遥かなる恩人 (最終回)
「本番5秒まえ、4、3」
スタジオから音がきえる。
2……1……0。
収録スタート!
「スターの恩人、20周年記念スペシャル」
おわらい芸人であり、番組の司会者でもあるバード尾長のタイトルコールにあわせて、観客席から拍手がおこる。
「番組20周年記念をかざる豪華ゲストはこの方! サッカー日本代表選手の鷲崎遥飛さんでーす!」
セットの巨大とびらがひらき、なかから遥飛があらわれた。
あれから16年。
遥飛はプロのサッカー選手になる夢をかなえ、その名を世界中にとどろかせている。
遥飛の登場に、観客席の女の子たちが、
「キャー!」
よろこびの悲鳴をあげた。
サッカーの技術のほかに、顔のレベルもたかい遥飛はサッカーファンだけでなく、わかい女の子にも大人気だ。
「鷲崎選手。ワールドカップ優勝、おめでとうございます」
「ありがとうございます」
「今夜は鷲崎選手にサッカーのたのしさをおしえてくれた恩人を紹介してゆきたいと思います。それではVTRをみていきましょう」
* * * * *
VTRは保育園の入園式でとった遥飛の写真からはじまった。
『保育園児だったころの鷲崎選手の夢は、サッカー選手ではなく、ケーキ屋さんになることでした』
「うわー、それバラすか」
ナレーターの説明に、遥飛が顔をまっかにして頭をかかえこむ。
『市沢小学校に入学した鷲崎選手。ここで彼は恩人とであうことになります』
さっきまではずかしがっていた遥飛が、きゅうにわらうことをやめた。
『体のよわい鷲崎選手にサッカーをすすめたのは、おなじクラスの翔真くんという男の子でした。この翔真くんこそ、鷲崎選手の人生をかえた恩人だったのです』
そこからは、こども時代の再現ドラマがはじまった。
「遥飛、おれと一緒にサッカーしよう」
翔真役の子が、遥飛役の子に手をさしだす。
『ふたりがサッカーをまなんだのは市沢フレスベルグというジュニアサッカーの名門チームでした。当時のフレスベルグの監督をつとめていたのは、なんと元サッカー選手の大鳳飛翔さんだったのです』
モニターに、わかいころの大鳳監督の写真がうつしだされた。
『翔真くんがひっこしでいなくなったあとも、鷲崎選手はフレスベルグでサッカーをつづけました。鷲崎選手はそのときのことをこう語っています』
そこで収録まえに撮影された遥飛のインタビュー映像がさしこまれた。
「このころは、まったくサッカーがたのしくありませんでした。だれよりも努力して、くるしみにたえることが、サッカーに本気でむきあうことだと思っていたんです。だから、サッカーをきらいになりかけていました」
『サッカーをたのしむことができなかった鷲崎選手。しかし、そんな鷲崎選手の人生をかえる重大なできごとが、このあとおこるのです。はたして、そのできごととは!?』
そこでVTRは、いったんおわった。
「鷲崎選手。VTR、どうでしたか?」
「まさか、ケーキ屋さんの夢をバラされるとは思いませんでしたよ」
バード尾長が手をたたいて、わらった。
「鷲崎選手といえば『努力したやつはうまくなる。たのしんだやつはつよくなる』の言葉が有名なだけに、サッカーをたのしめない時期があったなんて、ちょっと意外ですね」
「インタビューでもいってましたけど、だれよりも努力して、くるしみにたえることが本気でサッカーにむきあうことだと思ってたんです。たのしむってことはサッカーに本気でむきあっていないことなんだ。あのときはそう思っていました」
「でも、このあと人生をかえる重大なできごとがおこるんですよね?」
「そうです。ぼくの人生をかえたできごとは――」
カメラがアップで遥飛の顔をうつす。
「歌舞伎サッカーです」
「鷲崎選手の人生をかえた歌舞伎サッカーの正体とは? それではVTRのつづきをみていきましょう」
* * * * *
歌舞伎サッカーは当時の写真や映像とともに紹介され、VTRの最後には市沢フレスベルグと中浦FCの試合も紹介された。
これは収録まえに遥飛が、
「ぜったい紹介してほしい!」
と番組のスタッフにたのみこんでいたからだ。
『歌舞伎サッカーから、サッカーをたのしむことをおしえてもらった鷲崎選手。努力とたのしむことを両立させたからこそ、ワールドカップで日本を優勝へみちびくことができたのかもしれませんね』
VTRは遥飛をほめたたえるようなナレーションでしめくくられた。
「鷲崎選手のカミワザプレーの代表ともいえるロングシュートが、歌舞伎サッカーからとられたものだったなんて、おどろきですね」
