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黒忌み姫のお輿入れ  作者: 黒田ちか(クロッチカ)
第1章 お暇させていただけませんか?
2/62

01

(迷惑がられてるなぁ)


 馬車の中から外の喧噪を聞いていたフィローンの二の姫、オリヴィアはうんざりと溜め息をついた。




 そもそも最初からおかしな話だったのだ。


「そなたももう十七、良い頃合だ。輿入れ先が決まったぞ」


 いきなり王宮に呼び出されたオリヴィアに、父王はにこりともせずそう宣言した。


「喜べ。生きているだけで迷惑なそなたでも、これではじめて我らの役に立てる」


 傲慢で好色な兄があざ笑う。


「可哀想なオリヴィア。輿入れ先で幸せになれればいいわね」


 姉である意地悪な一の姫は、妹の結婚が先に決まったというのに、扇子の影で明らかにあざ笑っていた。

 この段階で、もう嫌な予感しかなかった。

 そしてなんの準備をする間もなく馬車に詰め込まれ、ここまで連れて来られたのだ。



 忌み子として産まれたオリヴィアは、生まれてからずっと箱庭に幽閉されていた。

 小さかった頃は産褥で死んだ母の乳母だった女性が面倒を見てくれていたが、彼女が病死した後は箱庭の中でずっとひとりきりだった。


 ごくたまに、閉じこもりきりでは息が詰まるでしょうと、意地悪な姉から無理矢理夜会に引きずり出されることがあった。

 ずっと幽閉されていて教育を受けていないオリヴィアに社交やダンスなどできるはずがない。黒いベールを外すことも許されていないから美味しそうなご馳走に手を出すこともできず、ずっと会場の隅でぼんやり立ちすくむのみ。

 そんなオリヴィアに話し掛ける者もほとんどいなかった。

 表向き、二の姫は病弱だということにされていたようだが、貴族達はオリヴィアが忌み子であることを知っていた。


 ――フィローンの黒忌み姫。


 生まれ持った黒髪黒目は、王家の忌み子の証。

 王家の呪いを一身に背負わされた贄の姫。

 近づけば呪いに巻きこまれると、オリヴィアはフィローンの社交界で恐れられ、忌み嫌われていた。


 だからこそ、今度の輿入れ話もていのいい厄介払いなのだろうと覚悟していた。

 待っているのは、ハゲでデブで脂ぎった男か、それとも好色な老人か、もしくは加虐趣味の変態か。

 きっと金で売られたのだろうと思っていたのだが……。


(どうも違うみたいね)


 馬車を遠巻きにして狼狽えている兵士達の声を聞く限り、オリヴィアの輿入れは周知されていなかったようだ。

 これはいったいどういうことなのだろう。

 わけがわからず、オリヴィアは困惑しきっていた。



 やがて、リラクシオンの王本人がやってきて、馬車の外からオリヴィアに声を掛けてきた。

 馬車の鍵を外から開けてもらい、開いた扉から王にエスコートされて外に出る。


(おおう、凄いイケメン)


 輝かしい銀髪に、理知的な切れ長の瞳は穏やかな深い緑。すっきりと通った高い鼻梁は意志の強さを感じさせる。

 見上げる程の長身だが、鍛えているのか、しっかりと身体の厚みもあって立ち姿がとても美しい。


(……こんな素敵な人が花嫁を買うわけがない)


 むしろ逆だ。

 きっと全財産を払ってでも嫁ぎたいと願っている令嬢が国内にわんさかあふれかえっているだろう。


 それなのになぜ自分はここにいるのか?


 オリヴィアの脳裏に、扇子の影でほくそ笑んでいた意地悪な姉姫の顔が浮かぶ。

 常に無視を決め込んでいた父や兄とは違い、姉はいつも積極的にオリヴィアに嫌がらせをしかけてきた。

 とはいえ、ことは王族の結婚問題だ。姉姫の嫌がらせにしては、あまりにもスケールが大きすぎる。


 もうなにがなんだかわからない。


 今わかっているのは、馬車の中から漏れ聞いた会話からして、目の前のこの人も自分と同じでこの件の犠牲者だろうということだ。


(もしかして、これってチャンスじゃない?)


 お互いに望まない結婚ならば、なかったことにしてしまえばいい。

 花嫁はリラクシオンには辿り着かず、フィローンからの輿入れは行われなかった。

 そういうことにしてしまえば良い。

 王城に招き入れられる前の今が、最後のチャンスだ。


「此度の輿入れ、陛下が望まれてのことではないのでしたら、このままお暇させていただけませんか?」


 オリヴィアは思いきってリラクシオンの国王にそう提案してみた。

 虚を突かれたのだろう。国王は「は?」とポカン顔だ。


(イケメンって、ポカンとしててもイケメンなのね)


 理知的な雰囲気が崩れて、むしろ可愛い。


「申し訳ないが許可できない。此度の輿入れは確かに私が望んだものではないし、予想もしていなかったものだが、供もいない遠国の姫君をひとりで放り出すわけにはいかないからな」

「そうですか」


(残念。……でも、この方はとてもいい人だわ)


 前世でも今世でも、オリヴィアは性根の曲がった者達と頻繁にかかわってきた。それなりに人を見る目は養ってきたつもりだ。

 勝手に押しかけて来た花嫁候補など、秘密裏に始末するなり追い返すなりしても良さそうなものなのに、遠国の姫君をひとりで放り出すわけにはいかないと保護してくれようとしているのだから優しい人なのだろう。


 だが、ことは国王の結婚問題。


 自分という厄介事を懐に入れてしまうことで、この先この国の社交界は否応なく荒れることになるだろう。


(誰の迷惑にもなりたくないのに……)


 望んで忌み子として産まれてきたわけじゃない。

 望んで輿入れしてきたわけでもない。


 運命はいつも理不尽だ。

 オリヴィアが唐突に異世界転生させられたように……。


 オリヴィアの口から、こらえきれない溜め息が零れる。

 それにつられたように、隣を歩く国王も深い溜め息を零した。


(お気の毒に……)


 国王に親近感を覚えて、ついつい同情してしまう。

 このほんの一時、オリヴィアは確かに我が身の不幸を忘れていた。

読んでいただきありがとうございます。


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