第3話「優しさの形見2」
調査に向けて行先さんから得た情報と今の現状を整理して、この街のネットワーク「アクアネット」にアクセスしてさらなる情報を集めることにした。
スウェンを部屋の中央に置き、事務所内のWi-Fiと繋げる。
部屋全体に青緑色に光るデジタルモデル―ホログラム―が一斉にドーム型に広がる。SF映画で見られるCGのような光景となるが、これはリアルでもあり仮想現実でもある。デジタル表示された写真や文字の羅列を一つ一つ指で触れて移動させながら、整理するように確かめていく。
『さて、依頼人は行先明那さん25歳。セントラル・リバー区の医療器具メーカー勤務。婚約者の男性は先崎育英さん28歳。行先さんの勤めるメーカーの取引先の研究機関会社で出会い、1年の交際を経て婚約。式は今年上げる予定だが、突如一週間前から彼女を含めたあらゆる人物との連絡を絶ち、行方不明。行方をくらませることに心当たりはなく、家族関係、ご近所付き合い、仕事関係も人間関係もトラブルはない。先程アクアネットにアクセスして、一件一件許可を得て情報を得たが、彼女の言う通り金銭関係やSNSなどでのネットトラブルなども一切無いな。ヤバイ連中や怪しい輩に引っかかったということもないようだ。人としては立派だが、今回は逆に困るなこれは』
「一切トラブルや黒い噂がないとなると、確かに何も掴めないな…待てよ? ここ一週間とそうだな、数か月の先崎さんの活動範囲に設置されてる防犯カメラにアクセスして、記録を見せてもらえないか頼めるか? 彼の周りに不審な人物がいないかちょっとでもいいから探りたい」
『了解した。念のために誘拐、事故、もしくは殺人の視野も入れるのか』
「一応な、彼自身に何かなくても、身勝手な他人からの攻撃なんてこの世にごちゃまんとある」
『一方的な嫉妬や理不尽な怒り、もしくは粘着だな。あ~嫌だ嫌だ』
例えその人自身が人畜無害の素晴らしい人柄であろうとも、“その人としての優秀さと美しさ”故に一方的な負の感情で恨みを持たれて殺されることなんてざらにある。言い方を選ぶが持たざる者からの攻撃だ。勿論、なにかの拍子に事故に遭い、身動きが取れない状況に陥ったり、身元が特定できるものがなく入院している可能性だって1ミリぐらいある。
「どうだスウェン? なにか怪しい車なんかが映ったりとかは?」
『該当無しだな。先崎さんは映っていない。彼を追う人影や怪しい車は何処にも映っていない。彼が何か怪しげな建物に入り込むなんてこともない。すべて安心安全健全で標準的な建物ばかりだ…いや、待て』
流暢に流れていた彼の電子音声が、急に止まる。この線は無しかと思っていたが、なにか少しでもおかしいものを発見したのだろうか。
『掴、行先さんは怪我や病気関連のことはなにも言ってなかったな』
「そうだな」
『彼は病院に行っているぞ。セントラル・リバー区病院の監視映像だ。見ろ、内装のカメラもすべてだ。彼が映ってる』
スウェンがピックアップしてくれた映像を指でスライドして手元に引き寄せる。日付と時刻を確認し、そこには、普通に受付を済ませて病院内に入っていく様子が四方八方から映っていた。
「見たところ怪我はしてないみたいだが、なにか病気にでもなってたのか?」
『怪我ではこの病院には来ないだろう』
「そうだな、ここは精神科病院だ。しかもセラピーに特化した」
『アクセスしたらさらに映像が出てきた。どうやら定期的に訪れているみたようだ。しかし何故だろう? 監視カメラとはいえ、一目見ただけでは、彼は精神を患っているようには見えない』
「雰囲気も精悍だしな。そういう問題を抱えた人達の雰囲気はない…」
