第1話 御門膳と申します。勉強ができても、誰も褒めてくれません
「ぜんちゃん、勉強したの?」
母が、いつもと同じトーンでそう聞いてきた。
「やってるよ。何回も言わせるなよ」
ぶっきらぼうに答える。この会話は、もう十年以上続いている。小学校に上がった頃から、母は俺に同じ言葉を投げ続けてきた。もはや我が家の伝統芸能である。
俺は、御門膳。
十八歳。高校三年の、しがない受験生だ。
母は教育熱心というより、俺の成績以外に興味がない。模試の判定がAなら機嫌がいいし、Bに落ちれば三日は口をきかない。判定一つで家の気温が二十度変わる。俺が風邪をひいたときも、心配されたのは体調ではなく、その週の勉強時間だった。
父は仕事で家にほとんどいない。帰ってきても、母と俺の間に流れる空気に気づかないふりをして、自室に引っ込む。逃げ足だけは一流だ。
幼少期から本を片端から読むうちに、ある程度の知識と学が身についた。自分がレベルアップしていく感覚は、悪くはなかった。ちなみに、塾には行っていない。母が「あなたなら一人でできるでしょう」と言ったからだ。それが信頼なのか、単に金をかけたくなかっただけなのかは、今でもわからない。
学校でも、参考書をめくり本を読むだけの毎日だった。そのせいか、高校では友人が一人もいない。ゼロだ。小数点以下すら存在しない、完璧な整数である。
昼休み、机を寄せ合って笑い合う連中を横目に、俺はこそこそと弁当を食べる、、、なんてことはしない。
真の陰キャというのは、外や空き教室でしっぽり食べたりしないのだ。クラスの自分の席で、堂々と食べる。逃げた時点で負けだ。俺は負けていない。
つまり、学校生活の"青春"とやらを体現したことは、一度もなかった。多少のジェラシーは否定しないが、まあ、どうでもいい。
なぜなら、俺は【勉強】ができるからだ。
……と、胸を張れたのは中学までの話だった。
俺が通っているのは、都内で一番偏差値の高い私立高校だ。ここでは、勉強ができることは特技でも何でもない。呼吸と同じだ。全員ができる。できて当たり前。
俺が学年一位を取っても、返ってくるのは「まあ、御門だしな」という、驚きも尊敬もない相槌だけだった。出願先を間違えた気がする。
いじめられているわけではない。断じて違う。
この学校の連中は、みんな頭がいい。頭がいい人間は、無駄なことをしない。他人を攻撃するのは、時間と労力の無駄だ。だから誰も俺を殴らないし、物を隠したりもしない。教科書に落書きをされたことも、上履きが消えたこともない。
ただ、誰も俺に興味がないだけだ。
みんな、自分の志望校と模試の判定と部活と、それから―俺にはよくわからない何かで忙しい。他人一人分の隙間なんて、誰の頭の中にもない。
殴られるより、たぶんこっちの方が静かに効く。
一度だけ、勇気を出して話しかけたことがある。二年の春、前の席のやつが数学の問題で唸っていたときだ。
何と声をかけるか、頭の中で何通りもシミュレーションした。軽すぎず重すぎず、押しつけがましくない言い方。三十秒ほどかけて最適解を導き出し、意を決して口を開いた。
「そこ、置換を使ったほうが早いよ」
「あ、ほんとだ。サンキュー」
会話は、そこで終わった。
シミュレーションは一切意味をなさなかった。想定していた展開の、どれにも当てはまらなかったからだ。そもそも会話が続かなければ、二手目以降は存在しない。
礼は言われた。嫌な顔もされなかった。ただ、そこから先がなかった。次の言葉が出てこない。沈黙が三秒続いて、そいつはイヤホンをつけて問題集に戻った。
悪意はない。たぶん、本当に何もない。ただ俺との会話に、続ける価値を見出さなかっただけだ。
いや、一度だけ。
それから数日後、放課後の教室に忘れ物を取りに戻ったとき、廊下の向こうから声が聞こえた。
「御門って、頭はいいんだけどさ」
足が止まった。
「あの感じだと、社会出たらキツそうじゃね? 勉強しかできないやつって、結局そうなるでしょ」
「わかる。悪いやつじゃないんだけどな」
笑い声。それから、話題は別のことに移っていった。
悪口ですらなかった。彼らにとっては、天気の話と同じくらいの重さの、ただの雑談。だからこそ、こたえた。悪意を込めて言われたなら、「こいつは俺を嫌っているんだ」と処理できる。でも、あれは違った。事実として、そう見えているというだけの話だ。
