フィルとの夜。
山小屋に着いた。
「戻りました」
そう言いながら中に入る。
何も言わないで入るのはどうにも抵抗がある。
夜も更けてきた事だし、みんな眠っているだろう。
そう思ったのだが…
「おかえりなさい」
フィルさんが僕を迎え入れてくれた。
先程までより更に血色の良い顔色。
色白ではあるが、健康的な色白とはこんな感じなのか…それよりもこんな急に起き上がっていいものだろうか?
「フィルさん、寝ていなくて平気なの?」
僕は素直に思った事を聞いてしまう。
「ええ、もう大丈夫よ。
本当よ。
今はとても調子が良いの」
本当に今までより調子が良く感じるのだろう。
今までの1ヶ月がどれだけ過酷だったかがわかってしまう話だ。
「うん、良かった。でも病み上がりだから無理はしないでね」
「ありがとう。キヨロスくん」
「そう言えばガミガミ爺さんは?」
「お爺ちゃん?さっきまで起きていたんだけど…、私が治ってホッとしたからって弱いのに「祝杯だ!」ってお酒を飲んじゃって…。
キヨロスくんが帰ってくるまで頑張って起きているって言っていたのだけど、ダメだったみたい」
フィルさんの事が余程嬉しかったのだろう。
死んだと思った者に会える。
死ぬ未来を塗り替えてしまえる。
これ程嬉しい事はないのかも知れない。
「キヨロスくん、お湯沸かしてあるのよ。ここにはお風呂が無いからお湯を沸かして体を拭くことしか出来ないのだけど…」
そう言われて僕は身体を見た。
毒竜の血で上半身が真っ赤に染まってしまっている。
「服は良ければ私が洗っておくわ。毒竜が居なくなったから外に干せるし、山からの風で一晩もあれば乾くと思うから」
洗濯をして貰うのは申し訳ない気持ちになったのだが、フィルさんが「命の恩人になにかさせて」と言うので洗濯をお願いした。
出来る事なら寝て居てほしいのだが、身体が動く喜びには敵わないのだろう。
フィルさんは僕の身体なんかを見てもなんとも思わないだろうと思ったのだが、服を渡す時の僕はタオル一枚で、それを見たフィルさんは真っ赤になっていたのでこちらも照れた。
僕は先に下半身を拭いて予備の服に着替える。
半月も旅をするのだから着替えはキチンと用意してある。
だが、ポーチに入れていた非常食の干し肉とパンは毒竜の血でダメになっていた。
一瞬跳ぶ事も考えたが、パンの為に跳ぶのはやめにした。
明日、村で分けて貰おう。
「すみませんでした。もう後は上半身だけなので…」
そう言うとフィルさんが「急がせてしまってごめんなさい」と言いながら僕の横で服を洗濯してくれた。
「キヨロスくんの事、お爺ちゃんから大体聞いたわ。その年でこんな大変な事をやっているなんて、本当にすごいと思う」
フィルさんは屈んで僕の服を洗濯してくれている。
長い髪の毛はまとめ上げていて、その髪型も良く似合う。
「いえ、死ねない身体ですし…。村の為には何かやらなきゃって思って、フィルさんこそ村の為に1ヶ月も辛い思いをして凄いと思います」
「私の方は気づいたら引っ込みがつかなくなっただけよ。
最初は兵隊さんが来るまでの数日間だけだと思っていたし、ムラサキさんが居てくれれば毒の被害も最小限に抑えられるし、これでもキチンと考えていたのよ」
そんな話をしながら僕は身体中に着いた毒竜の血を洗い流した。
桶のお湯は4回ほど取り替えたがそれでも最後のお湯も赤くなった。
「さあ、もう寝て。キヨロスくんは跳び続けてわからなくなっているかも知れないけど、お爺ちゃんの話の通りならまだ一の村を出て1日しか経っていないのよ」
そうか…夢中になっていてわからなかった。
トキタマは僕に殻のベッドを出させてもう寝ている。
僕はフィルさんに手を引かれてベッドに連れて行かれた。
前回使わせて貰ったベッドにはガミガミ爺さんが寝てしまっていた。
もう1つもムラサキさんが置かれている。
「あれ?ムラサキさん?」
「お爺ちゃんがムラサキさんにもお酒付き合わせちゃって…」
「え?ムラサキさんてお酒飲めるの?」
「たまたまムラサキさんの苦手なお酒だったのと、私が装備してないからアルコールが直接ムラサキさんに届いちゃって酔いつぶれているの…」
それで帰ってきた時はフィルさん1人だったのか…
4つあったベッドの2つはガミガミ爺さんとムラサキさんで埋まってしまって、僕にはフィルさんの横のベッドしかない。
こんな美人の横で僕は眠れるのだろうか?
緊張してしまうのではないか?
「まだ気持ちが昂ぶっていて眠れないかな?」
フィルさんは僕の1日が過酷だった事が原因で眠れないのだと思ったようだ…
確かにそう考えるとこの1日は結構色々あった。
二の村を通過してジチさん達に殺されて、殺し返して、また跳んで…
ビッグベアと高速イノシシを狩って、三の村で解体して食事して…それから毒竜を退治してフィルさんを助けた。
1日としてはこれ以上ないくらいに濃密だ…
「眠るまで手を握っていてあげるわ」
フィルさんは僕の手を取ってそう言った。
細くて柔らかい指の感触。
洗濯をしてくれていたからか、指先が冷たく感じる。
「昔ね、私が小さい頃に流行り病で死んじゃったお父さんとお母さんがね。私が眠れないとこうしてくれていたのよ」
昔、父さん達から聞いたことがある。
一の村までは被害が無かったが、他の村では大人ばかりがかかる謎の高熱が出る病気の事だろう。
「返事はしないで、ただ聞いていてくれればいいの。寝たらおしまいにするし、また聞きたかったら言ってね。何度でも話すから」
何度でも?また?
考えがまとまらなくなってきた。
フィルさんはこの後も何かを話してくれていたみたいだが、手の感触と心地いい声に意識が向いてしまい聞き取れなかった。
僕はそのまま眠りに落ちた。




