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Rage -黒き獣の慟哭-  作者: 白猫矜持
The human factor__2012.04.10
10/24

Chapter.2-3


涙を流す理由など


誰が分かるだろうか




 アパートの前で、大型のトラックが停まって荷を降ろしていた。ベッドに本棚、さらには小型の冷蔵庫やテレビなど……トラックにペイントしてあるのは、よくCMで見かける引越し業者のイメージキャラクターのツバメだった。


 ルリネの住むアパートで、空いている部屋といえば彼女とユウトの間の部屋だけだ。今日からお隣さんがユウトではなく他の誰かになる、というのは何となく悲しい。


 丁度トラックが去っていったところで、ルリネは二階へと上がる。入居者とは顔を合わせることになるだろうから、挨拶ぐらいは、と思う。が、その新しいお隣さんがどんな人物かを想像すると、少し躊躇(ためら)いが生まれてくる。ガラの悪い青年だったらどうしようか。派手なシャツを着て、パンチパーマにサングラスの似合う、いかにもその道の人物が出てきたら、ショックで心停止してしまうかもしれない――


 暴走気味だったそんな妄想は、件の部屋の扉が開かれることで終わる。


「あ、おかえり御堂さん」

「ふぇっ、九条さん?」


 ひょっこりと私服姿で現れたのは九条エリナだ。白いロング丈のセーターにショートパンツとレギンスというシンプルな服装だったが、着る人が違うとこうも可愛く見えるものなのか、と感心するルリネだった。


 いや、そうじゃなく。


「な、なんで九条さんがここにっ?」

「丁度いいところに空き部屋があったから、引っ越してきちゃった」


 朝食のメニューを決めるようなノリである。


「それに、これから何が起こるかわからないから……できるだけ(そば)にいるべきだと思って」

「九条さん――」


 ルリネ一人のためだけに、ここまで尽くしてくれるのだ。なぜ、という疑問が浮かぶ。どうして赤の他人に、エリナは、いや、ケイやキョウカも、こんなに尽力してくれるのだろうか。自分のことなどちっとも省みていないように。


「ありがとう、九条さん」

「気にしないで。それより、こんなところで立ち話もなんだから、上がっていかない?」

「えっ、いいの?」

「もちろん。まだちょっと散らかってるけどね」


 エリナは花のような笑顔を浮かべる。花弁が心地のいい香りを漂わせるように、その笑みはルリネに言い様のない歓喜を与えていた。


 ルリネは招かれるままに、憧れの「友人の部屋」に上がっていった。


               ■


 AMIAは、人間が造り出した対レギオン兵器でありながら、構造、動作原理といった委細(いさい)のほとんどが解明されていなかった。AMIAのコンセプトは、人工のアニマ。そもそも、その目指すアニマ自体が非科学的な存在であり、AMIA開発当時では理論で説明できる代物ではなかった。東地ケイのネゴシエイター=銃火器の生成、九条エリナのホワイトスネア=極微細ワイヤーの射出。どちらも自然の法則を完全に無視した能力だ。


 ネゴシエイターの弾丸は実弾ではない。圧縮されたエネルギー体である、とケイやキョウカは認識しているが、その正体が何であるのかということは判明していない。電磁波の一種か、何らかの粒子か、あるいは未知のエネルギー体なのかさえ計測できないのだ。銃そのものにしても、どこからどのようにして現れるのか、一切が不明。ただケイの意志に従って、虚空から現れる。質量保存の法則など眼中にないように。エリナのホワイトスネアにしても同じことが言える。はっきりしているのは、アニマの使用は体力、精神力を必要とし、能力の質も使用者の心的状況に大きく作用されるということだった。ケイの創出する銃火器の数、大きさ、弾数など、また、エリナの作り出すワイヤーの強度、最大本数といったものがそれにあたる。アニマの名が示すとおり、使用者の魂に共鳴しているとしか思えない働きをするのだった。


