第1話「土の味」
痛い。息が苦しい…。
それに視界が暗い…。匂いも変だ、焦げ臭い…。
口の中が…これは血の味か…?
うっすらと意識が覚醒していく感覚。
はっきりとしない、まるでまどろみから覚めるような、俺は今まで眠っていたのかと錯覚する。いや待て? 果たして本当に自分は寝ていたのか? これは夢から目覚める前兆か何かか?
しかし身体の妙な違和感――全身に鈍く重い痛みが走り、まるで鉛か何かがのしかかっているかのようだ。どうやら周りにゴツゴツとしたものが転がっているらしく、所々当たっていて不快で痛い。これが肉体の直接的痛みの原因なのか? これはいったいどういう状況だ? さっきからわけのわからないことだらけだ。
重い瞼がゆっくりと開いていき、ぼやけていた視界が晴れてゆく。思考を必死に張り巡らせるが、自分が今まで何をしていたのかよく思い出せない。
ようやく両眼で辺り一面の景色と自分の状況を確認できた。
思わず愕然とする。自分は瓦礫だらけの土地に寝っ転がっていたらしい。要するに下は土と砂の地面だ。地面に寝ていたのだ。痛む首や節々をかばいながら周りを見渡す。恐らくいくつも建っていたであろう崩れた建物だらけで、瓦礫の山がそこら中に広がっている。よく目を凝らすとついさっきまで火事でもあっていたのか、煙が燻っている。
「…な、なんだ…?どうなってんだこの状況…」
土埃を掃おうと手で服を触ろうとしてさらに驚いた。上下の服は破けて見るからにボロボロで、というより半分吹き飛んだようになっていて、体中を触ってようやく気が付いたが所々痛みが走っていた原因は怪我を負い血が流れていたから。怪我の多さに自分のことながら信じられず絶句した。だが傷の痛みが、現実に実際に体に起こっている出来事だと嫌でも知覚させられる。幸い穴は開いてないが…切り傷に掠り傷に打撲に火傷……。全身傷だらけだ。自分が重傷であることは理解できた。出血のせいか頭に血が巡らず思考が鈍っているのだろうか、実のところ、意識もそこまではっきりとしているわけではない。少しでも気を抜けば昏倒してしまうのではないかという状態だ。
「……あ、御守さん⁉ そうだ、何処だ御守さん⁉ 返事をしてください⁉」
不意に脳に閃光が走る。この事態が起こる“ついさっきまで”一緒に逃げようとした筈の人を、俺の師匠である御門御守の姿を探す。
半ば焦土と化している辺り一面を繰り返し見渡し、薄暗くなりかけた、夕焼けの空の赤暗い空も見上げながら、必死に視線を動かす。そして、微かに呻き声らしきものを耳に捉え、それを頼りに体を動かすと、瓦礫の中にギリギリ埋もれていない、砂埃を被り、自分と同じようにズタボロのボロ雑巾のような男性が地面に倒れているのを発見した。
「御守さん⁉ おい、御守さん、御守さん、大丈夫ですか師匠⁉」
「…よぉ…無事か……馬鹿弟子め……ははっ……」
「御守さん、意識を失わないでください‼」
「ぁあ…ったく…ガキに心配されるたぁ……俺も焼きが回ったもんだ……」
大声で彼の名を叫びながら歩みを進める度に体中が悲鳴を上げた。痛みが電流を流されるが如く全身に走るようだ。なんとか近づき、彼が御守さんであることを確認した。見るからに重傷だ、しかも自分よりも。目の焦点が定まっていない。呼吸も安定していない。軽口を叩く余裕はあるものの、明らかに危険な状態だ。
「御守さん烏丸は⁉」
「…やべぇな…スーツが吹き飛んだせいか…故障したのか返事がねぇ……」
「マジかよ…何処だ烏丸ぁぁぁ⁉」
大声で御守さんの“相棒の名を叫ぶ”。しかし、ある変化に気付いた。ほんの少し、ほんの少しづつではあるが、まるで痛みが引く…いや傷が癒されるような熱い刺激があるのが理解できる。よく目を凝らせば、青緑色の粒がそこら中に漂っている。
「粒子だ…⁉」
この粒子の効果は知っている。粒子の一粒を指で掴む。小さく発光しながら霧散するそれは、傷に反応しているようだ。僅かに傷を治している。頭の傷にも反応しているのか、微かな熱さが走り、妙に思考が晴れ渡るかのような感覚を覚える。
「何処から出てんだ…そうだ、スウェン、スウェンから出てんのか⁉ スウェン⁉」
何故直ぐに気付かなかったのかと後悔する。“ついさっきまで”身に着けていた“相棒”を探して辺りを見渡し、必死に叫ぶ。
『――ッ――カ――』
「スウェン⁉」
突然声らしきものが聞こえた。ノイズ交じりの電子音のような声だ。
遠くの方で点滅する光を捉えた。幸い距離は近い。御守さんを慎重に抱えて足を引きづりつつ歩みを進める。瓦礫に埋もれているが、一目見て壊れていないとわかり、即座に手に取る。流石御守さんが開発しただけはある。大した強度と耐久力だ。その形状はスマートフォン、俺の相棒スウェンだ。スマホに近づいた分だけ、痛みが和らいでいることに気が付く。先程よりも傷が徐々に小さくなっている。粒子の効果で間違いないようだ。これまでに何度も助けられてきた、それでも重傷なのに変わりはないが。
『――ッカ―ム―』
「おいスウェン、俺だ、掴だ!」
節々が痛みながらもスマホに指を絡めて手に取って耳に押し当てて、彼の名を呼ぶ。機体からはほんのりと温かさが感じ取れる。まるですべてを包み込むような柔らかい粒子だ。
『――ッカム――掴、聞こえている…私だ―』
「ああそうだ、聞こえてるよ相棒、俺は夢緒掴、今年で16歳、高校2年生。故障してないか? 今御守さんを発見した、どっちも重症だ。烏丸も見当たらない。お前から出てる粒子のおかげで徐々に治ってきてるけど、間に合わねえ」
急いで喋っている途中で、頭の中の妙な違和感に気が付く。駄目だ、全てを思い返そうとしても、霞でもかかっているかのように記憶の引き出しが開かない。妙だな?
