62. 嫉妬
「言質は取ったぞ! リック!」
グランはそう言って剣を振るい、リックはそれを回避してエリナを後方に下がるように促して次の攻撃を避けながら広場の中央に移動した。
「逃げるんじゃねぇぞ! リック!」
グランはそう叫びながら剣を振るう。リックはそれを同じように受け止めようとしたが、防御魔法に触れた瞬間、魔法の鎧が斬れた。そのままリックの肌に触れた。
「――ッ!」
リックは咄嗟に防御魔法を再展開してグランの剣を弾き飛ばした。
「おしい。もうちょっとでその腕を斬り落とせたのによォ」
グランはそう言いながら、剣を街灯の柱に走らせる。瞬間、特殊素材でできた街灯の柱がバターのように斬れた。綺麗な断面からして魔剣の類とリックは推測した。
「魔剣の類か。防御魔法を切断する効果を持ってるのか」
「ご明察っ!」
グランは剣を今度は受け流すが、防御魔法がスライスされた感触にリックは違う術式を構築して防御魔法を展開した。魔剣士の高速攻撃を半身を引いて回避し、攻撃を防御するが、次の攻撃で防御魔法が斬られ、再度再展開して弾き飛ばした。
(一度使った防御魔法が使えなくなるのか?)
防御魔法に使用した術式は三種。残りの術式は三種。このままでは手札がなくなる。そう思ったリックは試しに最初の術式で構築した防御魔法でグランの攻撃を受け止める。すると、防御魔法は破壊されずに受け止めた。
(受け止めれた。……とすると、あの魔剣は防がれた防御魔法をずっと記憶してるわけではない? 記憶できるのは一つか、それとも三つまでか?)
魔剣の情報が集まっていくにつれ、リックの中で答えを導いた。
「魔剣の効果は、攻撃を防いだ防御魔法を破壊する。それを記憶できるのは三つまで。それ以降の防御魔法は再度使用可能、といった感じか?」
まだ足りない情報はあったが、グランの驚いた表情からそれは正解のようだった。
「効果がわかったからどうした? 俺は魔剣士だぞ! 高速の攻撃を捌ききれるなら捌いてみせろよ! 鈍足の重戦士が!」
グランの連撃は常人からすると一人だけ時間の流れが違うと思わせるほどに速い。次の一撃がほぼ同時に襲いかかる。速度と攻撃に特化した魔剣士の戦いだ。
それをリックは涼しい顔をしながら対応した。
やがてグランの不敵な笑みは消え、苛立ちを見せるように眉を顰めた。
「ふざけてるのか? あの防具を装備して戦ったらどうだ?」
「生憎だが、お前には必要ないと判断した」
リックが淡々とそう言うと、グランの額に青筋が立った。装備を使わないのは点検でカンナに預けているからなのだが、しょうじき装備なくても戦えるとリックは思っている。
それと同時にこの戦闘を通じてグランに感じている違和感の正体を突き止めた。
「お前、本当に魔剣士か? A級冒険者のわりには遅く感じる」
「あァ? んだと?」
「実力が以前より劣っている気がするぞ。武装に頼りすぎだ」
グランに感じている違和感の正体。それは実力が伴っていない。なにも変わっていないのだ。もしかしたら前よりも腕が落ちたとリックは感じていた。そして、そんな彼の力を底上げしているのが、すべて迷宮産の武装たちであると。そう。彼がすごく見えていたのは、すべて武装のおかげ。グラン自身の力ではなかったのだ。
「舐めてんじゃねぇぞ!」
グランの攻撃はさらに速度が増した。
だが、リックはそれを片手で受け止めた。グランは必死に引き離そうとするが、石像のように剣もリックも微動だにしなかった。
魔剣士は速度と攻撃に特化した職業だが、その強力なステータスにかまけて攻撃が単調になりやすい傾向がある。技術だけなら下位互換と揶揄される剣士に負ける。
グランはその典型だ。リックは簡単に対応できた。
「これで終わりにしよう」