どういうことだろうかと考える。これはこの行方不明事件に関係あることなのだろうか? 彼女との結婚で、なにか思い悩むことが増えてきて、セラピストに相談するほど気に病むことでも…? 事前の情報では、人との関係については良好で問題はない筈。
「話してないこと、隠してることでもあるのか…?」
『やはり“フォース”でも使えばよかったか?』
「それは勘弁してくれって、あとフォースじゃねえって」
しかし、病院の件には妙に違和感を感じる。なんと言い表せばよいのかわからない気持ち悪さだ。こういう仕事をしていると、必ず付きまとうものだ、調べている最中のパズルのピースとピースが浮かんだまま組みあがらない歯痒さとでもいうべきか。
『君の気持ちを受信した。病院の件は確かに不可解だ。ちなみに私の場合は“不気味さ”という感覚を検出した』
「お前が寄りにもよって不気味と感じるのか」
『私の直感は当たる。この直感というのは人工知能の本能か、蓄積された学習項目から来るものだがね』
「直感程大切にしなきゃなんねえものはねえが、なにが不気味なんだ?」
『なにか前提から間違ったままことを進めている…だな。そしてそこに何かの介入を感知する』
「なんじゃそりゃ?」
こうは言うが、正直人間だろうがAIだろうが直感――所謂嫌な予感は当たる。
今回気になるのは、スウェンの言う前提から間違ったままというのが、範囲が明確ではないことだ。あと、何かの介入の何かとはなんだ? 彼の思考回路がそう感知しているのだから仕方がないが…。
「もう一度行先さんに詳しく話を聞いてみるか、あるいは…」
『いや待て。捜索願が出ているならオーティス警部に聞いてみるか』
「だな、警察なら、もう聞き込みはしていて進展があるかもしれんし、色々省ける」
スウェンにクォーツ署のジンノ・オーティス警部への回線を開いてもらい、空中に電話番号などのコールボタンを表示してもらう。ボタンを指で押して彼へ電話をかける。呼び出し音が鳴り響いて数秒で出てくれた。
アクアネットを通じて、クォーツ署の通信端末を仲介して事務所の部屋の中にジンノさんの姿が映し出される。遠く離れていてもこうやって相手の姿まるごと通信で会話できるんだから、本当に便利なもんだ。
「よお掴か。元気にしてっか?」
「相変わらず元気だよジンノさん」
「相棒も元気か?」
『すこぶる快調だオーティス警部』
「ははっなら良かった」
癖のあるオールバック。言葉の端々を妙に鼻にかけて滑らかに話す独特の喋り方と、アンニュイな表情だけど快活な笑顔。それがジンノさん。俺の元上司だ。
「ジンノさん。先崎育英さんって人の捜索願が出されてるだろ? 28歳で研究機関会社勤務の男性なんだけど。一週間前の9月6日から行方不明なんだ。なんか新しい情報がないか聞きたいんだよ」
そういってジンノさんに先崎さんの情報とこれまでのデータを見せる。ジンノさんは「ちょいと待ってろぃ?」と言いながら警察手帳と署内の通信端末を取り出し、こちらの情報と交互に目を凝らして食い入るように睨めっこし始め、電話で聞いてみたり、署内の職員たちに尋ねるなどしてくれて…。
「…いやおい、その先崎さんって人の捜索願の届け出は、出てねえぞぉぃ?」
『「え嘘ぉ?」』
思いもよらぬ返答で同時に驚く声が漏れ出た。
「嘘じゃねえよ。今電話しても聞いて、データベースも見て確認したが、確かにありゃしねぇ」
自分でもなんのことやらと言いたげな表情で頭を摩っている。これはおかしな方向に舵が切られようとしているぞ。確かに行先さんは先崎さんが行方不明になっているから捜索願を出したと言っていた。なのに今、警察になにか進展か情報かなにか聞いたら、そもそも捜索願が出されていないと…?
