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兵士達がいなくなったタイミングを見計らって、俺はこっそりと猫のように体を滑り込ませるようにして、部屋の中へと入った。
どうやら、誰も残っていないみたいだ。不用心な。
だがまあ、これは俺にとっては天の助けでもある。
執務室のようなその部屋は、何処か高級感漂うその部屋には似つかわしくない、微かな血の匂いを漂わせていた。
兵士達が、部屋を出る際に電気でも消したのだろう。部屋の中は時間帯もあいまってか薄暗い。
しかし目を凝らして周囲を見渡せば。
無残な状態で、ボロボロとなった状態で、おっさんは鎖につながれて宙吊りに近い状態に拘束されていた。
どうやら、この鎖は壁と天井とに繫がっているようだ。
俺は急いでおっさんが余計な怪我をしないように、おっさんの下にクッションを敷くと鎖の拘束を外した。。
流石に、大の男一人を受け止めるぐらいの力は俺には無い。
悲しいことに。
鎖の鍵?
そんなもの、机の上に放置されてるような感じで置いてあったぜ馬鹿めが。
「おっさん、おい大丈夫かおっさん」
「ん・・・ん゛ん・・・なんだ、坊主か?・・・おっさんじゃねぇお兄さんって言え」
「ボロボロの状態で、ふざけたこと言ってんじゃねーよ。それに怪我が酷いんだから、あんまし無理して喋んな。でもまあ、冗談言える元気はあるんだな。安心したぜ」
「はっ・・・それよりいいのかよ、世界を救う予定の勇者様・・・・・・・・俺を助けりゃあ、おめーは確実に、この国に追われて捕まるぜ?」
おっさんは、馬鹿にするように笑いながら、そう言った。
だけど、たとえそうだとしても、そうだったとしても・・・
「おっさんはあの時、俺が勇者様だの何だのと、関係無しに助けてくれただろ?だから俺はその借りを返しただけだ」
「・・・なんだそりゃあ。お人よしにも程があるな。それに俺は“普通の”人間じゃないんだぜ?怖くねーのかよ」
「俺がおっさんに下水道の時の借りを返すのと、おっさんが“普通の”人間じゃないってのは全く関係ねーじゃねーか」
俺がそこまで言うと、今度こそおっさんは何も言わずに黙って俺に支えられていた。
黒い服を着ているため、出血量はわからない。
だが支えたその瞬間に、俺の掌はグッショリと、たっぷりと血を吸って濡れたおっさんの服に触れたのは確かだ。
このままでは、いくらおっさんが“普通”より丈夫だとはいえ出血量的にヤバすぎる。
とにかく早く脱出しなければ。
いや、おっさんだけじゃない・・・あの2人も早く助けないと、今度こそ死んでしまう。
俺はおっさんを支えながら、急いで執務室の出入り口の扉へと向かった。
その時だった。
バンっという音と共に、扉がはじけ飛んだ。
いきなりのことで防御が間に合わずに、俺はおっさんと扉の破片と共に吹き飛ばされて、途中高そうな机をひっくり返し本棚を吹っ飛ばして・・・
そしてみっともなく床に転がった。
「まったくいけませんねぇ、これはいけないことですねぇ。まさか貴男様が敵を助けてしまうなんて、ほんっとうに残念で仕方ありませんよ・・・なぜなら貴重な が一人減ってしまうんですから」
破壊された扉から現れたそいつは 。
誇り高き純白の美しい甲冑を、誰のものかもわからぬ返り血で汚している。
まだ乾ききっていない血が、甲冑の合間を滴り落ちていく。
一体俺が気絶しているだけの間に、どれぐらいの を殺したんだ、コイツはっ。
血に濡れる のその姿を見て、俺はギリッと歯を噛みしめた。
俺の血があの甲冑に仲間入りするとき、きっとそれは俺が無残な姿を晒して死ぬ時だ。
が、まるで恋をしたかのように時々零していたあの笑顔は・・・・・・今はきっと、どんなホラー映画の殺人鬼にも劣らない程の不気味なものになっているのだろう。
口元には柔らかな笑みを浮かべているが、しかし目は全然笑っていない。
むしろイヤな殺気を振りまきながら、ニタリとしたジメジメとした目つきで此方を見ている。
見事に殺す気満々だ。
慌てて距離を取ろうにも、何故だか俺の足は言うことを聞いてはくれない。
俺の体はみっともなく、床の上でジタバタともがくだけだ。
俺は、必死の抵抗にと へ怒鳴った。
「嘘を、嘘を吐いていたんだな!この島は・・・あんたたちが攻め入ろうとした大陸には、この島には も何もいない、全部でたらめなっ・・・うぐっ」
今考えれば、それはきっと間違いだったのだ。
いや確実に間違いだった。
いくら連中がしてきた事に腹が立っていたとしても、この発言はまさにレットカードの一発退場モノ。
俺はそれぐらいヤバい発言を、やらかしてしまった。
言い終わらぬうちに、胸に再び強い衝撃が走る。
視線だけを下に向ければ、胸から何かが生えてい・・・る・・・・・・・?
いや違う・・・ の槍が俺の胸に深々と突き刺さっている。
痛い・・・ぁああああアアア!痛いイタイいたい痛いいたいイタイ!!!
それを認識した瞬間、一瞬にして説明が出来ない程の強烈な痛みが俺を襲った。
ずるりと熱を持った熱い鉄臭い何かが、喉を無理矢理通ってせりあがってくる。
「う・・・ゴホッ、がは・・・オエェっ」
「坊主、どうした!大丈夫か!!」
俺より遠くへ吹っ飛ばされたらしいおっさんの、焦った声が聞こえる・・・
・・・だけどなぜだろうか。
とおっさんが一体何処にいるのか、何故だか俺にはよく見えない。
視界が霞んで、指先からどんどん体温が奪われていくのがわかる。
まるで操り人形が、支えを無くしてグシャリと倒れ込んだみたいだ。
ジャリッと、俺のすぐ側に誰かが来たような気がした。
だけれども、それが一体誰なのかという認識さえ、今の俺にはもうわからない。
「非道いですねぇ、とても醜いですねぇ・・・僕は、嘘は何一つ言ってませんよ。第一そんなもの、僕達が国民にそうだと言えば、それは我が国にとっては真実になるんです。黒を白だと言えば、白になるようにね・・・・・・だって、薄汚い人間以下の畜生にも劣る連中なんて、僕達からして見れば悪の塊でしかないんですよ。人間こそが素晴らしいんです。この世には、この世界には人間以外の種族なんて必要ないんです。全ては人間に産まれてこなかった奴らこそが悪なんですよ!!」
「坊主、おいしっかりしろ坊主!」
ゆさゆさと、揺さぶられている感覚がする。
そういえばおっさんの声が、さっきよりは近くに感じるような・・・・・・・・・
あれ?
そういえば・・・・・・・
俺の足・・・・・・どこに行ったんだっけ?
そして・・・
完璧なまでに美しかったその槍の切っ先は・・・・・・
確実に、的確に、俺の首を落としたのだ。
―これは逃れる事の出来なかった円環の運命の物語-
いきなり死ぬ主人公
この先、彼はどうなってしまうんでしょうかね(他人事)




