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黒忌み姫のお輿入れ  作者: 黒田ちか(クロッチカ)
第8章 私もここで戦います

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01

「……父上が悲しまれるな」


 オリヴィアがリラクシオンに来てから受けた被害、そして今は亡きフェルディナンドの婚約者の家族が調べたクラレンス侯爵の悪事を全て聞いたサファイアは深い溜め息をついた。


 ちなみに話の流れ上、オリヴィアが黒の王冠を身に宿していることも打ち明け、決闘時に嘘をついてことも謝ったのだが、むしろ怪我をさせずにすんで好都合だったと笑って許してくれた。


「オリヴィア姫を害そうとしたことに関しては、未遂ということで幽閉などの処分で濁すこともできるが、その他の罪は駄目だ。税の着服、禁止されている物品の輸出入、違法薬物の取引……。どれもこれも、もはや放ってはおけぬレベルだ。私は父上の命令を果たさねばならない。――兄上、どうか私に兵を貸して欲しい」


 サファイアは真剣な表情でフェルディナンドに頼んだ。


「断る」

「なぜ?」

「逆賊の討伐は、国王である私の役目だからだ。正式にクラレンス侯爵の罪状を公表し、改めて出頭命令を出す。命令に従わぬ場合、十日後に兵を率いて侯爵領に出立する」


 フェルディナンドが毅然とした態度で宣言する。


「そうか。ならば私も、この父上の剣を携えて同行させてもらう」

「わかった。サファイアには、護衛を兼ねて騎士団をひとつ貸し与えることとする。――正式な布告は明日行う。宰相、準備を頼む」

「かしこまりました」


 フェルディナンドの宣言を受け、ハンゲイト侯爵やビアソンが慌ただしく動き出す。


「オリヴィア。布告が行われれば、クラレンス侯爵派の動きも活発になるだろう。あなたも狙われる可能性がある。しばらくは結界の中にいてくれ」

「……わかりました」


(黒の王冠があるから大丈夫……とは言えないか)


 黒の王冠があっても誘拐される危険性はある。

 うっかり攫われてフェルディナンドの邪魔になるわけにはいかない。


「オリヴィア姫、部屋に戻りましょう?」

「はい」


 慌ただしく事態が動き出した今、できることはなにもない。

 オリヴィアは後ろ髪引かれる思いで、付き添いのエリサに促されて会議室を出た。




(……お辛そうだった)


 フェルディナンドは表面上毅然としていたが、その表情には僅かな翳りがあった。

 長い戦で荒れ果てた国土を復興するために尽力してきたというのに、自らの意志で戦を宣言しなければならないことがきっと辛いのだろう。


 戦が起きれば国は荒れる。

 民が犠牲になることも避けられない。

 僅かな救いがあるとすれば今が冬であることぐらいか。これが農繁期だったら、戦の影響はより甚大になってしまうだろうから。


 フェルディナンドは国王として陣頭指揮を執るつもりでいる。

 戦場に赴く時はオリヴィアも同行して、この身を盾にしてでも守りたかったが、それを願うことも出来ない。


(私が行っても迷惑になるだけだもの)


 ちょっと短剣術を習っただけの身では戦力にはならない。

 そもそもオリヴィアは馬にさえ乗れないのだ。

 同行するとなれば馬車を一台余分に用意しなければならない。それに異国の姫としての体裁を整える為、侍女達も同行させなければならなくなるだろう。

 戦は物見遊山ではない。そんなことをすれば、戦に女を同行させるなんてとフェルディナンドの評判に傷をつけてしまう。


 我慢しなくてはとオリヴィアはもやもやする胸の内を溜め息に乗せて無理矢理吐き出した。

 そんなオリヴィアに、エリサが話し掛けてくる。


「サファイア姫は今日も素敵でしたわねぇ」


 この溜め息が、男装の麗人に対する感嘆の溜め息などではないと気づいているだろうに、わざと勘違いしたふりをして気分を変えようとしてくれているのだ。


「本当に……。あのようにシンプルな服装なのにとても華やかで、つい見とれてしまいました」


 今日のサファイアはゆったりとしたシャツにスラックス姿で、その上から毛皮をマントのように羽織っていた。

 まるで自室でくつろいでいるようなラフな格好なのに、父王の剣を腰に下げているせいかそれでも凛々しく見えた。


「サファイア姫の後ろにいた娘も素敵ではなくて? 男装はサファイア姫に合わせているのかしらね」

「あの従者は見習い騎士だとハンゲイト侯爵がおっしゃっておられましたよ」

「あら、それならあの腰の剣も飾りではないのね」


 サファイアの従者は十四、五歳ぐらいの緑の目と赤い髪の美少女だ。

 年齢の割りに凹凸が少ないすらりとした体型のせいで、騎士服を着ていると少年と勘違いしかねない。サファイアと並ぶとなかなかに耽美な風情で、腐心がそそられて実に絵になる主従だった。


「ねえ、オリヴィア姫。この騒動が収まったら、お茶会を開きましょうね」

「お茶会ですか?」


 エリサの唐突な提案にオリヴィアはきょとんとした。


「ええ。オリヴィア姫の練習を兼ねて、まずはあのおふたりを招待してみましょうよ。きっと楽しい時間になるわ」

「そうですね。サファイア姫はお茶会にどんな服装でいらっしゃると思いますか? ドレスか、騎士服か……。どちらでもきっと美しいでしょうけど」

「本当に……。そうだわ。絵師も呼びましょう。ああ、楽しみね」

「はい」


(本当に、早くその日がくればいい)


 一日も早くこの騒動が収まり、皆が安心して過ごせる日が戻ってくればいい。

 オリヴィアは心からそう祈った。





 翌日、フェルディナンドが正式に布告を発した。


 クラレンス侯爵の罪状を告発し、自ら出頭しない場合は逆賊として討伐する旨を明らかにしたのだ。


 それにより、国王派の貴族達が次々に参戦の意志を表明した。


 クラレンス派の貴族達は、どう対応したものか苦慮しているようだった。


 彼らは、前王の剣の誓いによってクラレンス侯爵が守られていると確信していたのだ。

 かつて東の地全体を巻きこんだ大戦においては負け知らずで、戦神とまで讃えられた前王が出てくれば、自分達の勝利は確実だと……。


 だが前王は蟄居したまま、代理として姿を現したサファイア姫はすでに国王フェルディナンドの元にいる。


 ――話が違う。これでは勝ち目がない。


 彼らのほとんどはクラレンス侯爵に味方することで得られる利益に目がくらんだ者達だった。

 その結果、敗戦濃厚の現状に、勝利の旨みが得られないのならば味方する意味がないと判断し情勢がはっきりするまで自らの領地に引きこもることにした者もいたし、あっさり国王派に寝返る者もいた。


 クラレンス侯爵に味方しようと出兵した者も居たが、国王派に寝返った者達の密告によって、侯爵と合流する前に国の騎士団によって制圧されることとなった。


 そしてクラレンス侯爵は徐々に孤立していった。

読んでいただきありがとうございます。

次話は31日更新予定です。

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