07
その後はもうぐだぐだだった。
どうしても諦めきれないクラレンス侯爵派の貴族達が、しつこく剣を使っての決闘のやり直しを求めてきたのだ。
「私自身、すでに決闘は成ったと思っている。どうしても不満だというのならば、そなたら自身がこの剣を取って決闘してみるか?」
「おう! ならば私が!」
真っ先に名乗り出た貴族に、サファイアは父から預かってきた剣を鞘ごと渡した。
立会人の中で最も若い男だ。剣の腕には自信があるようで、オリヴィア相手ならば絶対に勝てると踏んだのだろう。
それを見ていたハンゲイト侯爵が告げる。
「代理の者が決闘に赴く場合、相手側も同じく代理を立てる権利があります。オリヴィア姫、いかがなさいますか?」
「ならば私は、代理にデニー様を指名したいです」
デニーは王の護衛を務めているぐらいだから、剣の腕もたつはず。
オリヴィアが指名すると、デニーは一歩前にでて「喜んで承りましょう」と胸に手を当てた。
「デニー・ケンブル……。三年連続闘技大会の優勝者だぞ」
「無理だ。他の者を出せ」
デニーの強さを知っているハンゲイト侯爵派の貴族達がざわめき、自分達の護衛の中から新たに決闘者を出してきた。
代理同士の決闘は速やかに行われ、勝敗はあっさり決まった。
デニーの圧勝だ。
「我らの負けだ。これにて父上の剣の誓いは果たされたものとする。――異存はないな?」
サファイアの二度目の宣言に異議を唱える者はいなかったが、その顔には苦々しい不満の色が浮かんでいる。
(……やっと気づいたみたいね)
サファイアが、クラレンス侯爵の味方をするためではなく、前王の剣の誓いを早々に無効化するためにここにいることに……。
彼らは、最初サファイアがフェルディナンド個人に決闘を申し出た時に気づくべきだったのだ。
もしくは、不満ならば自分達でやれと剣を差し出された時に気づけていれば、まだ間に合っていたかもしれない。
その時ならば、前王の剣の誓いは決闘などで果たされるべきではない。クラレンス侯爵の身を守る為に使うべきだと訴え出ることもできただろうから……。
だが、その剣を受け取って自ら決闘に首を突っ込んでしまったことですべてが摘んだ。
すでに前王の剣の誓いは果たされ、今後内乱が起きたとしても前王がクラレンス侯爵のために剣を握ることはない。
ここに来た時はサファイアを取り囲んでちやほやしていたクラレンス侯爵派の貴族達は、今は打って変わって距離を取りそそくさと大広間から出て行ってしまった。
「おやおや、嫌われたものだね」
それを見たサファイアは愉快そうに笑った。
「さすがに、はめられたと気づいたのだろう」
「おや、兄上も気づいておられたか」
「いや、私は気づけなかった。気づいたのはオリヴィアだ」
「ほう。先程の決闘の時にも思ったが、美しいだけではなく知略にも優れているようだな。――先日の無礼な発言、改めて謝罪する」
サファイアが胸に手を当て、オリヴィアに向けて潔く頭を垂れる。
フェルディナンドが差し伸べてくれた手に手を重ねて、サファイアに向き直ったオリヴィアはにっこり微笑んだ。
「謝罪は必要はありませんわ。私はあれが全部演技だと気づいておりましたから、まったく気にしていません。とても凛々しい立ち居振る舞いがあまりにも素敵で、思わず見とれてしまったぐらいですもの」
「すべてお見通しか……。なるほど。兄上、あなたの人を見る目は確かなようだ」
オリヴィアを見つめたまま、ほっとしたようにサファイアも微笑む。
「濁りのない、まっすぐで綺麗な目だ。媚びるような目をしていたラヴィニア殿とは対称的に……」
「おまえにオリヴィアのことを悪し様に伝えたのは、やはりラヴィニアか」
「そうだ。クラレンス侯爵派の貴族達からも、兄上とオリヴィア姫とのことを色々と聞かされたよ。もっとも、薬を盛ったり夜這いをかけるような奴らの言うことを頭から信じるつもりはなかったがね」
