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黒忌み姫のお輿入れ  作者: 黒田ちか(クロッチカ)
第1章 お暇させていただけませんか?
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03

 やがて先触れと共に扉が開き、ぞろぞろとリラクシオンの要人達が姿を現す。

 オリヴィアは慌てて立ち上がり、辛うじて覚えていたカーテシーをしようとしたが、国王がそれを止めた。


「今はそういうのはいい。ここに居るのは、気心の知れた私の腹心ばかりだ。気にせず、楽にしていて欲しい」


 ぞろぞろと入ってきた人々は、それぞれがソファに自由に座る。

 身分差に厳しいフィローンだったら、王族の前でゆったりソファに座るなど決して許されない行為だ。

 だが、ここでは誰も気にしていない。


(こういうお国柄なのかな)


 その気安さには好感が持てる。


 皆がソファに座ると、国王と同年代の片眼鏡の男性が声を上げた。


「まずは紹介からですね。私は、ビアソン・オルクレン伯爵。宰相閣下の補佐を務めております」


 金髪に冷たそうな蒼い目。いかにも切れ者っぽい雰囲気の男性だ。


「そしてこちらのお方が私の敬愛する宰相閣下、オーロフ・ハンゲイト侯爵です」

「はじめまして。フィローンの二の姫。……ああ、どうか立ち上がらずにそのままで」


 六十代ぐらいだろうか。白いものが混じった茶色の髪と瞳の、おっとり穏やかそうな好々爺だ。

 オリヴィアはお言葉に甘えて軽く目礼するに留めた。


「それから、我らが国王陛下、フェルディナンド・リラクシオン。その後ろに立っているのは護衛騎士のデニー・ケンブル」


 屋内でも輝いている銀の髪の国王の後ろに、影のように控えている護衛騎士のデニーは、黒髪に明るいオリーブ色の瞳の青年だ。


(フェルディナンド様とおっしゃるのね)


 輿入れする相手の名前すら知らないまま、ここまで来てしまったんだなとオリヴィアが密かに苦笑していると、「フィローンの二の姫、お名前を伺っても?」とビアソンに聞かれた。


「書状には、二の姫としか記載されておりませんでしたので……」

「まあ、それは失礼を。――私はオリヴィアと申します。家名を名乗ることを許されておりませんので、公式文書に記載されるときには、どうか、ただのオリヴィアと」

「許されていない? どういうことだ」


 フェルディナンドは不愉快そうに軽く眉間に皺をよせた。


「私は忌み子ですので」

「は?」


(またポカン顔。可愛い)


 ちょっと得した気分になりながら、オリヴィアはフィローンにおける忌み子の説明をした。


「フィローンの王族には、ごく稀に黒髪黒目の子供が産まれるのです。その子供は忌み子と呼ばれ、王宮内にある箱庭と呼ばれる、外界から閉ざされた屋敷で幽閉されて育てられます」

「それだけでは忌まれる理由がわからないのだが……。フィローンには黒髪黒目の者は存在しないのか?」


 フェルディナンドの問いに、オリヴィアは首を横にふる。


「いいえ。平民には少数ながら存在していると聞いています。ですがフィローンの貴族はほとんどが金髪碧眼です。もっとも尊いと言われる王族に、黒髪黒目が産まれるはずがないのです」


 それなのに、ごく稀にとはいえ黒髪黒目の子供が産まれてくる。

 たぶん一種の先祖返りなのだろうが、前世のように遺伝学が発達していないこの世界では、不吉と思われても仕方がないのかもしれない。

 実は、それ以外にも忌み子には特徴があるのだが、自国の貴族達ですら知らないその情報を、易々と他国の人々の前で話すわけにはいかなかった。


「フィローンで私は、黒忌み姫と呼ばれていました。王家の呪いを一身に背負わされる贄の姫と……。――やはり、なにもご存じなかったのですね」


 オリヴィア自身、前世が黒髪黒目の日本人だったこともあって、自分が忌み子と呼ばれることにずっと違和感を感じていた。

 父王に命じられてずっとベールで顔を隠してきたが、そんなことをする必要も感じられずにいた。


(ここはもうフィローンじゃない)


 結局、最後まで故郷とは思えなかった国。

 もはや、あの国に義理立てする必要はない。

 もう自由になろうと、オリヴィアは産まれてからずっと被らされてきた黒いベールをゆっくりと脱いだ。


 白日の下にさらされたオリヴィアの顔を見て、その場に居た人々は一斉に息を飲む。


(……あれ? 自分では、けっこう綺麗なんじゃないかと思ってたんだけど)


 理想的なアーモンド型の大きな目にくるんと上を向く長く黒い睫毛。日焼けしていない白い肌に映えるふっくらした赤い唇に、緩やかなウェーブを描く艶やかな黒い髪。

 前世日本人だったオリヴィアからすれば、メリハリの利いた西洋人に近いこの顔立ちは、白雪姫っぽくて充分に美形の範疇に入るのだが……。


(違うのかな?)


 なんだか一斉にどん引かれたような気がする。

 これはまずいと、もう一度ベールを被ろうとしたが。


「これはなんと、実に美しい」


 という、宰相であるハンゲイト侯爵の声に手を止めた。


「本当に?」


 思わず聞き返したオリヴィアは、その直後に慌てて唇を押さえ、頬を赤く染めた。


「す、すみません。ずっと顔を隠していたので、この顔が人々の目にどのように映るのか自信がなかったものですから」

「オリヴィア姫、ならば安心なさるといい。あなたはとても美しい。フィローン一の美女と言われても通じる程ですよ。――そうですよね、陛下?」

「は? ……ああ、まあ、そうだな。確かにあなたは美しいと思う」

「まあ」


 宰相に促されるようにして仕方なく褒め言葉を口にしたのだろう。フェルディナンドは自分自身の言葉に動揺しているのか、何度も瞬きを繰り返した。

 真面目そうな人だし、普段は女性に褒め言葉など送らないのかもしれない。


(イケメンの照れ顔。なんて尊い)


 なんだか得した気分になって、オリヴィアは微笑んだ。

 その笑みを見たフェルディナンドの瞬きが、また一際多くなる。


「ありがとうございます。故国で不吉だと言われていたこの身には過ぎた褒め言葉ですが、とても嬉しく思います。一生の思い出にいたします」


(うん、もう充分)


 これ以上はもう望まない。


「陛下には先程も申し上げましたが、此度の輿入れはどうやらお互いになんらかの行き違いがあったようです。故国で忌み子などと呼ばれている不吉な女との婚姻など、陛下にとっても、御国にとっても望まれぬものでしょう。どうかこのままお暇させていただけませんか?」


 お願いいたします、と、オリヴィアは深々と頭を垂れた。

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