そして俺には、その予測を否定する材料が、一つも思いつかなかった。
反論を考えようとして、三十分粘った末に何も出てこなかった。俺の頭脳は、こういうときには一切働かないらしい。
それ以来、俺は自分から話しかけるのをやめた。
体育祭の班決めでも、文化祭の班決めでも、俺はいつも最後に余る。そして「じゃあ御門はこっちで」と、機械的に割り振られる。誰も嫌がらない。誰も歓迎もしない。備品の配置みたいな扱いだった。
鏡を見れば、理由の一端はわかる気もする。伸ばしっぱなしの前髪、アイロンをかけたことのない制服、猫背。不潔というほどではない。ただ、誰の記憶にも残らない見た目だ。
母は成績表しか見ないから、俺の髪が目にかかっていることに気づいたことは、たぶん一度もない。
人とのコミュニケーションの仕方が、俺にはわからないのだ。
勉強とは違う。教科書に答えが書いていない。むろん、その類の本も世にはあるが、読んだところで効果は一切なかった。『誰とでも仲良くなれる会話術』を三冊読破した結果が、今の俺である。
会話には模範解答がない。相手によって正解が変わる。そんな理不尽な科目、俺には解きようがなかった。
俺は、都内で一番偏差値の高い私立高校に通っている。
それだけが、俺の誇りだった。―いや、正確に言えば、それしか誇れるものがなかった。しかもその誇りは、校門を一歩出た瞬間にしか通用しない。校内では、ただの「その他大勢」でしかないのだから。
*
母は俺の返事に何も言わず、キッチンに戻っていった。いつもの会話。いつもの温度。
深夜、参考書を閉じたあとに、時々考えることがある。
いい大学に入って、その先に何があるんだろう。いい会社に入って、それで? 母は喜ぶだろうか。いや、たぶん「当然でしょう」と言うだけだ。そして次の目標を差し出してくる。
俺は何のために勉強しているのか。
答えは出ない。ただ、勉強をやめてしまったら、俺には本当に何も残らない。それだけは、はっきりとわかっていた。
翌朝、電車に揺られながら単語帳をめくる。周りの高校生はスマホに夢中で、誰も俺のことなんて見ていない。それが心地よくもあり、いや、もう心地よくすらないのかもしれない。誰にも見られていないと、胸のあたりが冷える。この感覚に名前をつけるとしたら何なのか。答えは、今のところ持ち合わせていない。
学校に着けば、いつも通りだ。授業を受け、昼休みは自分の席で弁当を広げ、放課後は誰よりも早く図書室へ向かう。窓際の一番奥の席が俺の定位置だ。司書の先生だけが、たまに「今日も来たね」と声をかけてくれる。この学校で俺に話しかけてくれる唯一の人間が教職員だというのは、我ながら笑えない。
模試の結果が返ってきた日、担任に「御門はこのままいけば、どこでも狙えるぞ」と言われた。
悪い気はしなかった。
それを誰かと分かち合いたい。というか、自慢させてほしい。そして「すごいな」の一声を、心の底から尊敬を込めて浴びせてほしい。
もちろん、そんな絵空事は頭の隅に置いて、俺は職員室を後にした。
家に帰って母に見せたところで、「そう」の一言で終わるのは目に見えている。判定Aで「そう」。判定Bで三日間の無言。我が家の採点基準は、俺の志望校より厳しい。
*
その足で向かったのは、国立国会図書館だった。
理由は単純で、読みたかった本がそこにしかなかったからだ。学校から電車で一時間。そう頻繁には行けない。陰キャの俺が、わざわざ人の多い街に出て、他人の目に晒される。普段なら好き好んでするはずもないが、今回ばかりは仕方なかった。
受付で目当ての本の在りかを司書に尋ねる。たったそれだけの会話で噛んだ。司書さんは優しかった。優しさが痛い。
書庫の奥から出てきたそれを受け取ると、俺はそそくさと図書館を後にした。長居する趣味はない。
帰りの電車で、さっそくページを開く。
タイトルは、『中世ヨーロッパの生活について』。しがない、地味な一冊だ。
受験科目とは何の関係もない。ただの、俺自身の興味だった。騎士だ領主だ農奴だと、教科書の隅に申し訳程度に載っている単語の裏側に、どんな暮らしがあったのか。それを知りたかっただけの、ただの寄り道。
思えば、誰にも強制されずに読む本というのは、これくらいしかなかった。
