのね」

 そう言ってごまかして、自分の分の白パンを半分にちぎってハルのお皿の上にのせました。

「こんなに食べられないよ」

「だーめ! そんなこと言ってたら、大きくなれないよ?」

「うん……」

 口に詰め込んで、なんとか噛んで、牛乳で流し込んで、牛乳のおかわりをして……。

 そんなハルがとってもかわいかったです。

「ねえ、ハル。今日の授業が終わったら、森に遊びに行こうよ」

「うん、いいよ」

 私達は午前中、屋敷の図書室で、家庭教師のトートン先生の授業を受けていました。

 そうして午後は、図書室で好きな本を読んだり、近くの森に探検に行ったりしていました。

 私にとって遊び相手といえば弟だけでしたけど……。

 でも、そのことを寂しいって思ったことはありませんでした。

「おはようございます、ハル様、リーゼロッテ様」

 男の人が食堂に入ってきて、私たちに朝の挨拶をしました。

 お父様の代から、領地経営を任されている、支配人のクルコレノフです。

 彫りの深い顔立ち、暗い色の髪の毛と、もじゃもじゃのひげ、がっちりした筋肉質な体つきの大男でした。

 でもなぜか、その目元と口元には、いつも皮肉な笑いが浮かんでいて。

 私は、もっと堂々としていればいいのに、って思っていました。

 お父様は、クルをとても信頼していて、戦争に行く前、弟が成人するまでという条件付きで領地経営の全権を与えたんだそうです。

 彼は、ハルにとても従順で、ハルも彼を信頼していましたから、私も彼のハルに対する忠誠心を疑ったことはありませんでした。

「ハル様、今日のご予定のことで、少々お話が……」

「なあに?」

「午後は、俺と一緒にフィクスの町まで、おいでいただきたいので」

「うん、わかった」

「たぶん、夕方までには帰ってこられると思います」

「そう」

 よどみなく、迷いなく返事をするハル。

 その横顔は、ちょっとかっこよかったです。

 でも、私は、ハルが了承の返事をするとき、ぜんぜん迷わなかったことに、少しだけ傷ついていました。

 そのとき、私は視線を感じて。

 クルの方を見ると、彼も私を見ていました。

 私が「ん?」って問いかけるようにすると、

「あーいやー、その、なんでもございません。はい」

 そういって、彼は私から視線を逸らしました。

 変わったリボンのつけ方してるけど、まあ、俺が何か言うようなことじゃないよな……でしょうか。

 そういうのを口にすることも大切なことなのに、って思いました。

「は、ではまた、後ほど」

 クルが会釈して、食堂を出て行きました。

 それを見届けて、私はさっそくハルに食って掛かります。

「ちょっと、ハル。今日の午後は、お姉ちゃんと森に行くっていったでしょ?」

「そ、そうだけどさ……。これは、その、仕方ないんだよ、ね?」

「……」

 私は「ちょっと怒ってるよ」ってそぶりをしてみました。

「しょうがないなぁ」

 そう言ってハルは、席を立って私の後ろに立つと、私の肩を揉み始めました。

 昔は、よくまごついてくれてたものですが……。

 今は、私の扱いにだいぶ手慣れた感じがでてきて、少し嫌な感じです。

「どう?」

「どう?じゃないわよ、もう!」

 でも、ご機嫌をとられたら、いつまでも怒ったふりをしているわけにもいきません。

「……仕方ないから許してあげるけど、でもあんまり女の子との約束は破らないように!」

「うん、わかったよ、姉さん」

「ほら、早くごはん食べちゃいなさい!」

 最後は命令口調でそういいました。


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