第088話 極振りヒーラー、甘味の理想郷1
ヒマワリがログインすると、談話室の机にステラが突っ伏していた。
珍しい光景だ。いつも明るい彼女が、肩を落として動かない。
「ステラ、どうしたの?」
ヒマワリが声をかけると、ステラはゆっくり顔を上げた。目が少し赤い。
「料理スキル……Ⅸになったんだけど……」
「え、もうⅨまで上げたの!?」
「うん。でも成功率が全然上がらなくて……」
小さく息を吐き、続ける。
「だってこの世界、お菓子をどれだけ食べてもカロリーゼロでしょ。好きなだけスイーツ食べたくて、料理スキル上げたんだけど……」
「動機が不純すぎる……」
ヒマワリが呆れつつも苦笑する。
「でもⅨまで上げるのは普通にすごいよ」
「なのに、失敗ばっかりでさ。焦がしたり、固まらなかったり……」
ヒマワリは少し考えてから言った。
「……Xまで上げたら、何か変わるかもしれない。一緒にデザート作ろう。手伝うから」
ステラの表情が、ぱっと明るくなる。
「……うん!」
ギルドホームのキッチンにステラとヒマワリが並んで立つ
「今日は……クッキーを作ろう」
ステラはそう言って、材料を一つずつ丁寧に並べる。
粉を量り、バターを混ぜ、生地をこねる。型で抜いた生地を天板に並べ、オーブンへ滑り込ませた。
ステラはその前から離れず、じっと扉を見つめ続ける。
「今度こそ……成功して……」
やがて、タイマーが鳴った。
そっとオーブンを開くと――中には、きつね色に焼き上がったクッキーが整然と並んでいた。
ほんのり甘い香りが、キッチンいっぱいに広がる。
「……やった……!」
次の瞬間、視界にシステムウィンドウが浮かび上がった。
【料理スキルⅨ → Ⅹ 達成!】
さらに間を置かず、別のウィンドウが展開される。
【特殊クエスト発生:甘味の理想郷を再現せよ】
ステラとヒマワリは顔を見合わせた。
クエスト内容を開くと、必要素材の一覧が表示される。
《幻の砂糖》《金のミルク》《火打石で焙煎したカカオ豆》《天空の小麦粉》
《虹色のフルーツ》《氷結のバニラ》《炎のハチミツ》《星屑のバター》――全八種。
それらを集め、十種類のお菓子を作り、《魔法のオーブ》に供えることが目的らしい。
「これ……全部レアアイテムじゃん……」
ヒマワリが乾いた笑いを漏らす。
「一人じゃ、集められないかも……」
ステラが不安げに呟くと、ヒマワリはすぐに笑顔で返した。
「大丈夫! 一緒に集めよう!」
二人は第三階層へと出発した。
風の空中庭園、その花畑には、稀にしか咲かないという《シュガーブロッサム》があるという。
白い花を求めて歩き回る中、ヒマワリが足を止めた。
「……あれ、見て」
風に揺れる草花の奥で、ひときわ淡く白く輝く花が咲いている。
ステラは慎重に近づき、そっと手を伸ばした。
「壊れないように……」
丁寧に採取した瞬間、インベントリに通知が表示される。
《幻の砂糖》獲得。
「よし、ひとつ目!」
次に向かった森エリアでは、金色に輝く《ゴールデンカウ》を発見した。
だが近づいた途端、牛は驚いたように走り出す。
「速っ!?」
「任せて!」
ヒマワリが《加速》で先回りし、逃げ道を塞ぐ。その隙を突き、ステラが《マジック・ハンド》を展開した。
「捕まえた……!」
こうして《金のミルク》を無事に確保する。
「まさか、牛を捕まえることになるとは……」
「ゲームって、たまにこういうことあるよね」
カカオ豆は、強風が吹き抜ける崖上の木に実っていた。
だが、ただ採取しただけでは条件を満たさない。
「火打石で焙煎……ってことは」
