序
朝起きて。
まだ薄暗い部屋を横切り、ベランダへと続くドアを開けました。
朝の冷たい空気が流れ込んできて。
まだすこし残っていた眠気をどこかへ連れて行ってしまいました。
手すりに手をかけて、遠くを眺めると、朝もやの中にたたずむ森が見えます。
そこは、弟と一緒に、よく探検に行った場所でした。
楽しい思い出と忘れられない思い出のある場所です。
私は、このラントの地を治めるヒンメル伯爵家の長女に生まれました。
ラントは緑豊かな土地で、広い田園地帯のちょうど真ん中あたりに私たちの住む屋敷があって、私はそこで、弟や召使いたちと暮らしていました。
お母様は弟を生んですぐにお亡くなりになり、お父様は先の戦争で還らぬ人になりました。
後で聞いた話では、お父様はお母様がお亡くなりになってから酒びたりの毎日を送って、戦争が起こったとき、自費で一個中隊を編成して喜び勇んで出かけていったそうです。
召使いたちは、お父様に「二人のお子様のために残ってほしい」と懇願してくれたそうです。
でも、お父様は「お前たちを信用している」とだけおっしゃられて、私たちを残して行ってしまわれました。
お母様がいなくなってさびしかったのでしょうか。
気を紛らわせてくれる何かが欲しかったのでしょうか。
そんなわけで、私は弟と召使いたちと暮らしていました。
でも、そんなに寂しい思いをしたわけではありません。
弟のことは大好きでしたし、召使いたちも私たちを大切にしてくれて、領民のみんなも親切で優しくて。
だから、私は、平凡だけどしあわせな毎日を送ることが出来ていたんだと思います。
あの日も、そんな一日になると思っていました。