 そんな虚構の産物であるような存在を、万人が使用できる人工兵器に仕立て上げようと画策(かくさく)した結果がAMIAだ。ろくに原理も分からないものを人工的に造り出すなど狂気の沙汰としか思えない。だが、それを可能としたのもまたアニマである。開発者――香曽我部リョウジは、アニマの使用者だった。新たな魂を機械に与えるに等しい行為。それを実行できたのは香曽我部リョウジのアニマの恩恵によると言ってもよい。彼がいかなるアニマを使役し、AMIAの根幹を成す宝石のようなコアを精製できたのか、遺された文献には一つも記述されていなかった。それは、彼の力を悪用する存在が現れるのを恐れてのことであったのだろうか。それとも、産み出されたAMIAそのものがひどく不安定だったからだろうか。真相は定かではない。


 レギオンはいつ、どのように、誰を襲うのか全く見当がつかない。天災のごとく、理不尽な打撃を与えてくる。少しでもその被害を抑えるために、アニマを使用できない人間でもレギオンの脅威に対抗する力を得る――それが開発当初のAMIAにとっての及第点だった。しかし、香曽我部リョウジが造ったAMIAのコアは、決して万人に対して適応することはなかった。むしろ、誰一人としてコアと順応することはできなかった。AMIAとは、いわば命を持たない生物――機械の骸を携えた、思念のみの亡霊といえる。そこに足りないのは、命。生きているという状態。その肩代わりとして、人間を使用するのである。本来は個人個人が持つ魂を具現化したものがアニマだ。それを、外部から兵器として肉体に与えるということは、即ちもう一つの魂を得るのと同義だ。肉体がAMIAに順応し、さらには装着者自身の魂と、AMIAの擬似的な魂が上手く迎合しない限りは、決してAMIAは兵器として成立しない。香曽我部リョウジとその同僚たちは、そう推論した。


 香曽我部リョウジは――香曽我部キョウカの父は、志半ばにしてこの世を去った。その基礎理論を発展させ、コアを調整することで何とか現在のレベルにまで昇華させることができたのは、ひとえに父を――まさに神のように――慕うキョウカの才能と、徐々に広がりつつあるアニマ使用者のネットワークの力による。


 だが。


 この少年はいったい何者なんだ、とキョウカは畏怖の念を抱かずにはいられなかった。冴島ユウトは、これまでの研究を無意味なものにしかねない。理論も何もかも、完全に無視している。すべてが規格外だ。


「……もう一度、説明してくれないか?」


 目頭を押さえながら、キョウカは呻いた。説明されたばかりの内容が、うまく飲み込めない。話の内容そのものの可能性は考えていたが、どうしても納得することができなかった。あくまで可能性の話だ。確かにゼロではないが、しかしそんなことが起きるわけがない――と。


「言った通りだ。俺がヴァランディンを盗み出したわけではない。ヴァランディンが俺を選んだんだ。俺の意志ではなく、ヴァランディンの意志で」


「……そんな馬鹿なことが……」


 冴島ユウトは一般人だ。アニマやレギオンに全く関わりのない、どこにでもいる学生のはずだ。それがどうしてAMIAを手にしたのか。そう問いかけた答えがこれである。


 ヴァランディン、シリアルナンバーAMIA‐GE04CXは、ドイツで製造された。香曽我部リョウジの元で働いていた技術者は、アメリカや中国、ドイツ、ロシア、そして日本へと分かれ、それぞれが独自にAMIAの研究を進めていた。ヴァランディンもまた、彼が遺したコアを元に製造された研究成果の一つだ。


 だが、動作実験中にヴァランディンは突如として暴走した。無理な機動を発揮して装着者を即死させた挙句(あげく)――急激な重力変化によって、首の骨を折ったという――剥離(はくり)したコアが単独で機甲を展開したまま、空の彼方へ飛び去っていった。そんな理解しがたい事故が発生した。ヴァランディンはドイツ領空を飛行中にレーダーから消失(ロスト)し、以後の消息は不明であった。その後、日本でヴァランディンを目撃したキョウカたちは、こうして装着者である冴島ユウトの居場所を突き止め、接触を試みたわけだ。が、ヴァランディンそのものが彼を選んだという。それはいったい、どういうことなのか。何を意味しているのか。


「……確かに、AMIAが動くこと自体に人間は必要ない。起動に必要なのは生きているという存在状態……一度起動してしまえば、装着者がおらずとも単独作動が理論上可能だ。当てにもできない理論だが、とにかくありえないわけではない……だが、しかし……っ」

