1-4
次の日、晴れたのでキャサリンのいつも通りの行動で、
図書館へ向かう。
現在の日本とは違って、
本は貴重品なので図書館からの持ち出しは不可。
コピー機なんてものもないので、
記録した情報はひたすら書き写すしかない。
伯爵家自前の馬車で図書館へ到着。
キャサリンの記憶で分かっていたけど、
図書館というより、ギリシャ神殿のような建物。
荘厳で、扉も分厚く、入るには許可証がいる。
顔見知りのカウンターの受付嬢に許可証を見せて、
奥へと入っていく。
壁一面に埋め尽くされるように並べられた本は、
それだけで圧を感じる程だ。
図書館の机と椅子があるスペースに荷物を置き、
次々と読みたい資料を集めていく。
欲しい情報は平民の生活、
それと野菜など食べ物が現在日本とどれだけ違うか、
値段や相場を確認しておきたかった。
他は昨日書きだした紙で、気になった所の補強。
水力発電をしているという知識はあるが、
現在日本のようにダムがあるのかとか、
細かい所を確認しておきたかったのだ。
窓際で、次々と本を捲っていった。
「あれ?あの令嬢」
図書館なので小声で話す。
声の主はこの国の王子ウィリアム、
そのウィリアムの発言に顔を向けるのが、
護衛騎士のアーサーだ。
「どうなされました?殿下」
「アーサー、あの本を読んでいる令嬢、
物凄い速さで本を捲ってないか?」
「ああ、あれは速読ですね、
一部の文官でもできる者がいますよ」
「速読?あれで読んでいるのか?」
令嬢は本を読んでいるとは到底思えず、
ページを捲っているようにしか見えない、
それでも読んでいるというのか・・・
「声をかけてみられますか?」
視線がその令嬢にから離れないウィリアムに、
アーサーが話しかける。
ウィリアムが女性に興味を持つ事は少ない、
いい機会だという思いがアーサーにはあった。
「少しよろしいですか」
アーサーが令嬢に話しかける。
令嬢には心当たりがある、
伯爵令嬢のキャサリン嬢だろう。
身分こそ伯爵だが、
これは父上の兄が公爵を継ぎ、
弟のキャサリン嬢の父上が伯爵の身分を取った。
元を辿れば、由緒正しいご令嬢だ、
それなりの対応がいる。
本から目を離し、はっとした表情を令嬢は、
すぐさま立ち上がり、カーテシーをする。
その動作の美しさから、高い教育を受けている事を
察する事ができた。
「ウィリアム王子、アーサー様、
お会いできて光栄でございます」
ウィリアムの事は当然知っていると思っていたが、
護衛騎士である私の事も知っていて驚く。
簡単にお互い自己紹介をして、話を進める。
「少しお話がしたいのですが」
「なんなりと」
「凄い早くページを捲っていたが、読んでいたのか?」
ウィリアム様が質問する。
「はい」
と令嬢が答える。
ここで、びくびくするでもなく、
落ち着いて堂々と返答する令嬢に好感を持った。
普通王子からいきなり声をかけられると、
気が動転したり、良く見せようとしたり、
通常の対応を取らない者も多い。
彼女はあくまで自然体で礼儀正しい。
そして、彼女が読んでいた本に目を通す。
作物の収穫に関する資料?
年頃の令嬢が読むには、少し変わった本だ。
てっきり、詩集か小説かと思っていた。
他にも積まれている本は、
土木工事に関する本、鉱山の発掘状況、
布のデザインのパターン、
どちらかというと、それぞれの専門家が読みそうな本だ。
「作物に関する本を?」
「お恥ずかしい事ですが、
どんな作物がこの国で取れるのか詳しくありません、
また、収穫時期によって、どう価格が変わるのか
確認しておりました」
「へえ」
ウィリアム様が感心した声をだす。
王子として「へえ」はどうなのだ?
と思うが、あまりもの意外性に思わずでてしまったのだろう。
「何か分かった事が?」
「はい、やはり収穫時期に価格が下がる傾向がありますが、
それ以上に配送の関係が大きく影響していると感じました。
王都から遠くにある食べ物は、保存が効くか効かないかで、
値段の動きが代わり、
また、商業ギルドの存在も大きいですね、
安くなるのはいい事なのですが、値崩れして
生産者の生活が脅かされる事のないよう、
売れる価格と、売りたい価格の調整を上手く行っております」
「数年前まで悩みの種だった、
オレンジの価格が安定しているのだが」
ウィリアム様がいきなりオレンジの話を出す、
これはウィリアム様が令嬢を試しているのだとすぐに気づいた。
「それは第三次産業・・・ごほん。
オレンジを生でそのまま出荷するのではなく、
ジャムやジュースにするなど、
加工技術が進歩したおかけでしょう」
ダイサンジサンギョウという聞きなれない言葉も出てきたが、
ウィリアム様は大きくうなずく、
令嬢の返答に満足したようだ。
「将来は文官を目指しているのかい?」
数は少ないが、令嬢が城で働く事もある、
もっとも侍女がほとんどで、文官は本当にまれだが。
「いえ、将来の事はまだ考えておりません、
今は興味のある事を調べているだけです」
「そうか、ではまた」
ウィリアム様は話しを切って令嬢から離れる。
令嬢は綺麗な礼をして見送ってくれた。
「凄いですね、普通の令嬢なら、
あんな事すらすら答えられません」
「しかも、清楚で美人だ」
ウィリアム様は令嬢の外見が気に入ったようだ。
確かキャサリン嬢は俯きがちで、
少し暗い感じがしたはず、
その情報も今日書き換えないといけない。
「気に入られたのですか」
「文官にと言ったが、王妃としても有能だと、
そう思わないか?」
ウィリアム様の言葉に目を見開く。
気に入ったかとは思ったが、それまでとは・・・
私は立ち止まって、30度で礼をする。
王妃として迎えるには根回しなど準備が必要だ、
幸い、伯爵令嬢と身分に問題はない。
3ヶ月後、学園が始まる、
おそらくその学園にあの令嬢も来るはずだ、
そこで舞台を整えて・・・
アーサーは素早く計算を始めた。