窓の外を、見慣れた街並みが流れていく。ページをめくるたび、見知らぬ時代の生活が頭の中に立ち上がってくる。荘園の税制、パン窯の共同利用、教会を中心とした一日の過ごし方。知識がするすると染み込んでいく感覚は、いつだって心地よかった。
この本を読んでいる間だけは、自分が"御門膳"でなくてもいい気がした。
夢中でページをめくっていた俺は、電車が最寄り駅に着いたことにすら気づかず、閉まりかけの扉に慌てて身を滑り込ませた。鞄が挟まった。無様である。
ホームに降り立った瞬間、視界がぐにゃりと歪んだ。
―といっても、大げさな話ではなく、単なる立ちくらみだ。慣れない街を一時間近く歩き回った疲れと、電車の中で本に没頭しすぎたせいだろう。腹も減っている。弁当を食べたのは、もう六時間も前の話だ。
俺は柱に手をついて、しばらく目を閉じた。
「……ああ、そうだ」
ふと、思い出した。
中世ヨーロッパの農民たちは、いったいどんな味の料理を食べていたのか。教科書にも資料集にも、「パンと塩漬け肉と豆の煮込み」としか書かれていない。それが、どんな味なのか。読んでいる間、ずっと引っかかっていた。
そして同時に思い出したのだ。この駅の近くに、「中世の食卓」という看板を掲げた妙に凝った店があったことを。以前、車窓から一度だけ見かけた。観光客向けの再現料理店だろうと、そのときは気にも留めなかった。
――行ってみるか。
滅多にない衝動だった。普段の俺なら、知らない店に一人でふらっと入るなんて絶対にしない。だが今日はどういうわけか、無性にその「答え合わせ」がしたくなっていた。
家に帰ったところで、誰も俺を待っていない。それも、たぶん理由の一つだった。
*
店は、駅から歩いて五分ほどの裏路地にあった。木製の看板に、古めかしい書体で「中世の食卓」とある。扉を開けると、薪と香草の匂いが鼻をついた。
「いらっしゃい。一人かい」
「……はい」
なんとか声を絞り出した。
出てきたのは、白髪交じりの無精髭を生やした、恰幅のいい店主だった。案内された席に座る。メニューは一種類だけ。今日の「再現料理」が日替わりで出てくるらしい。選択肢がないのは、俺のような人間にとってはむしろありがたい。
「今日のは、当時の農村でよく食べられてた、香草の煮込みだ。素材も調理法も、なるべく当時の記録に忠実にしてる。……ただし」
店主は少し声を落として続けた。
「この香草な、今でも普通に山に生えてるんだが、下処理を誤ると危ないやつでな。似た草と間違えて救急車、ってのが毎年どこかで起きてる。もちろん、うちはちゃんと処理してるから安心してくれ」
「へえ」
俺は、気のない返事をした。
――今でも山に生えている、ね。
頭の中で、さっき読んだばかりの一節が蘇る。中世の農村では、飢饉のたびに毒草と食用草を見分けられずに命を落とす者が後を絶たなかった、というくだりだ。あの時代と同じ草が、今も同じ山に生えていて、今も同じように人を殺している。八百年経っても、人間は同じ間違いを繰り返しているらしい。
そう思うと、少しだけ親近感が湧いた。
そして、ここで一つ、俺の悪癖が顔を出す。知りたいことがあると、対人コミュニケーションの壁が一時的に消滅するのだ。同級生には三日かけても話しかけられないくせに、知的好奇心が絡むと初対面の店主に平然と口を開く。
「すみません、その香草って、下処理する前はどんな見た目なんですか。資料と照らし合わせてみたくて」
店主は少し驚いた顔をしたあと、「物好きだね」と笑って、厨房から一房の葉を持ってきてくれた。俺はそれを矯めつ眇めつ眺め、本に載っていた挿絵と照らし合わせる。
(……たぶん、これだな。あれに似てるけど、葉の形が少し違う。本にあった通りの、毒性の低い品種だ)
自分の知識に、確信を持った。
「これ、少しだけ生でかじってみても平気ですか。当時の人たちがどう見分けてたのか、気になって」
「おいおい、やめとけって。処理する前のは、俺でも」
店主の制止を、俺は半分も聞いていなかった。本で得た知識への、根拠のない自信。それが、いつもの俺の悪い癖だった。
……いや、違うか。
たぶん俺は、誰かに「すごいな」と言ってほしかっただけだ。目の前のこの店主に、たった一言でいいから。
葉を一枚、口に含む。
――苦い。
いや、苦いなんてものじゃない。舌の上で何かが暴れている。味覚というより、警報に近い。体が全力で「出せ」と叫んでいる。
(……あれ?)
