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黒忌み姫のお輿入れ  作者: 黒田ちか(クロッチカ)
第2章 なかなか刺激的なお味ですね

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05

 嫁ぎ先の家で用があると、その日エリサは来なかった。


 午前中は刺繍を刺して過ごしたけれど、午後になって時間を持て余したオリヴィアは、フィリダに王城の書庫に案内してもらった。


「こちらが専門書の書庫になります」


 王城の書庫は基本的に王城で働く者達すべてに開かれている。一番大きく使用者が多い書庫は、市井で売られている簡易な娯楽のための読み物が多く所有されているのだそうだ。専門書を有するこちらの書庫はあまり人気がないらしく、人の姿がほとんど見られない。ちなみに、限られた者しか入ることが許されない禁書庫もあるらしい。


 オリヴィアは司書に挨拶して、リラクシオンの歴史書を出してもらった。

 ただ付き添っているだけでは暇だろうからとフィリダにも本を選ぶように言ったら、料理の本を頼んでいた。


 司書から本を受け取り、窓辺の明るい席に座る。

 長く保存される歴史書だけにしっかりとした革の表紙で、使われている紙も厚く重量もかなりある。お値段もかなりのものだろう。本来ならば貴族しか手に取ることができない本だ。

 いずれ市井に降りて平民になる予定なので、その前にこの国に関する情報を仕入れるには良い機会だ。


(ふうん、東の地では最古の地かぁ)


 ここリラクシオンとお隣のテレントが群を抜いて古い国らしい。

 その他の小国群が大小の諍いを繰り返し、その中から強大なアンブルト帝国が隆盛してきて、長い戦乱の世に至った。やがてサンガルズとテレントの主導で連合国軍が組織されて帝国を撃破したという流れだ。

 戦勝国の立場で書かれているせいか、勧善懲悪の小説を読んでいる感覚で楽しい。


(リラクシオンでも言葉に不自由しなくてよかった)


 塩湖ができる前、バルハラ大陸にはひとつの広大な国があったらしく、離れていても東西の地の言語は同じだという話は聞いていた。だが距離もあるし、東西で微妙に変化が生じているのではないかと、ここに来るまでは少し不安だったのだ。

 だが話し言葉も文章も、フィローンで馴染んだものとほとんど変わらない。

 これなら市井に降りてもすんなり溶け込めそうだと、オリヴィアがホッとした時だ。


「なにを読んでいる?」


 突然話し掛けられ、オリヴィアはびっくりして顔を上げた。


「フェルディナンド様」


 フェルディナンドとは最初に会った日から顔を合わせていなかった。

 同じ王城にいたとしても居住空間が違い過ぎるのだろう。

 少し残念に思っていたから、この偶然は嬉しい。


「歴史書です。東の地のことをもっと知ろうと思って」

「そうか」

「フェルディナンド様は?」


 フェルディナンドはオリヴィアの隣りに座ると、持っていた二冊の本をテーブルの上に置いて見せてくれた。

 その背後には、無言のまま控えている護衛騎士のデニーがいる。


「植生に関する本だ。地滑りが良く発生する地に、木を植えてはどうかという話が出ていたのでな」

「それなら植林は効果が高いと思います。ただし一種類の木だけではなく、複数の種類の木を混ぜて植えた方が効果が高い……かもしれません」


 横に広く根をはる木と、縦に深く根をはる木。

 二種類の木の根が絡み合うことで、土壌を押さえる力が強くなると前世で聞いたような気がする。


「ほう、詳しいんだな」

「いえ。……箱庭にあった書物で学んだ知識ですが、真偽はわからないのできちんと調べていただけると」

「そうだな。確認は大事だ。オリヴィア姫、ありがとう」

「いえ」


(ふわあ。私だけに向けられた笑顔!) 


 間近で見るイケメンの笑顔に、オリヴィアは内心で拳を握る。

 外見だけじゃない。人任せにせず、自分で学ぼうとする姿勢もまた素晴らしい。だがそれだけに、突然の即位と同時に背負わされた重責に、どれだけ苦労したことか……。


「あの、エリサ様から、陛下は終戦直後に即位なされたと伺ったのですが。早い即位にずいぶんと戸惑われたのでは?」

「ああ、その通りだ。父上からいきなり退位を宣言されてね。焦ったよ」


 ――フェルディナンドには、どうか平和な国を渡してあげてくださいましね。


 それが、若くして亡くなったフェルディナンドの母の遺言だったのだそうだ。

 前王は愛する王妃の遺言を叶えるべく獅子奮迅の活躍で長い戦乱を終息に導いた。


「だが、そこで気力が潰えてしまったらしい」


 もうなにもやる気が起きないと、平和になった国をフェルディナンドに渡した前王は、現在は亡き王妃との思い出の場所である離宮で早すぎる余生を送っているのだとか。フェルディナンドの妹姫もそこにいるらしい。


「当時、国同士の戦は終わっても、民が生きるための戦はまだ終わっていなかった。ここまで来るのにずいぶんと苦労したよ」

「ご立派だと思います」


 心構えもないままに王位を渡されたというのに、逃げず倦まずに自らの責任を果たし続けてきたのだ。尊敬に値する。

 オリヴィアは両手を組んで、フェルディナンドの深い緑の瞳を見つめて微笑んだ。


「そ、そうか?」

「はい。――この平和はこれからも続きますか?」


(これ、大事)


 戦になれば平民の生活は大変なものになる。是非とも平和であって欲しいものだ。

 東の地は、前世での中世ヨーロッパのように、戦で領地を広げることを正義とする傾向があるようで少し不安なのだ。


「もちろんだ」


 フェルディナンドは力強く断言した。


「領土を拡大したいと思われませんか?」

「思わない。戦は得るものも多いが、失うものも多い。私が王位についた当時、長い戦で民は疲弊していた。働き手を無くして荒廃した農地を視察したときに見た民の顔は、今でも忘れることができない」

「かなり復興してきていると聞きました」

「まだまだだよ。地方の働き手不足が解消されるまで、あと十年はかかるだろう。働き手が揃わなければ休耕状態の畑を甦らせることもできない。灌漑だってまだまだ足りてない。交通路の整備もまだだ。即位してからというもの、自分の力の無さに打ちのめされてばかりいる」


 フェルディナンドは憂い顔で溜め息をついた。


(ああ、おいたわしい……。けど、いい)


 オリヴィアは、フェルディナンドの伏せられた目元の色気に、ぐぐっと両手を握りしめる。


「国内の整備にすら手が届いていないのに、他国に手を伸ばす暇はない。戦で得られる財に魅力を感じる者もいるようだが、長い戦乱の時代が続いたことで民はまだ疲弊している。人々の暮らしを安定させていくことに、きっと私の治世は終始するだろう。いや、そうするつもりだ」


 迷いのない言葉だった。

 オリヴィアが黙ったままフェルディナンドの横顔を見上げていると、ふとフェルディナンドがこちらを向いた。


「覇気のない男だと思うか?」

「いいえ。ご立派だと思います」


 オリヴィアはきっぱり答えた。

読んでいただきありがとうございます。

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