「ドイツから、わざわざ日本まで飛んできた理由がわからない……そう言いたいんだろう」

「君は学生だ。日本で、高校に通う、一人の生徒なんだ。地球には、他にも何十億という人間がいる……なぜだ。なぜ君でなければならない? 君には、一体ヴァランディンを惹きつける何があるというんだ?」

「さあ……だが、ヴァランディンが俺を選んだのは確かだ。それがどんな理由であれ、俺はこの力を手放すつもりはない」


 断固とした口調。AMIAの装甲よりも強固な決意。


「一年だ」


 キョウカは、声を絞り出す。


「初期状態のスティンガーを、ここまで発展させるのに一年かかった。私がスティンガーを理解し、スティンガーに私を理解させ、互いの意識を同調させるためにかかった年数だ。開発に携わっている私でさえ一年を費やしたというのに、君は……」

「…………」

「ヴァランディンがドイツで消息を絶ったのは二〇一一年の三月二九日、我々が君を目撃したのが五月二日。ヴァランディンを手にしてから、最長でも一ヶ月弱だ。その間に、君は専用兵装を展開させていた」

「……掌低波動砲(フェアニヒトゥング)か」


 黒い掌から発せられる閃光と、それに伴う熱波、衝撃。既存のどのAMIAよりも強力な兵器。おそらく、熱膨張を利用した衝撃波発生装置と見るのが妥当だろう。


「AMIAとの同調が早すぎる。その理由が分からない」

「言っただろう、ヴァランディンが俺を選んだと」


 キョウカは唇をかみ締める。切れて血が滲みかねないほど、強く。


「AMIAには、確かに人間の意識というものに相当する機能が存在する……それこそがAMIAが単なる兵器とは一線を画す理由にもなっている。自己意識に目覚め、AMIAが使い手を選ぶことがあったとしても、その事実を否定することはできない。その点については認めることにしよう――だが」


 挑戦するような双瞳(そうとう)をユウトに向ける。


「君は、コネクターの埋め込み手術を受けていない。肉体に直にAMIAのコアを接続しているだろう? それだけはありえない。そんな状態で、人間が生きられるはずがない」

「――――」


 ユウトは言葉を失ったようだ。それは沈黙ではなく、会話の途絶。証拠品を突きつけられた犯人と同じだった。


 香曽我部キョウカの胸にあるAMIAのコアは、直接その肌に埋め込まれているわけではない。コアは人間の肉体と触れ合うことでその機能を発揮するが、同時に人間側に流入する情報量は想像を絶する。肉体がもう一つの肉体を着込むようなものだ。過剰に刺激された神経はたちまち焼け切れ、体細胞は壊死を始める。それを防ぐために、キョウカに限らずAMIA装着者は胸にコネクターを埋め込み、そこにコアを設置する。だが、その手術を行っているのは各国のAMIA研究チームのみ――とても一般の学生が受けられるものではない。


「ヴァランディンがそこまで君に同調しているのは、コアを直接肉体に埋め込んでいるためなのかもしれない。しかし、そんな無茶苦茶な使い方で肉体を維持できるわけがない。コアを見せてみなさい」

「…………」


 ここで拒否しても、彼は自身の立場を悪くするだけだった。キョウカの鋭い視線が一切を見逃すまいとユウトを捉えている。止む無く、といった様子で、ユウトは学生服のボタンを外していった。


「――ひどいな」


 無駄な肉のついていない、引き締まった身体。その胸には禍々しく鎮座する血の色をした宝石がある。胸骨の直上から、植物が大地にしがみ付くように、肋骨や腹部にわたって血管のような根を深く下ろしている。筋肉は侵食されていると見て間違いない。