「これだね」
ステラが杖を構える。
「《聖炎》!」
炎がカカオ豆を包み込み、香ばしい匂いが風に乗って広がった。
「……火打石じゃないけど」
ヒマワリがぼそっと呟く。
「結果オーライ、だよね?」
「システムが認めてるなら、問題なし!」
《火打石で焙煎したカカオ豆》完成。
空中庭園の最上層では、雲の上に生える小麦を《マジック・ハンド》で収穫し、《天空の小麦粉》を入手。
風の流れが集まる滝エリアでは、滝裏に実った果実を《聖炎》で軽く炙り、虹色の香りを引き出した。
《虹色のフルーツ》獲得。
氷の洞窟では、氷に閉じ込められたバニラを慎重に引き抜く。
少しでも力を入れすぎれば砕けてしまう。
ステラは息を詰め、集中する。
「……取れた」
ステラが小さく息を吐く。
「無理に力を使わないのが、コツかな……」
「なるほど。雑にやらないタイプだもんね」
《炎のハチミツ》は、庭園の外れに巣を作る《ウィンドビー》から採取する必要があった。
風の魔力を帯びた蜂の群れが一斉に襲いかかる。
「《蜃気楼》! 《陽炎》!」
ヒマワリが幻惑で動きを乱し、その隙にステラが素早くハチミツをすくい取る。
「ウィンドビーのハチミツなのに、炎のハチミツなんだね」
「食べると、体が温かくなるのかも……」
最後は星見の丘。
夜にしか現れない《スターカウ》を待つため、二人は星空の下で腰を下ろした。
「綺麗だね……」
「うん」
やがて、星空に溶け込むような白銀の牛が姿を現す。
ステラは音を立てぬよう近づき、そっと素材を採取した。
《星屑のバター》獲得。
「……全部、揃った……!」
ステラの目が輝く。
「頑張ったね!」
「うん……ありがとう」
「じゃあ……お菓子作り、始めるね」
「あ、ごめん。リアルで用事があって……」
「大丈夫! 一人でやってみる」
ヒマワリは少し名残惜しそうに手を振った。
「頑張って。結果、楽しみにしてるね」
ステラは頷き、集めた素材を見つめた。
ここからが、本番だ。
ギルドホームのキッチンに戻り、今度はステラ一人が立っていた。
調理台の上に素材を並べ、静かに深呼吸する。
「……やるよ」
まずはショコラ。
焙煎したカカオ豆に砂糖とバターを加え、丁寧に練り上げる。
型に流し込み、ゆっくりと固めた――《魔法のショコラ》。
続いて《天使のアイス》。
金のミルクと氷結のバニラを合わせ、温度を保ちながら混ぜ続ける。舌の上で溶ける、なめらかな仕上がりだ。
天空の小麦粉に星屑のバター、虹色のフルーツを練り込み、オーブンへ。
焼き上がった《虹色のシュトーレン》から、甘く深い香りが広がる。
《星屑のビスケット》は一枚一枚、形を確かめながら型抜き。
溶かしたカカオを流し込んだ《黄金のチョコレート》は、艶やかに固まっていった。
鍋で砂糖と炎のハチミツを煮詰めると、ウィンドビー特有の熱が弾ける。
「っ……!」
慌てて火力を抑え、《炎のキャンディ》を仕上げる。
小麦粉とバター、ミルクを合わせて焼き上げた《天空のマドレーヌ》。
スポンジにチョコレートをまとわせた《魔法のショコラケーキ》。
《星のキャラメル》は火加減が難しく、何度も鍋を覗き込みながら慎重に。
そして最後に、タルト生地を焼き、虹色のフルーツを美しく並べる。
《虹色のフルーツタルト》。
完成した十種類のお菓子が、キッチンのテーブルに整然と並んだ。
どれも欠けることなく、理想通りの仕上がりだ。
「……全部、できた……!」
ステラは小さく息を吐き、微笑む。
目の奥が、じんわりと熱くなった。
料理スキルに悩み続けた日々が、ようやく報われた気がした。
