第7話 崩れる日常
「ねえ、りかっち」
休み時間、机に突っ伏してぼんやりしていると、心路が声をかけてきた。
「今日さ、放課後ちょっと寄り道しない?」
「寄り道?」
「ほら、駅前に新しくクレープ屋できたじゃん」
ああ、あの噂の店か。
クラスでも少し話題になっていた。
「行く?」
「行く」
即答した。
だって、行かない理由なんてなかったもん。
放課後、私たちは一緒に学校を出て駅前の商店街へ向かった。
夕方の商店街は、学校帰りの人や買い物帰りの人でそれなりに賑わっていた。
しばらく歩いていると、心路が立ち止まる。
「ここだね」
指差した先には、小さなクレープ屋があった。
メニュー表には色とりどりのクレープが並んでいた。
こういうのは見ているだけでも楽しくなる、っていうものだ。
「めっちゃ種類多いね」
「うん、迷う」
二人で並びながら、しばらく悩む。
結局、私は塩キャラメルクレープ、心路はチョコバナナクレープを注文した。
できたクレープを受け取って、近くのベンチに座る。
「……おいしい」
思わず声が漏れる。
「だね」
心路も楽しそうに笑った。
しばらく食べ進めていると、
「一口いる?」
と、心路がクレープを差し出してきた。
「あ、ありがと」
ちょうどそっちも食べてみたいと思っていたので、そう言いながら手を伸ばす。
でも、心路はクレープを持ったまま、手を離さなかった。
「……?」
首を傾げると、心路がにやりと笑う。
「はい、あーん」
「え、ちょ、ちょっと待って」
「ん? 一口欲しいんでしょ?」
ほんの少し、心臓の音が強くなる。
しばらく心の中で何かが葛藤して、結局、私はパクっとクレープにかじりついた。
……何やってるんだろう、私。
そのあと、意趣返しに私のクレープを差し出してみたが、心路は平然とした顔で、ぱくっと一口食べた。
……なんかずるい。
ベンチに座って、クレープを食べながらしばらく話をする。
学校のこと、クラスのこと、どうでもいいこと。
それなのに、この時間が終わってほしくないくらいその会話は楽しかった。
やっぱり、日常っていいもんなんだな。
「少し歩く?」
クレープを食べ終えたあと、心路が立ち上がった。
私も立ち上がって、並んで歩く。
そのときだった。
心路の足が、ほんの少しふらついた。
大丈夫?と声をかけようと隣を見ると、今度は心路の体が大きく揺れた。
「ちょっと、心路!?」
慌てて腕を掴む。
でも、力が入っていなかった。
「……ごめん、ちょっと……」
言葉が途切れる。そして、そのまま心路の体が地面に崩れ落ちた。
「心路!!」
地面に倒れた音に気づいて、周りがざわめく。
「ねえ、心路!! 聞こえる!?」
肩を揺らす。でも、反応はなかった。
「誰か、救急車呼んでください!!」
自分でも驚くくらい、大きな声が出た。
頭が真っ白になる。
さっきまで、普通に笑ってたのに。
ほんの数分前まで、何でもない話をしていたのに。
なんで。
なんで急に。
遠くからサイレンの音が近づいてくる。
気づけば私は、心路の手を握っていた。
「大丈夫だから……」
何の根拠もない言葉。
それでも、なんとなく言わずにはいられなかった。
「大丈夫だから……」
繰り返す。その言葉は自分にも言い聞かせていたのかもしれない。
そして、こんな時になって、ようやく気づいた。
私にはやっぱり、心路に伝えなきゃいけない言葉があるって。
「……こころ、起きてよ」
お願いだから。
まだ、何も言えてないのに。
でも、その握った手は、思っていたよりも、ずっと冷たかった。