『今オーティス警部の端末にデータを送ったぞ』
「あ、サンキュ、スウェン。ジンノさん、今詳しい情報を送ったから、念のためもう一回確認してくれよ。行先明那さんって女性が出している筈なんだよ」
「しっかたねえな。お、きたきた。なんか半分おかしなことに片足ツッコんだ気分だから調べてくるぜぃ?」
そういい終えてジンノさんが手を振ると、一瞬で彼の姿が消え、通信回線は繋がったままスリープモードに入り、電話待機中のメロディが流れ始める。
「どうなってんだ? 行先さんは嘘を付いてたのか?」
『嘘を付いている時のパターンは検出感知しなかったが…いや、自分は嘘を言っていないという強い気持ちか?』
「いやだとしても嘘を付く意味も内容も意味が分からん」
『それな。何故わざわざ婚約者が行方不明だと嘘を付く必要がある?』
「待てよ? スウェン、さっきの病院の映像っていつの時だ?」
『4月1日からの映像だ。それから8か月連続で映っている。それ以前に病院に訪れている映像はヒットしない』
「8か月前か…先崎さんが失踪したのは1週間前の9月6日…じゃあこの8か月の間になにかあったんだよな…」
『それからこの病院なんだが、かなりセラピーに関して進んだ技術を開拓しているようだ。見ろ、AIセラピー装置というものを導入している。8か月の試験運用の後に正式導入だそうだ』
「へえ、最近は進んでるんだな…」
スウェンがよこしてくれたデータファイルを指でスライドして開き、読む。記事や詳しい情報と共にいくつかの写真がある。メディカルポッドのようなものだろうかと想像していたが、予想と違い大分コンパクトな機械だ。地面に置いてスイッチを入れるだけで、ホログラムが表示されて様々なデータ分析と共に、AIが親身になってセラピーをしてくれる、またはセラピストと共に患者の話しを聞いて治療に役立てるという。
デジタルの、つまりCGとホログラムを用いたバーチャルモデルも生成してくれて、例えば自分や恋人のモデリングを行い、どんな風に暮らしていくのが理想なのか、というテーマでそのモデルを使ってシミュレーションまでしてくれるそうだ。
『実際にどう動くか、どんな関係を築いていくかなどの明確なシミュレーションをデジタル立体物として用意すると、容易に理解しやすいからな。感情移入もしやすいしだろう』
「そうだな…」
瞬間、思考が弾けて閃いた。なら、そうじゃないか…!
「このAIセラピー装置って先崎さんも使ってたんじゃねえか?」
『む? そうだな。この病院の診療の大半はこの装置を用いて行われている。彼が8か月もの間受診していたのなら、使っている可能性は高いかもな』
「だけど…受診する理由がわからないんだよな…」
使ってたのではないかということを思いついても、やはり通う理由がわからない。本当は悩んでいたのか? ただわからないだけではなく、なにかが引っかかる…。さっきスウェンが言っていた根本的な何かが間違って…。
AIセラピー装置、8か月前、試験運用、行き続ける…
「あ…会社関係か…? そうだ。なにも病院に来る理由は、診てもらうためだけじゃない。仕事関係で来ることだってある、簡単なことを見落としてた。スウェン、先崎さんは勤務先から仕事で来てたんじゃないか? そこではAIセラピー装置を作っていて…」
『今調べてる……ビンゴだ掴。先崎さんが勤める会社は、あのAIセラピー装置を開発研究している。試験運用先が丁度あの病院だ。彼は開発に関わっているぞ、視察に来ていたのか、実際に運用データを見に来ていたのかもしれない。だが、これがわかったとしてもなにか進展があるわけでは…』
「わかってる。こんな情報は行先さんからでも簡単に話してくれそうな内容だ。結局先崎さんが病院に来ていた理由と目的が分かっただけだからなんとも」
スリープモードにしていた通信が起動した。ずっと流れていた待機音楽のメロディが止んで、デジタルの揺らめきを纏ったジンノさんが再び部屋に表示される。通信回路に戻ってきたのだ。
しかし、その表情は先程と違い、苦虫を噛み潰したような険しいものだった。なにかあったのだろうか…?
「2人とも……その…先崎って人なんだが……」
歯切れが悪い。途端に嫌な予感が頭を過る――
「死んでる……1か月前にだ」