【《魔法のオーブ》に供えてください】
ステラは静かに頷き、次の工程へと向かう。
クエストマーカーに従って辿り着いた祭壇は、甘い香りに満ちた静かな空間だった。
中央には、柔らかな光を放つ《魔法のオーブ》が浮遊している。
ステラがお菓子を一つずつ取り出し、オーブに供えていく。
ショコラ、アイス、シュトーレン、ビスケット、チョコレート——オーブがお菓子を吸い込むたびに、光が強くなっていく。
キャンディ、マドレーヌ、ショコラケーキ、キャラメル——
最後のタルトをオーブに供えた瞬間、オーブが激しく輝いた。
その時だった。
闇の奥から、ぬっと人影が現れた。
黒いフードを被った盗賊が、静かにステラへ近づいてくる。
《甘味の略奪者スイートシーフ》
「そのお菓子……貰っていくぜ」
「え……!?」
男は迷いなく《魔法のオーブ》へ手を伸ばした。
「させない!」
反射的に魔力を解放する。
「《マルチディバイン・シールド》!」
三つの神聖障壁が展開され、スイートシーフの前に立ちはだかる。
「邪魔だ!」
抜き放たれたナイフが障壁を叩く。
甲高い音が響いた。
「《フェニックス・フレア》!」
不死鳥の炎が放たれる――が、スイートシーフは信じられない速度で横へ跳び、難なく躱した。
速い。AGI特化の動きだ。
「《聖炎》!」
追撃の炎も回避される。炎は壁を焦がすだけで、本体には届かない。
次の瞬間、スイートシーフが反撃に転じた。
ナイフが閃き、光の速さで迫る。
一撃、二撃、三撃――
連続攻撃が障壁を叩き、張り直す隙すら与えない。
一つ目の神聖障壁が、鋭い音を立てて砕け散った。
「くっ……! 《ヒール》!」
反射的に詠唱する。
だが、回復の光は――降りてこない。
「……え……?」
「ここは《甘味の祭壇》だ」
スイートシーフが、愉快そうに口角を上げる。
「俺の領域ではな。甘い力は全部、無効だ」
《甘味無効化》。
回復魔法も、回復アイテムも封じられる――この祭壇特有の効果。
「そんな……」
後退しかけた足を、ステラは踏みとどまった。
「……《魔源共鳴》」
黒い光が体を包み込み、WISがINTへと変換される。
甘味を断たれたなら、魔力で押し切るしかない。
「《魔砲》!」
極太の魔力砲が放たれる。
だが――
「遅い」
砲撃が空を裂いた瞬間、スイートシーフの姿はもうない。
次の瞬間、気配が側面に迫る。
「《魔弾雨》!」
即座に範囲魔法を展開する。
魔力弾が降り注ぎ、スイートシーフが舌打ちして大きく後退した。
――今しかない。
「《マルチディバイン・シールド》……!」
もう一度、三枚目の障壁を展開する。
だが、その直後。
スイートシーフが一気に距離を詰めた。
「甘いんだよ!」
ナイフが閃く。一撃、二撃、三撃――
連続する斬撃に、二枚の障壁が耐えきれず砕け散った。
「……っ!」
残るは、最後の一枚。
VITゼロ。
これが割れれば、次は直撃だ。
「《魔結界》!」
黒い結界が展開され、刃を受け止める。
だが、スイートシーフは刃の角度を変え、結界の隙間を正確に突いた。
「穴だらけだな」
嫌な音がする。
最後の障壁に、細かな亀裂が走った。
「……《フェニックス・フレア》!」
至近距離から、不死鳥の炎を放つ。
爆風に弾かれ、スイートシーフが後方へ跳ぶ。
その瞬間――
最後の神聖障壁が、音もなく砕け散った。
静寂。
もう、何も守るものはない。
スイートシーフがナイフを構え直し、ゆっくりと歩み寄る。
「終わりだ」
次は4/5 21時投稿予定
お楽しみに!