「俺達は戦ってて、そうしたらアイツが自爆して――あ…?なにと戦ってたんだ…?――」
やはり駄目だ。先程はわからなかったが、今までの行動を思い出そうとしても、まるで記憶の回廊が崩れたかのような、記憶の鎖が解けて欠片か断片が落ちてしまったかのように、その断片しか思い出せない。いったいどうしちまったんだ?
『確か――っきから君と御守のバイタルが安――ない生命維持が危険――見るからに重傷だ。幸い――から放出されている――粒子の――げで微かに傷が治りかけてはいるが――私もダメージを――過ぎてプログ――に再構築をかけ――ないと自我が崩――てしまう――烏丸――処かに埋もれて――筈だ』
聞こえてはいるが、途切れ途切れで、若干聞き取りづらい電子音声の羅列に違和感を覚える。
「…よぉスウェン、無事みてぇだな…?」
『君――傷だな、御守。あまり――ずに安静――ているんだ』
「わかってるよ…だがお前から出てる粒子のおかげで…多少はマシだ」
『――の脳をスキャンさせてくれ、どうにも掴の様子もおかしい――傷を負っていないか――べる…』
スウェンから緑色の光る線と光が放出されると、俺達の体を包み込む。バイタルチェック、体の状態をスキャンしているのか。これで頭の妙な霞具合の原因もわかるか。同時に機体からプログラムの起動音が流れ始めて、画面が点滅したと思うと0と1の文字が羅列される。どうやら自己修復機能も起動しているようだ。なるほど、外観は無事そうに見えても、中身のプログラムに異常があるかもしれない。そうして数分が経過したかと思うと、起動音が流れた。
『……ホントひどいありさまだな、傷だらけでボロボロだ。バイタルも不安定……周りの状況から察するに、アイツの自爆を、間近で電磁パルスの含まれた高エネルギー波を爆発の衝撃と共に浴びたせいで、掴、君は脳の一部に損傷を負っているのだろうな……なんてこった……こんなことになるなんてな……』
俺の脳が損傷…? もはや言われるがままに画面を見つめたまま、スウェンの話に耳を傾けている。爆発? 高エネルギー? やはりこの惨状は……。
『――1つだけハッキリ言っておく……』
その言葉に一瞬身を固める。純粋に何を言われるかビビったからだ。
『我々は負けたんだよ……爆発の中心地だった“街”も巻き込まれてこのありさまだ……きっと大勢が犠牲になった……』
「……負け……た?」
負けたから俺と、この街は瓦礫の山と化してるのか? 何に? 一体俺達は何に負けてしまったのだろうか……? いや何を言っている、アイツのせいだ。漸く皆で追い詰めて、あれが最後の戦いになる筈だった。
だが、そうだ…追い詰められたアイツは、自ら死を選んだ。進化したAIとして他の電子生命体を先導した末に、いくつもの学習の果てに自死することを学び、よりにもよってこの街のど真ん中で自爆した。自らに溜めこんでいたであろう膨大な情報の塊と周りのエネルギーを巻き込んで……ああくそ、駄目だ、これ以上思い出そうとすると痛みが走り、記憶も途切れ途切れで断片の繋ぎ合わせのようだ。
「…掴…アイツの勝ちだ、奴は俺達人類に勝ったんだ…そして俺達はその知恵比べに負けた……そしてこの有様だ…ちくしょーが……」
「負けた…負けた…? そうだ、他の皆は……」
記憶が不安定ながらも、自分達の置かれた状況を嫌でも理解出来た…。
同時に、あの時に一緒に戦場にいた大勢の仲間のことがフラッシュバックする。そうだ彼らは…⁉
『君の状況を受信した…よし、先ずは何処から説明しようか、なにせ、私も記録の大半を損傷したからな…』
スウェンの声が耳に入らない。いや、彼の説明を聞きたくないからではない。自分が心配しているのは、今しがた思い出した仲間達の詳細な記憶が、曖昧な状態でしか思い出せないことだ…。家族も、友人も、後輩に先輩だって……。
――掴さん――
最後に彼女の姿を思い浮かべた。しかし、愛した人の顔すら靄がかかって思い出せないことに気付き、目の前が真っ暗になる錯覚に陥った。項垂れた後に地面に倒れこみ、そのまま顔が地面に突っ伏した。
口の中で血と混ざって土の味がした。
*****
――それから世界は10年の歳月が流れた。そして、破壊された街も見事な復興を成し遂げた。新たな街の名前は水環都市――。




