おわりとはじまり 3
地区予選から2か月がたった。
年あけの1月7日。
その日は、合併後のニュー浜井サッカークラブ初練習の日だった。
「もうそろそろくると思うんだけど」
浜井サッカークラブの女性監督、目白凪がそわそわしながらスマートフォンで時間を確認する。
「やっぱり、おれたちも顔に隈取をして練習するのかな?」
「みるぶんにはいいけど、じっさいにやるのは、やっぱ、ていこうあるよな」
選手のなかには、これから自分たちがするであろう歌舞伎サッカーに不安をおぼえるものもいた。
だが、不安なのは選手だけではなかった。
高校生のときに、たった1か月間だけサッカー部のマネージャーをしていたという理由で、今年からむりやり監督をまかされた目白監督もまた、歌舞伎サッカーにおおきな不安をかかえていたのだ。
――中浦の子にバカにされたらどうしよう。
ストレスでいたむおなかをおさえて、目白監督はためいきをついた。
翔真たちが練習場にあらわれたのは、それからすぐのことだった。
車からおりてきた翔真たちは隈取をしておらず、みんな素顔だった。
「おい、あいつら隈取をしてないぜ」
「ほんとだ。もしかして、いまからするのかな」
鳩山監督がみんなをつれて、こちらにやってきた。
「この子たちの監督をしている鳩山です。よろしくおねがいします」
「こちらこそ、よろしくおねがいします」
「目白さん、そして選手のみなさん。じつは、みなさんにお話しなければいけないことがあります」
「お話ですか?」
目白監督が、めがねのおくの目をまるくさせる。
「翔真くん、みんなに話してあげて」
「はい」
翔真は、すこし間をおいてから話しはじめた。
「目白監督。そして選手のみなさん。ほんとうにもうしわけありません」
翔真が頭をさげる。
「ぼくたちは浜井サッカークラブには入団しません」
選手たちから、どよめきがあがった。
「は、は、鳩山監督。これはいったいどういうことなんですか?」
「すべて、この子たちが説明してくれますよ。そうだね、みんな」
中浦のこどもたちが、しずかにうなずく。
「さっきもいったとおり、ぼくたちは浜井サッカークラブには入団しません。というよりも、もうサッカーをしません」
「でも、かんちがいしないでくれよ。おれたちがサッカーをやめるのは、べつにサッカーがきらいになったからじゃないんだ」
陽介がいった。
「おれたち、自分のやりたいサッカーが歌舞伎サッカーになったから、みんなで相談してやめることにしたんだ」
「それ、どういう意味?」
浜井の選手がたずねる。
「おれたち、いままで、ずっと歌舞伎サッカーをしてきただろ。ずーっとやってるうちに、おれもみんなも顔に隈取をしたり、歌舞伎の話を戦術にとりいれたりする歌舞伎サッカーが大好きになったんだ」
そして、ちいさな声で、
「ほんとうは、いまでもやりたいと思ってるけどな」
そうつぶやいた。
「けど、歌舞伎サッカーはあくまでおれたちのサッカーであって、それをほかのチームにむりやりさせるのはダメなんじゃないか。そう思って、みんなで相談することにしたんだ」
陽介がみんなに相談をもちかけたのは、地区予選でフレスベルグと戦ったあとのことだった。
「なあ、これからのこと、ちゃんとみんなで考えないか」
「これからのこと?」
「ああ。浜井サッカークラブと合併したあとも、このまま歌舞伎サッカーをつづけていいのか。それを、ちゃんとみんなで考えないか」
いつになくまじめな陽介の顔をみて、みんなが本気で歌舞伎サッカーの未来を考える気になった。
こどもたちは毎日のように会議をひらいた。
そして、みんなで話しあって、ようやくひとつのこたえにたどりついた。
「歌舞伎サッカーをつづけたい。こんな気持ちで練習に参加しても、浜井の選手にめいわくをかけるだけだし、中学生になったら、先輩たちにもめいわくをかけることになる。そうしないために、おれたちはサッカーをやめることにしたんだ」
陽介がしゃべりおえたとき、まわりに音はなく、練習場はしずまりかえっていた。
「きょう、ここをおとずれたのは、わたくしたちの言葉でサッカーをやめる理由をみなさんにおつたえしたかったからです」
天音がいった。
「隈取をしてないのも、ちゃんとありのままの気持ちをつたえるためだよ」
美羽がいうと八雲も、
「ヨウちゃんもいってたけど、ぼくたちサッカーがきらいになったからやめるわけじゃないんです。だから、みなさんの試合は、ちゃんと応援にいきます」
そして最後にキャプテンの翔真が、
「ごめいわくをおかけして、ほんとうにもうしわけありません」
もう一度、目白監督と浜井の選手に頭をさげた。
そのとき、目白監督のスマートフォンから、
ピピピピピピ
アラームの音がなりひびいた。
練習の開始を知らせる、はじまりの音。
歌舞伎サッカーの終了をつげる、おわりの音。
ふたつの意味をもったアラームの音は、こどもたちの耳のおくで、いつまでもなりつづけていた。
(つづく)
更新は毎日おこなう予定です。
明日はいよいよ最終回! いつものように19時に投稿します。




