別離
次の日。
朝になっても、ハルがなかなかやってこなくて、私は焦っていました。
ハルに嫌われてしまったのかな?
そう思って、泣いてしまいそうになりました。
あんなに拒絶していたくせに、それでも私のところに来てほしいって思ってたんだって気付いて。
とうとうミスティのほうが先に、私の部屋に入ってきました。
「おはようございます、リーゼロッテ様」
「ねえ、ミスティ。ハルがまだ来てないのよ……」
「ハル様はまだ、お部屋でお休みでございますよ」
勢い込む私をあやすように、ミスティはそういいました。
「昨晩、クルコレノフさんとその御友人が、フィクスの酒場で、ハル様にお酒を飲ませたそうですよ」
それを聞いたとき、私は、クルを叱らなきゃ、って思って。
「……ミスティ、クルを呼んで」
「はい」
ミスティに連れられて、クルは悪びれるふうもなくやってきました。
でも、なぜか頭に包帯を巻いていて、左目には眼帯をしていました。
「お呼びと聞いて」
ずいぶん長い間会わなかったのに、いつもと同じような調子でクルは言いました。
「……どうしたの? その顔」
「ああ、最近の若けぇのは荒っぽくていけませんな。しかしまあ、若さとは猛々しきもので」
へらへらと皮肉な調子の、人を煙に巻くような返答でした。
でも、なんだか嬉しそうでした。
「それで、ご用の向きは?」
「ねえ、クル。ハルにお酒を飲ませたの?」
私がそう言うと、クルは、にやっと笑いました。
「いや、ま、ハル様にだって気晴らしは必要かと思いまして」
「気晴らし……?」
「まあ、なんです、ハル様だって、たまには遊びませんと。そう思って、俺のほうで気を遣っておきました。……なにか問題でも?」
それが当たり前といわんばかりのクルに、私は、
「でも、ハルはまだ子どもなんだし、お酒を飲ませるのは……」
「そんなことはございません。ハル様はもう大人です。いろんなことを経験してもよいころです」
堂々とした押し出しで、自信たっぷりに言うクル。
そんなクルにとまどって、私は上手な反論を思いつけませんでした。
「そう、なの……。でも、お酒はあんまり飲ませないようにしてね。わかった?」
「わかりました。……では、俺はこれで」
部屋を出て行きかけたクルが、急に振り向きました。
「おっと、一応、いま、申し上げておきましょう。近々、狩りに行こうっていう話が出てるんですよ。何日か、泊りがけで!」
「狩り?」
「ええ、俺の友人の話では、そろそろ、でかい獲物が網にひっかかりそう、というので」
「……昨日の茶色マントの人?」
「そう、そいつです」
そのとき、私は不安そうな表情をしていたのでしょうか……。
「まあ、なんです。狩りは貴族のたしなみ、のようなものでして。ハル様には似合わないとおっしゃる? ところがそうもいかないんですな。ハル様だって一通りのことをこなせねえと、後々、恥かいちまうし、やりたくないことでもやらないとヒンメル家の名前に傷がつく。いやはや因果なものですよ、この世界!」
クルは身振り手振りも激しく、そういいました。
なんだか芝居がかってるようにも見えました。
私は、どう考えたらいいのかわからなくて。
「ハルは、なんて言ってるの?」
そう聞いてみました。
「そりゃもう! 俄然やる気でいらっしゃいます」
大げさな表情を作って、深くうなずきながら、クルはそういいました。
ハルがやりたいといってることに反対する理由は、私にはありませんでした。
「そう……。じゃあ、いいわ」
「そいつぁ、どうも。なあに、心配は要りません。俺と、俺の友人が七、八人……あと、トートンもついていきますので」
「トートン先生も?」
私は少し意外な感じがしました。
「ええ、まあ。引きこもってるのに飽きたんでしょうな」
クルは、そういって、にやっと笑いました。
クルが部屋を出て行った後、私は考えていました。
ハルに狩りなんて似合わないのにどうしたんだろう?
私の知っている限りのハルを思い出してみて、どうしても違和感がぬぐえずにいました。
それに、狩りって危なくないのかなって思って。
「ねえ、ミスティ?」
「はい?」
「狩りって危なくないの? 子どもでも大丈夫なの?」
「はい。鉄砲の扱いを覚えれば、子どもでも熊をしとめられるそうですよ」
「そう、なんだ」
私は、会話を続けるつもりで、
「ねえ、トートン先生も行くのね。会えなくなるの、さみしくない?」
そうミスティに聞いていました。
ミスティは、はっとしたように私を見て、それから視線を床のほうに泳がせました。
そうして、何も言わないまま、私に背を向けて、朝食の準備を続けようとして……。
「ミスティ?」
ミスティのうしろすがた、その肩がふるえていました。
「ミスティ、どうしたの……?」
「うっ……う……うぅ……っ」
「ミ、ミスティ……?」
「リーゼロッテ様、私……そんなつもり、で、ここに、いたんじゃ、ない……」
「あっ……ねえ、ちがうの!」
ミスティは、ドアのところへ走っていって……。
「まって、まちなさい! ……ねえ、まってよ!」
私はミスティを引きとめようとしたけれど、でも、ミスティは待ってくれなくて、そのまま部屋を出て行ってしまいました。
私は、なぜかそれ以上、ミスティを追いかけることができなくて、床に座りこんで、ぼんやりしていました。
ミスティにひどいことを言ってしまった……。
立ち直らないといけない、もうみんなを傷つけたくないって思いながら、私はまだみんなを苦しめていました。
自分がどんどん悪いほうへ流されていくのを感じて、でも、もう自分ではどうすることもできなくなってしまった気がして、とても怖かったです。
そんなことを考えているとき、ドアをノックする音が聞こえて、ティトが部屋に入ってきました。
「……わたくしの孫が……なにか粗相をしたようで……」
私は、さっきのことをなんていえばいいのか分からなくて、
「なんでもない、なにもしなくていい。……私たちが仲直りするから」
ただ、それだけ答えました。
「はい、かしこまりました……」
ティトも、深くは聞いてきませんでした。
その日から、ハルもミスティも、私の部屋に来なくなってしまいました。
寂しかったけど、でも、しかたないって思いました。
手のひらの上の砂が、指の間からこぼれるのをこぼれるままにして、それをただ眺めているような、そんな日を過ごしていました。
そうして、一週間もしたころ、ハルは狩りに出かけていきました。