「やはり、ずいぶんと深刻だ」

「だったら何だというんだ」

「このままヴァランディンを使い続けていれば、いずれは君も命を落とすことになる」

「俺は死なない。ヴァランディンが俺を殺すことなどない」

「それは単なる自己欺瞞だ。今でも生きていられること自体が奇跡的なんだ」

「奇跡じゃない。これは必然だ」

「君はあまりにもヴァランディンに執着しすぎている」

「それはお前たちがあまりにも不甲斐ないからだ」

「……なんだと?」


 歯に衣着せぬ物言いに、キョウカは柳眉を寄せる。


「俺が行かなければ、負けていた。あれだけ無様な戦いを見せて、よく『守られてくれ』などと言えたものだな」

「彼女に余計な不安を与えるわけにもいかないだろう!」


 自然と語気が激しくなる。自分たちが圧され、不甲斐ない戦いをせざるを得なかったことは十分に承知していた。レギオンとの戦いは、回を重ねるごとに苛烈なものとなってゆく。今回は初戦からあの有様だった。これから先、敵の猛攻に耐えられるかどうか、キョウカには分からなかった。しかし――


「私たちだって、最善を尽くしている。みすみす彼女を死なせるつもりはない」

「……当然だ」

「君の協力には感謝している。だが、AMIAの開発責任者として、君を見過ごすわけにもいかない。御堂ルリネの警護が終わり次第、君にはヴァランディンを譲渡してもらう」


 冴島ユウトとヴァランディンの適合率には目を見張るものがあった。だがそれ以上に、彼の身体はいつ限界を迎えてもおかしくなかった。最悪の場合、再び暴走を引き起こす事態も考えられる。一般人を巻き込む危険がある。


「勝手なものだな」

「それはこちらの台詞だ。それは、もとは私たちのものだ。あるいは、渡すのが惜しければわれわれのチームに加わるという選択肢もあるが」

「――断る」

「では仕方がない。ヴァランディンを渡してもらうしかないぞ」

「……」


 アニマ、もしくはAMIAを使用できる人々は、社会とは離れた世界で生活を行うことになる。九条エリナも、東地ケイも、香曽我部キョウカも、これまでは学校生活に関わらない全く別の生活を営んでいた。非日常の中にいたのだ。自分たちだけが使役できる力で、人々を守るために。


 見返りを求めることのできない選択だったが、賛同者は誰一人として不満を漏らすことがなかった。自らにしかこなせない使命として、レギオンとの戦いを選んだのだから。


 その世界に踏み入ることに対して、ユウトは迷いがあるようだった。彼には彼の人生があるだろうし、目標もあるだろう。それらを無視して、命を戦いに捧げる覚悟がある人間などそうそういない。むしろ、大多数の人間は躊躇(ためら)うだろう。それは、動物としての生きる本能だ。誰も責めることはできないし、強要することもできない。


 それに――どうやら、冴島ユウトはあの少女に対して特別な想いを抱いているらしい。恋慕(れんぼ)と呼ぶにはどこか的外れな感じだが、どういう種類の感情であれ、今の生活が大きく変化することを快く思っていないのも確かだ。


「残り二回のレギオンの襲撃……私たちは全力で御堂ルリネを守る。君も協力してくれるのだろう?」

「……協力はしない。俺は俺のやり方で戦う」

「それで構わない。結果として、彼女を守ることができるのならば。だが、その後については――待て、まだ話は」


 キョウカの静止を黙殺して、ユウトは立ち上がる。これ以上の説得は無意味なのだろう。どうしても曲げることの難しい信念が、ユウトの中にはあるようだった。ルリネを守るために戦うことには同意したが、ヴァランディンを手放すようには思えない。キョウカにとっても、ユウトとヴァランディンは今後のAMIA開発に多大な貢献をもたらしてくれるだろう。できることならば仲間に引き込みたかったが、それもどうやら難しいようだ。


 私たち同士が、衝突するようなことにはなって欲しくないが――

 キョウカの懸念が通じたのだろうか。ユウトは、保健室を出る直前に振り向いた。


「俺は、戦う力を持たなかった」

「――?」

「俺には、ヤツらと戦う力がなかった。抗うことさえできなかった」

「……それで、ヴァランディンをそこまで?」

「ようやく手にしたんだ、あの化け物を叩き潰せる力を」

「確かに、AMIAは強力だ。しかし――」

「俺の家族は」


 人形のような純粋な瞳に、赤い輝きがよぎったのは目の錯覚だったのだろうか。


「五年前、レギオンに殺された。全員」

「――君は」


 キョウカは言葉を詰まらせる。


 ユウトは、他に何も言うことなどないと横顔で語り、去っていった。


To be continued.

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