04
出立の日、オリヴィアはテレントのエリアスと共に国の賓客という立場で遠くからフェルディナンドを見送ることとなった。
戦に向かう騎士団を祝福するセレモニーを終え、王であるフェルディナンドを中心にした長い行列が城を出た後は、見張り用の塔に昇って遠ざかっていく行列を見送る。
どんどん遠く、小さくなっていく行列を食い入るように見つめていると、付き添ってくれていたエリサに声をかけられた。
「オリヴィア姫、そろそろ中に入りましょう。このままでは風邪をひいてしまうわ」
「平気です。黒の王冠の加護がありますから」
「あら。風邪をひくのは私よ」
うふふっと微笑まれて、ハッとする。
(いけない。私はこの人のことも守らなきゃいけないんだった)
フェルディナンドが戻って来た時、これまでと同じ顔ぶれで出迎えられるようにするのが自分の役目。
個人的な我が儘で、エリサや護衛達に風邪をひかせるわけにはいかない。
素直に塔から降りて城に入ると、エリサが「そうだわ」と手を叩く。
「部屋に戻る前に、王族の肖像画を見に行きましょうか。ここから近いの。こっちよ」
エリサに案内されるまま城の奥に向かうと、ガーデンパーティ用に造られた中庭の周囲を巡る、長い回廊に出た。
その壁には大きな絵がいくつも飾られている。
「この回廊には歴代の王族の絵が飾られているのよ。ちょうどここからの絵が今の王族のものね。前王陛下が蟄居なされた時に半分ぐらい持っていかれてしまったのだけど……。――こちらが、前王陛下と前王妃様よ。結婚してすぐぐらいの頃に描かれたものだと聞いているわ」
「まあ、前王陛下は本当にサファイア姫と似ておられるんですね」
ふたりとも二十代前半ぐらいの頃だろう。軍服を身に纏い腰に剣を佩いた若々しい立ち姿の前王陛下が、椅子に座る前王妃の肩に手を置いている。ふたりともとても幸せそうな微笑みを浮かべていた。
その隣には前王と前王妃がひとりだけで描かれた絵が、そして少しづつ年齢を重ねていくふたりの絵が次々に並んでいく。
さらにその先には子供の肖像画もあった。
「陛下とサファイア姫の子供時代の絵ね。……この頃からサファイア姫は少しおてんばだったけれど、まさかあんなに格好良くなられるなんて思ってもみなかったわねぇ」
エリサが立ち止まって見ているいるのは、五、六歳ぐらいのサファイアの絵だ。
焦げ茶の巻き毛が愛らしい紺碧の瞳のお姫さまが花束を手ににっこり微笑んでいる。
「なんて可愛らしいのかしら。まるで妖精のよう……」
(この妖精が、成長するとああなるんだ)
幼少時は愛らしく、大人になったら凛々しくも美しい。
素晴らしい仕上がりぶりだと、オリヴィアはこっそり心の中で賞賛する。
次にあるのは、銀の髪、深緑の瞳の少年が大きな本を抱えて、生真面目な顔で立っている絵だ。
たぶんフェルディナンドが十歳ぐらいの頃のものだろう。
「……まあ、可愛い」
ふっくら丸い頬が子供らしくて可愛いのに、子供のフェルディナンドは僅かに眉根を寄せて気難しげな顔をしている。それが微笑ましいような、少しもったいないような、評価に悩む絵だ。
その後も回廊に沢山並んでいる王族の絵をひとつひとつ眺めながらゆっくりと歩く。
「これは陛下が即位した直後に描かせたものね」
エリサが示してくれたのは一際大きい一枚の肖像画だ。
まだ十代のフェルディナンドが王冠と宝剣を身につけて、気難しげな顔をして立っている。
「今の私より少し年下のフェルディナンド様ね。どうして絵の中のフェルディナンド様はいつも不機嫌そうなのかしら?」
絵に描かれたフェルディナンドは、どれも気難しげな顔をしているのが不思議で聞いてみた。
「陛下は肖像画がお嫌いなのよ。この絵を描かせた後は、お兄様がいくら言っても新しい肖像画を描かせてはくださらなかったんですって。でも、きっとこれからは変わられるんじゃないかしら」
「どうしてですか?」
「家族ができれば、誰だって思い出を残したいと思うものでしょう? 王妃となったオリヴィア姫や、いずれ産まれる我が子の姿も」
「私の絵も、ここに?」
オリヴィアは驚いてフェルディナンドの肖像画を仰ぎ見た。
「もちろんよ。前王陛下の時代は戦でそれどころではなかったから肖像画の数はなかなか増えなかったけれど、今代はきっと沢山増えるでしょうね。楽しみだわ」
「そう……ですね」
(そっか。そうだった)
フェルディナンドと結婚すれば、オリヴィアはこの国の王族の一員となる。
当たり前のことなのに今ひとつ実感が伴わずにいたのは、きっとフェルディナンドのことしか見えてなかったせい。
前世と今世を合わせても初めての恋が成就したことが嬉しくて、極端に視野が狭くなってしまっていた。
(ここはおとぎ話の世界じゃない)
――王子様とお姫さまは結婚して幸せに暮らしましたとさ。
前世で読んだおとぎ話はそこでお話が終わっていたが、ここは今世のオリヴィアが生きる現実の世界。
愛する人と結婚できたとしても、その後も長い人生が待っている。
(まだまだ足りてない)
マナーやダンス、刺繍や短剣術。
リラクシオンに来てから色々学んできたけれど、こんなものでは駄目だ。
リラクシオンの王妃としてフェルディナンドの隣に立つにふさわしい存在になるためにも学ぶことはまだまだ沢山ある。
(リラクシオンのことをもっとよく知らなきゃ)
上っ面の歴史ではなく、もっと深い歴史を。
それぞれの領地の特産物や植生、文学や諺に至るまで、知るべきことはいくらでもある。
現状維持を心がけ、フェルディナンドの帰りをただ待っているのでは足りない。
リラクシオンの未来がより良くなるよう、国王であるフェルディナンドに少しでも協力できる自分になるために、出来る努力があるはずだった。
(フェルディナンド様が戦っておられる間、私もここで自分らしく戦おう)
そんな決意と共に、オリヴィアの努力の日々がはじまった。
書庫に通い、歴史書を読みあさる。
リラクシオンの地図を開いて地名と領主の名前を覚えていく。
オリヴィアのやる気を知ったエリサやハンゲイト侯爵からは、東の地の国々の基本情報が書かれた書物や国内の商取引の流通に関する書籍や書類が届くようになった。ついでに教師も送り込まれてくる。
こうなってみると、バルハラ大陸の国々が共通言語を使っていることが心底ありがたい。
前世の世界だったら国ごとに言語が異なっていたから、文字を学ぶところから始めなければならなかっただろう。
(……まだまだ頑張れる)
フェルディナンドの出征から十日。
今ごろは本隊もクラレンス侯爵の領地に辿り着いて、本格的な戦いがはじまっているだろう。
(余計なことを考えてる暇なんてない)
戦場に赴いたフェルディナンドのことを心配しておろおろするより、もっとなにか有意義なことをしていたい。
日々積み上がっていく書物に眩暈を感じつつも、オリヴィアは必死で机にかじりついていた。
読んでいただきありがとうございます。
次話は6日更新予定です。