そして、喉の奥が、かっと焼けるように熱くなった。
「お、おい、大丈夫か!」
店主の声が、やけに遠くから聞こえる。膝から力が抜け、椅子から滑り落ちた。木の床が、やけに冷たい。
おかしい。計算が合わない。
本には確かに書いてあった。この品種は毒性が低く、少量なら中毒症状は出にくいと。俺は三回読み返した。挿絵とも照合した。葉の形状も、葉脈の走り方も、記憶の中の図版と一致していた。
(……ああ)
そこで、ようやく気づいた。
俺が照合したのは、本に描かれた"理想的な標本"の絵だ。実物ではない。挿絵というのは、描き手が特徴を強調して描くものだ。実際の個体には、当然ばらつきがある。そんなことは、少し考えればわかる話だった。
つまり俺は、教科書の答えを丸暗記して、応用問題で死んだのだ。
(……最悪の落ち方だな)
参考書は完璧に解ける。過去問も満点が取れる。だが初見の問題には手も足も出ない。そういうタイプが受験本番で崩れるというのは、よく聞く話だ。まさか本番が人生の方だとは思わなかったが。
視界の端が、じわじわと黒く滲んでいく。
「救急車! おい、救急車呼ぶからな!それまで耐えてくれ!!」
店主が電話に飛びついている。エプロンを握りしめた手が震えていた。
――ああ、そうだ。
そこで、ようやくもう一つ、致命的なことに気がついた。
(……このおっさん、詰んだな)
客が店内で毒草を食べて死ぬ。保健所が来る。警察が来る。翌朝には「飲食店で客が中毒死」の見出しが並ぶだろう。営業停止は確実で、業務上過失致死を問われる可能性だってある。あれだけ丁寧に再現料理を作っていた店が、たった一枚の葉っぱで終わる。
しかも死因の説明が「客が勝手に生でかじった」だ。
本当のことなのに、どう聞いても言い訳にしか聞こえない。ニュースのコメント欄で袋叩きにされる未来まで鮮明に見える。「管理体制がずさん」「なぜ止めなかった」。止めたのだ、このおっさんは。ちゃんと止めた。俺が聞かなかっただけで。
(……すみません)
声は出なかった。
十八年生きてきて、最後にやったことが赤の他人の人生を巻き添えにすることだとは思わなかった。友達は一人も作れなかったのに、被害者だけはしっかり作った。
俺の人生、最後の最後まで他人と関われなかったくせに、関わり方だけは最悪だ。
薄れゆく意識の中で、俺は自分の死亡記事を想像していた。
『都内の私立高校に通う男子生徒(18)が、飲食店で毒草を食べて死亡。店主によると、生徒は「ちょっとかじってみたい」と話していたという』
……やめてくれ。
学年一位。模試の判定はずっとA。十八年間、母に言われるまま参考書と向き合ってきた。夏休みも、冬休みも、日曜の朝も。友達を作る時間を全部、机の上に積み上げてきた。
その全部が、この一行に要約される。
「ちょっとかじってみたい」。
十八年分の努力の総決算が、たった十一文字か。せめて、もう少し何かなかったのか。受験勉強のしすぎで倒れたとか、徹夜明けで階段から落ちたとか。それなら多少は「頑張ってたんだな」と思ってもらえた気がする。
草を食べて死にました。以上。
たぶん、クラスの連中は少しだけざわついて、そして三日で忘れるだろう。「あいつらしいっちゃらしいよな」とか言われて終わりだ。悔しいのは、その評価がたぶん正しいことだ。
せめて遺影の横に、模試の成績表を置いてほしい。全国偏差値七十八。それだけが、俺がこの世に残せる唯一の記録だ。
――誰か一人でいい。
――「惜しい人を亡くした」と、言ってくれる人はいるだろうか。
考えてみたが、思い浮かばなかった。
母の顔が浮かんだ。たぶん泣くだろう。ただ、その涙が俺に向けられたものなのか、それとも失われた"合格"に向けられたものなのかは、最後までわからない気がした。
そこから先は、誰の顔も浮かばなかった。
――十八年生きて、思い浮かぶ顔が一つきりか。
不思議と、悲しくはなかった。悲しむほどの何かを、そもそも持っていなかっただけかもしれない。失うものがない人間は、失うときも身軽だ。
(……まあ、こんな人生、惜しくもないか)
床の冷たさも、店主の叫び声も、だんだん遠くなっていく。
最後に思ったのは、我ながら情けないことに、こんなことだった。
(結局、あの煮込みの味、わからずじまいだったな)
そうして、御門膳、十八歳の人生は幕を閉じた。
死因、草。葉っぱ一枚である。




