三十八話 聞いちゃった
雫くんが帰ってしまった。時刻はもう夕方だ、両親も帰ってくるし、彼だって帰って家事をしなきゃいけないので仕方ない。
本当はお泊まりをしてもらうか、私が彼の家にお泊まりしたいのだけれど、いきなりそれは我儘がすぎるだろう。
昼間、私がトイレに行っている間にお姉ちゃんが雫くんに色々と話をしてたみたいで、途中からだけど話を聞いてしまった。
内容的に、雫くんに降りかかるトラブルについてのお話だった。ただ、お姉ちゃんが彼に尋ねた言葉が、ドクリと心臓を打ち付けた。
"雫くんに降りかかるトラブルで、私を巻き込んだりしないと約束できるか"
雫くんに投げかけられたその言葉は、私に不安を抱かせた。思わず胸の前にあった握りこぶしが震えてしまう。
雫くんがそれを考えた時、私から離れてしまわないかがとても怖かった。周囲の理不尽に振り回され続けてきた彼なら、身を引く選択だってする可能性は十分にあるから。
実は、付き合い始めてからずっと心の片隅で危惧していたことでもあったのだ。優しい彼なら、敢えて私から離れるという選択をしたっておかしくない。
そんな不安を抱く私だったけど、雫くんは率直に答えた。無責任に約束できると言わないそんな彼に、雫くんらしいなと思った。
そして同時に、命をかけて守ると言ってくれたことも、とても嬉しい気持ちにもなった。彼の表情は窺えないけれど、その声色からとても真剣に考えてくれていることはよく分かった。根拠はないけど、私の直感がそう告げていたんだ。
そんな雫くんの答えに、お姉ちゃんは肯定の意を示した。お姉ちゃんの言う通り、ふとしたところで理不尽な暴力や被害を被ることは、決してフィクションではない。
だから、お姉ちゃんは雫くんがハッキリと守ると言い切ってくれたことが嬉しいみたい、
そんなお姉ちゃんに、雫くんは気休めにしかならないと言ったけど、お姉ちゃんはここで海木原さんのことを挙げた。雫くんを理不尽に振って、それなのに彼に執着した女の子。
お姉ちゃんが言ったのは、海木原さんが誰かに害を受けたかどうかという話だった。天野くん共々 彼女はそれなりに人気のある女の子だった彼女。
少なくとも、私たちの学年で知らない人はほとんどいないだろうし、もっと言えば他学年にも知る人は多い。
それが関係しているというのはあるだろうけど、確かに彼女は誰かに加害されたことはない。ただ彼女が勝手に雫くんを捨てただけだ。
言葉に詰まる雫くんに、お姉ちゃんは言葉を続けた。彼を信じようとしてくれている……というより、気に入ったみたい。
珍しく、お姉ちゃんがはしゃいだように色々と話している。あんな反応をするのは、余程気に入った人だけだ。
そしてお姉ちゃんが少し間を空けて言った。
「楓を、お願いね」
柄にもなく真剣な声で、ハッキリと告げた。心の底から雫くんを信じているということが、その姿を見ていない私でもしっかりと伝わる。
「──はい」
そんなお姉ちゃんの言葉に、雫くんはハッキリと答えた。その声は、私が彼を惚れ直してしまうには充分過ぎるものだった。
ハッとした私は、間髪入れずに二人に声をかける。今戻ってきた風を装って。
二人の話を実は聞いてましたなんて、なんとなく恥ずかしくて言えなかった。今この事は心の中にしまっておこうと思う。
もしかしたらいつの日か、大好きで愛しい雫くんに、この事を話すかも分からないけれど、その気持ちが整うまでは内緒。
あんな特等席で雫くんのカッコイイ姿を見られるお姉ちゃんに嫉妬してしまうけれど、その分私は彼の色んな姿を見られるし、エッチな事だって沢山できる。恋人の特権だ。
本当は私の部屋で色々したかったけど、今日はおあずけ。それはまた今度、機会を見つけてたくさんやろうね♪
大好きだよ、雫くん。