「夜這いだと?」
「ああ。どうやら私の夫の座を狙っていたようだ。どこに泊まっても深夜の訪問者が耐えなかったな」
「まあ、なんてこと……」
力尽くで夫の座を得ようだなんて、なんて野蛮なのだろう。
許しがたい行為だと、オリヴィアは眉をひそめた。
そんなオリヴィアを見て、サファイアは苦笑する。
「心配いらない。すべて撃退してやったからね。だが、さすがに寝不足だ。今日ぐらいはゆっくり眠りたい。――兄上、私に部屋を用意してもらえるか?」
「用意するまでもない。お前の部屋に泊まるといい」
「おや? 王宮の中心部に泊まってもいいのかい?」
「かまわん。先程の決闘の様子を見て、おまえを信用することにした。その代わりと言ってはなんだが、クラレンス侯爵側からだけではなく、こちら側の話も聞いて欲しい」
「むろん、そのつもりだ。父上からは、双方の話を聞いた上で先入観を捨てて見定めてくるようにと仰せつかっているからな」
「父上はそんなことを言っておられたのか」
「ああ。見定めた後の始末も委ねられた。――この剣は、本来その為に預かってきたものなんだ」
サファイアは剣を両手で持ち直し、皆の前で掲げた。
「父上はこうおっしゃった」
『クラレンス侯爵が訴えていたように、フェルディナンドが女に迷い愚王と成り果てていたのなら、この剣にて侯爵に力を貸し与えよ。だが、クラレンス侯爵に非があり、それがあまりにも目に余るようならば、この剣にて侯爵のかつての名誉を守ってきてくれ』
「父上が守ると剣に誓ったのは、かの侯爵がかつて戦の功労者として成し遂げた名誉だ。その名誉を汚す者は、たとえ何者であろうと許すつもりはないそうだ」
「……そうだったのか」
先王はクラレンス侯爵を誅する決意をした上で、サファイアを送り出していたのだ。
晩節を汚す親友を見ていられなかったのだろう。
「だが、なぜお前に剣を託されたのだ? もしや、父上の健康に問題が?」
「父上はお元気だよ。ただ、公平に見定める自信がないそうだ。父上にとってクラレンス侯爵は、親友であると同時に戦時における命の恩人のようなものでもあるからね。どうしても手心を加えてしまいそうだと苦悩しておられた。さすがに二度目の失敗は犯せないと」
「失敗? 父上がいつ失敗なされたというのだ」
「戦が終わった後、ゆっくりと母上を偲ぶ時間を欲するあまりに、国の全てを兄上に押しつけてしまったことを言ってるんだよ。後から兄上がどれだけ苦労なされたかをお知りになって、まずいことをしてしまったと随分反省なさっておいでだったからね」
「なんだ。一応反省してくれていたのか」
フェルディナンドは、ふっと気が抜けたように笑った。
「王として下した判断だけに表立っては謝罪できずにいたんだよ。今さらだしね」
そう言うと、サファイアは大きなあくびをした。
「失礼。三日ほどまともに眠れてないんだ。さすがにもう限界だ。一眠りさせてもらってもいいかな」
「ああ。部屋はいつでも使えるよう整えてある」
「ありがとう」
起きたら話を聞かせてくれと言い置いて、サファイアは従者をつれて王宮内にある自分の部屋へと去っていった。
(これで一件落着ね)
決闘が首尾良く終わってオリヴィアはホッとした。
だが、フェルディナンド達の表情は逆に緊張感を増しているように見える。
「フェルディナンド様?」
「どうやら戦は避けられそうにないな」
不思議に思って声をかけると、フェルディナンドはオリヴィアの目を見てはっきりそう言った。
読んでいただきありがとうございます。
誤字報告にも感謝です。助かります。
第7章はこれで終わり、次話からは第8章になります。
戦がはじまり、オリヴィアも自分なりに戦う決意をしていきます。
数日お休みしてから続きを投稿しますので、どうぞよろしくお願いします。




