三十九話 知りたいこと
今日の昼のことを思い出すと、ついついため息が出てしまう。楓が連れてきた寺川 雫くんという男の子が、思いの外素敵だったことに心が動いてしまったからだ。
初めて見た時は、無表情なのに嫌な感じがしないなぁと思った。顔はタイプだし、割と好意的な印象。
ウチのお堅い会長ちゃんが気にしている相手が彼であるというのは、実際に家に来てから知った。実は結構驚いていたんだよね。
生徒会長の綾坂ちゃんの様子から何かあったとは思っていたけど、雫くんが何も言わなかったので私にはその内容は知る由もない。
ただ、随分と落ち込んでいた彼女の様子を見るに、雫くんは何かしらの加害をされたという事だ。彼の口ぶりや雰囲気からも、それは間違いない。
まぁ、何があったのかは私には分からないのだけれどね。
ただ、余程不愉快な事をされたのだろう。雫くんに何があったのか聞いてみると、僅かな苛立ちを感じた。
その時に語られたのも、また彼がトラブルに見舞われてきたということ。彼になにか問題があるようには見えなかったんだけどな。
良くない噂は何度か耳にしたことはあるけど、どうにも悪意しか感じられないそれは、事実だと思えなかった。噂は所詮 噂、彼が自分の元カノに振られたとして、その相手を脅すようなことをするというのは考えられなかった。
だから、彼と会おうと思ったのは単純に気になったためである。随分と緊張してたみたいだけどね。
でも、誰彼問わず仲良くなれるというチャラチャラした馴れ馴れしい人よりも、最初はそれなりに緊張してしまう誠実な人の方が、私にとっては好印象だった。
顔も好みだったけど、緊張している彼もとても好印象で、そして楓を守ると言った時の表情や声も、とても格好良かった。
そんな男の子とお付き合いしている楓が、とても羨ましいと思う。もし二人が別れたら私がその隣に立候補しようかな?
グルグルと思考に耽っていた私は、それを頭の隅に追いやって、スマホを取り出した。とある人物に電話をかけるためだ。どうしても気になることがある。
「もしもし、ごめんね急に」
『いや、構わないけどどうした?米倉』
「いやぁ実はね、綾坂ちゃんに聞きたいことがあってさ」
その相手は、ウチの会長ちゃんだった。雫くん自身が話さないのなら、もう一人の当事者である彼女に聞くしかあるまい。
本当はやめとこうと思ったけど、どうしても気になって仕方なかったんだ。
『うん、それで?』
「寺川 雫くんって知ってるよね。実は妹の彼氏なんだけど、今日会って話をしたんだ」
『っ!』
向こうから驚いた声が聞こえる。彼女だって予想していなかっただろう。
「それで、前々から彼の事を気にしてる綾坂ちゃんに何があったのか聞こうと思ってさ。彼 口硬くって、中々話してくれないんだよねー」
『──いっいやそれは……』
「言いづらいことなんだ?」
普段から堂々としていた綾坂ちゃんがここまで狼狽するのも珍しい。どうやら相当な負い目があるみたいだ。
『あぁっと、まっまぁ……そうだな……』
「そんなに?それならアタシも知っときたいな、大事な義弟のことだしさ。何かあったら守ってあげたくて仕方ない……それで?何があったの?」
そう問いかけてみるも、帰ってくるのは沈黙だ。だけど、こちらから投げかけるような事はしない。
暫くの沈黙の後、彼女はゆっくりと話を始めた。
『私が、彼を一方的に責め立てたんだ。後輩を詰め寄って怖がらせていると勘違いしてしまって、それを見てカッとなってしまった。実際は全然違っていたのに』
そこから語られる事の顛末。どんなものかと思えば、事態は深刻だった。
ある意味、雫くんがトラブル慣れしていたからこそ許されていることだろう。というより、関わりたくないからなのかもしれないが。
ただ、そりゃ不愉快極まりないだろうと思った。なにせ脅迫と暴行を、勘違いから行ってしまったのだから。
雫くんを口汚く罵った女が、彼自身に怒られている場面を綾坂ちゃんが見て、それを後輩に対する脅迫だと勘違いしたという流れ。
それから更に勘違いを重ねてまた脅迫と暴行か、いくら何でも正義感の暴走がすぎるだろう。
この事はちゃんと雫くんに確認するとしよう。
「それで終わり?」
『あぁ、あれから彼とは何もないよ。本当はもっとちゃんと詫びを入れるべきなんだろうが、私にはどうすればいいか分からなくて……』
「謝罪はしたんだろうけどやってる事が事だからね。ちょっと擁護はできないかな。彼の事を知った今じゃ尚更ね」
話を聞いてしまった今、アタシの中には決して小さくない憤りが渦巻いている。彼女の事を知っているから、信じたくないという気持ちもあるけど、それにしたって酷すぎだ。
「まぁ、今更できることなんてたかが知れてるでしょ。せいぜい生徒会長の立場を降りるか、その立場を使って彼を守るかじゃない?アタシとしては、訳の分からないヤツが会長やるより、綾坂ちゃんが会長を続ける後者の方がマシだと思うよ」
ただでさえ雫くんに向けられたバカな噂が耳に入るんだ、変なヤツに会長が変わって彼に余計な加害をされたら溜まったものじゃない。
だからこその判断だ。
『そう、だろうか……?』
「いやもうそうするべきでしょ。責任もって彼を守りなよ。やれることを全力でやるしかないって、キミのやったことは立派な人権侵害だ」
本当なら非難されるべきだろうが、そんな簡単な逃げ道は許されない。それなら、多少立場を乱用してでも彼のために尽くすべきなんじゃないかな?
『ぅっ……すっすまない』
「謝る相手は雫くん、アタシじゃない。それじゃ、よく考えといて」
憤りが収まらないアタシはそう言って電話を切る。まぁ、考えるもなにも彼女に選択肢はないだろうけどね。
雫くんは、もっと笑顔になるべき人なんだ。