「いい戦術は積極的に活用しろ。そう、大鳳監督におしえられましたからね」
そこで、遥飛はVTR用のモニターに顔をむけた。
「さっきみた歌舞伎サッカーの試合は、ぼくにとって一番たのしいサッカーの試合なんです。あれよりたいせつな試合はいくつもありました。でも、あれ以上にたのしいとかんじた試合は、いまだにありません」
「それだけ歌舞伎サッカーが、鷲崎選手にあたえた影響がおおきいということですね?」
「はい。だから、たいせつな試合のまえには、かならず、あの試合の映像をみるようにしているんです。サッカーをたのしむ気持ちをわすれないために」
「ではワールドカップの決勝戦のまえにもみたんですか?」
「もちろんです。決勝戦でロングシュートをきめることができたのも、もしかしたら前日に、あの試合をみていたからかもしれませんね」
そして遥飛は青春をふりかえりながら、
「中学時代はスランプで、何度もサッカーをやめようと思いました。でも、そのたびに、あの試合でかんじたサッカーをたのしむ気持ちが、ぼくの心をささえてくれたんです。歌舞伎サッカーとであわなければ、ぼくはプロになる夢をあきらめていたでしょうね」
言葉をかみしめて、そう語った。
「鷲崎選手。翔真さんに会いたいですか?」
スタジオのムードがしんみりとしたところで、バード尾長がおきまりのしつもんをする。
「もちろん会いたいです」
「今回、番組スタッフが翔真さんに連絡したところ、なんと翔真さんが当時の中浦FCのチームメイト全員に連絡をとってくれました。なので、今回の恩人は中浦FCのみなさんです」
「えっ!?」
遥飛が、おどろくのもむりはない。
収録まえのうちあわせでは、このあと翔真だけが登場することになっていたからだ。
中浦FCの登場は番組が遥飛に内緒でおこなったサプライズ企画だった。
「それでは中浦FCのみなさんに登場してもらいましょう。恩人さん、いらっしゃーい」
スタジオの照明がくらくなり、セットの巨大とびらがひらく。
そのなかから、
地元の銀行に就職した正晴。
実家のバイク店をついだ雷輝。
トラックの運転手としてはたらく時雨。
美人スポーツインストラクターとして有名な美羽。
焼肉店の店長をつとめる八雲。
警察官として町の平和をまもる陽介。
仕事と子そだての両方にはげむ天音。
彼女の夫であり、白鳥トイズのメディア部でかつやくする翔真。
大人になった8人があらわれた。
「みんな……」
おもわぬサプライズに、遥飛の目になみだがうかぶ。
「よう、ハルハル。ワールドカップでのかつやく、ちゃーんとテレビでみてたからな」
陽介がニカっとわらって、手をふった。
あかるく無邪気な笑顔は、こどものころのままだった。
「遥飛くん。今度、ぼくの店に焼肉をたべにきてよ。たくさんサービスするからさ」
八雲がシャツにプリントされた〈やきにくやくも〉の文字をゆびさした。
彼のおなかは、こども時代よりもさらにまるくなっていたが、陽介とおなじでやさしい笑顔はこどものときからかわっていなかった。
「遥飛さんに会うんだって話したらね、お客さんたち、みんなおどろいてくれたんだよ」
スタイルばつぐんの美女に成長した美羽がほこらしげに語る。
「翔真さんたら、こどもに名前をつけるとき、ぜったい飛という字をつかうんだって、きかなかったんですのよ」
「父さんの名前は飛翔だし、遥飛も名前に飛って字がはいってるだろ。夢にむかって飛んでいけるように、どうしても、この字をつかいたかったんだよ」
「なので、ふたりで相談して、息子の名前を飛鳥にしたんですのよ」
やさしいふんいきのイケメンと気品あふれるおじょうさまの夫婦に、観客席の女の子たちが、うらやましそうにためいきをついた。
「遥飛、ワールドカップ優勝おめでとう」
「ありがとう」
「遥飛、ひさしぶりにあたりまえのこときくぞ。おまえ、サッカー好きか?」
「そんなのきまってるだろ」
翔真の手をつよくにぎると、遥飛は笑顔でこうこたえた。
「おれはサッカーが大好きだ!」
歌舞伎サッカー・完
歌舞伎サッカーは今回でおしまいです。
最後まで読んでいただいた読者のみなさま、本当にありがとうございました。
なお、今作を書くにあたって感じたことですが……。
やっぱり漢字ぜんぶにルビを振るのって、すごく大変!
でも、やりたかった。そして、やり遂げた自分にも感謝。
※明日から、ゴクハナの新作の執筆に取り掛かります。




