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最終話:サシェ、己の運命に感謝する

『姫! 姫! 起きて下さい!』

「ん?」


 何者かの声で、セレネの意識は呼び戻された。


 セレネがうっすらと目を開け顔を横に向けると、一匹のネズミ――バトラーが心配そうにセレネの様子をうかがっていた。どうやら自分は、どこかに寝転んでいるようだった。


「ぼ、ボインは!?」


 セレネは慌てて身を起こし、辺りを見回す。


 目の前に広がる景色は、ヴァイツ帝国学院の華やかな部屋ではなく、一週間前に立ち寄ったヘリファルテ国立大学の閉架書庫だった。


 ボイン代表ナターリア、お姫様ビアンカ、そして無欲の聖女レオノーラ、あと……セレネの記憶にいまいち残っていない金髪イケメン'Sの姿はどこにもない。


『もしかして、姫も不思議な夢を見たのですかな?』

「ゆめ?」

『はい。私が人になり、レオノーラという美しい女性や、優秀な執事の少年と過ごすという物でしたが……』

「そう、それ! みた、みた!」


 セレネは四つん這いになり、絨毯の上で二本足で立っているバトラーに詰め寄るが、そのバトラーは既にネズミの姿に戻っている。


「あれ、ゆめ、だった?」

『姫が起きる前に外の様子を確認致しましたが、我々がこの本を開いた時からほとんど時間が経っておりませんでした。やはり、夢と考えるのが妥当でしょうな』


 そう言って、バトラーは床に広げっぱなしになっている一冊の古い本を尻尾で示した。

 例の竜の力を使って転移するという魔術書だ。


『まあ、異世界に転移など馬鹿馬鹿しい話でございます。竜にそのような力はありませんし、恐らく、ごく僅かな時間だけ、一定範囲に幻覚を見せる程度の魔術でございましょう』

「そう、かな?」


 セレネは手をわきわきと動かす。光の粒子になって消滅する直前のたわわな感触は、未だこの手の中にある。


 だが、バトラーは相変わらずネズミのままだし、明かり取り用の窓から差し込む光は、セレネが一週間前に見たのと全く変わらない。


「ゆめ、だったかー……」


 セレネはがっくりと項垂れた。


 幻覚を見せる魔術というのは使えるかもしれないが、先ほどセレネが見たような幸せおっぱいドリームのような幻覚では、ミラノ対策どころか逆に喜ばせてしまうではないか。


 やはり没だ。地道に別の対策を考えるしかないだろう。


「しかたない、でなおす」

『そうですな。今回は幻覚程度で済みましたが、やはり古代の書物には未知の力があるかもしれません。今度は他の方々に立ち合いをお願いしましょう』


 恐らく、その今度はもう無いだろう。セレネが図書館にいる事自体が稀有なのだ。

 無駄足だった事に舌打ちしつつ、セレネは本を元の場所にしまうと、早々に図書館を立ち去った。


 古代の叡智(えいち)や偉人の歴史より、セレネにとって最愛の姉アルエの髪の毛一本の方が価値がある。セレネは、アルエに会う時間を損した事を無念に思いつつ、ヘリファルテ国立大学を後にした。


 それから数時間後、陽が暮れようとする時刻、セレネの姉、アルエ=アークイラは図書館へと足を向けていた。


 留学生として日々勉学に勤しんでいるアルエは、開架図書はよく利用するのだが、今日は図書館の司書から「早急に来てほしい」と連絡があったのだ。


「失礼します。アルエ=アークイラ、参りました」

「アルエ様。お忙しい所ご足労願い、申し訳ありません」

「そんな気を遣わないで下さい。私はここではただの一学生なんですから」


 図書館の司書はアルエに対し丁重に挨拶したが、アルエはそれをやんわりと止める。

 確かに、アルエは月光姫セレネの姉ではあるが、元々小国の姫であり、ここでは一学生に過ぎない。セレネと違い、アルエはきちんと己の立場を理解している人間だった。


「それで、私に何かご用でしょうか?」

「ええ、実は昼間にセレネ様がこちらに参られまして、これを落としていったようなのです」

「あら? これは……サシェかしら?」


 司書がアルエの前に置いたのは、可愛らしいデザインのサシェであった。


 あまり見た事のないデザインの布で作られていて、中に入っているポプリも不思議だがいい香りがする。


「閉館前の掃除をしている時に見つけたのです。今日、閉架書庫に入られたのはセレネ様だけですし、昨日はこのようなものはありませんでした」

「あの子がサシェなんて、珍しいわね」


 アルエは首を傾げる。基本的にセレネはあまり服飾に興味が無いので、ブローチなどの小物すらあまり着けない。サシェなどもってのほかだ。


 アルエとしては、可愛らしい妹にもうちょっと着飾って欲しいのだが、中身がおっさんなのでそれは無理である。


 とはいえ、司書の話では持ち主はセレネしかいない事になる。月光姫の落とし物を預かり、万が一紛失したらと気が気ではなかったらしく、それで急きょアルエを呼んだらしかった。


「あの子が持ってる姿をあまり想像できないけど……分かりました。とりあえず預かっておきます」


 そう言ってアルエがサシェを受け取ると、司書は肩の荷が下りたように安堵の表情を浮かべた。用件が終わり、アルエが図書館の外に出た頃には、空は紺色に染まり、輝く月がよく見えた。


「……いい香りね」


 アルエはサシェの匂いを嗅ぐと、頬を緩ませる。可愛らしくも上品なその香り袋は、美しいアルエが持つととても絵になる。アルエは、サシェを優しく包み込むように持つと、寮の自室へと戻っていった。


 今度セレネが来た時に、このサシェの事を聞いてみよう。

 そして、もしセレネの物ならば、こっそり譲ってもらえればいいな、なんて事を考えながら。


 それから一週間後、セレネはアルエの元を訪れる事になる。


 セレネの記憶力では一週間前の夢の話はかなり曖昧(あいまい)になっており、ナターリアのボインタッチ、ビアンカとのハグ、そしてレオノーラとの楽しい時間は割と記憶していたのだが、サシェなどというオシャレ用品については記憶の片隅にも残っていなかった。


 なので、アルエに「このサシェを貰っていいかな?」と聞かれると、セレネは二つ返事で「いいよ」と返した。自分の物かすら分からないのに、アルエに頼まれれば平気であげるのがセレネである。


 こうして、異世界をまたいだサシェは、アルエの元に行き渡った。


 あんなろくでなしの姫の引き出しの肥やしにされるより、相応しい女性に大切に扱ってもらえる事に、サシェは心底安堵した。


これにて「無欲の聖女」と「夜伽の国の月光姫」のコラボ小説は完結となります。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

製作秘話的なものを活動報告に書きますので、興味がある方は是非そちらも読んでみて下さい。

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― 新着の感想 ―
[一言] またこんな作品が読みたいです。復活を!
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