リックはそう宣言して剣を退け、グランに攻撃の隙を与えさせない速度で連打攻撃を打ちこむ。そして、最後の一撃をグランの顔面に打ち、地面に叩きつけた。
カラン、とグランの手から離れた剣を、エリナに向けて〈ホーリーセイバー〉を放とうとしているミアに向けて蹴り飛ばした。
回転しながら飛んだ剣はミアの杖を切断し、壁に突き刺さった。
リックは気づいていた。ミアが戦闘に乗じてエリナを狙っていたことに。
聖女であることを疑われたことに腹を立てたなら理解できる。しかし、ミアの行使した魔法は明確な殺意を示していた。
身の潔白を証明するだけなら物騒な魔法など使用せずに話し合いで済むはずだ。ザルツブグルで疑われたからといって磔にするような物騒な人間は、例外の除けばいない。
なのに口封じのためにエリナを狙ったということは、なにかある、ということを言っているようなものだった。『なにを隠しているんだ?』とリックは思った。
リックは鋭い視線を、狼狽するミアに向けながら足を進める。
「待て。まだ終わってないぞ!」
苦悶に満ちた声を上げながら立ち上がろうとするグラン。強力な一撃を受けて、立ち上がろうとする彼のタフさに『変わらないな』とリックは思いながら彼を見おろした。
「見おろしてんじゃねぇぞ! ただの壁役だったくせに! なんでお前が!」
刺すような殺気に満ちた双眸。過去に因縁があるわけでもないというのに、同じ道を歩んでいたはずの男は、憎むようにリックを見ている。
悲しいかな。リックの言葉はもう届かない。
だが、それでも言いたいことがリックにはあった。
リックはグランに近寄って、なるべく視線に合わせるようにして屈んだ。
「グラン。俺はお前に嫉妬していた」
あの日、初めて仲間と対立した時にリックが言えなかった言葉の続きを口にした。思ってもいない言葉だったのか、グランは鳩が豆鉄砲を喰らったかのような顔を浮かべ、「えっ」と言葉を漏らした。
「お前だけじゃない。コルクにも、デミにも、ミアにも、ハルトにも」
リックは言葉を続ける。
「悔しかったんだ。ただ立って壁になってることが。グランのように速く走れたら。コルクのように馬鹿力を発揮できたら。デミのように魔法が使えたら。ミアのように治癒魔法が使えたら。ハルトのように柔軟に対応できたら。そう思ってたら走り出してた。いつのまにか、道をたがえてしまったようだがな」
リックはグランの手首を掴んだ。
「もうやめにしないか?」
「……、」
「俺はまたみんなと飯が食べたいよ」
放心状態のグランに、リックは本心をぶつけた。かつてパーティにリックがいたとき、グランはどういう気持ちで接してくれていたのか確かめるのは難しい。だが、リックが見てきた彼は楽しそうに笑っていた姿まで嘘とは思いたくなかった。
「グラン……、」
「……、」
ぐっ、とリックはグランを腕を引く。ふと、黒い腕輪に目がいく。おそらく、迷宮で手に入れた腕輪。鑑定の魔法を使用せずとも異様な気配が伝わってきた。
「この腕輪」
リックがそう訊ねた瞬間、グランは我に返ったかのように手を振り払い、剣を拾ってミアとともに広場から立ち去っていった。
「グラン!」
リックは、その怯えるような背中を呼び止めることができなかった。
「グラン……」
リックの視界からあの背中が路地裏に消えていくのを最後に伸ばした手をおろした。
追いかけることもできた。だが、追いかけた先で、なにができるのか、リックにはわからなかった。なにも届かない気がして、動けなかった。
しばらくリックは、グランが消えた路地裏を見つめていると、騒ぎを聞きつけた騎士団の一番隊隊長アマンダ・キューロッジが現れた。
「……。アマンダか」
「随分と参っているようだな」
「まあな」
「そんなところ悪いんだが、ちょっと事情聴取につきあってもらうぞ」
「……。ああ」




