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魔法少女 ノーブル・リリィ 短編集  作者: 散桜


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10/16

『その切っ先が届きますように』


ピロン♪


「ん」


レインの着信音が鳴り、裕子がスマホを持つ。

誰からか見ると、『D』と表示されていた。

以前に偶然出会った魔法少女、ディスガイス・リリィこと三枝(さえぐさ)克奈(かな)からだった。


[D:よっ。覚えてる?アタシアタシ]


「・・・」


オレオレ詐欺みたいな文面が見えた。


[裕子:・・えっと・・克奈(かな)ちゃん?]

[D:ぉ。覚えてたか]

[D:なぁ、アイ。お前さ、必殺技とか、どんなの?]

[裕子:必殺技?]

[D:そ。今さー]

[D:新しいの考えてんだけど、]

[D:なんかヒントになるかなーって思ってさ]

[裕子:ん〜・・]

[裕子:私の、必殺技って言えそうなの、]

[裕子:まだ領域(エリア)しかないからな〜・・]

[D:領域?]

[D:あ、もちろん、言えたらで大丈夫だからな?]


魔法少女同士でさえ、能力バレを防ぐために名前を隠すくらいなのだ。

それぞれの固有能力そのものが魔法少女名で、知られるだけで色んな可能性が考えられた。

必殺技ともなれば、尚更だろう。

ただ・・。


[裕子:簡単に言うと、空間切断かな]


夏樹とも話し合ったことだが、アイソレイト・リリィの『領域(エリア)』は防ぎようがない。

存在している空間そのものを『隔絶(アイソレイト)』させてしまうのが大前提の必殺技なのだ。

その空間に居ること そのものが危ないのだ。

攻撃の届く範囲から離れる以外には防ぎようが無いように思えた。


ディスガイス・リリィとは、出会いこそ魔法少女同士の戦いになりそうな険悪なものになってしまったが、何となく、今後戦うことは無いと内心で断言できた。

だからこそ、もし協力して『黒』と戦う機会があれば、自身の『領域』を当ててしまう事態にならないように、前もって知らせておきたかった。


空間を切断して防御できるし、攻撃にも使える、そう説明してみた。


[D:・・すっげーな]

[D:やっぱ、時空間系統が最強かもな・・]

[裕子:時空間系統?]

[D:ああ。時間とか空間とか、そういうのに強く影響させる系の能力だよ]

[裕子:強そうだね]

[D:他人事(ひとごと)みたく言ってっけど、]

[D:お前の能力のコトだからな?ww]

[裕子:はは・・]

[裕子:友達にも『危ないから気をつけて使った方がいい』って言われてるよ]

[D:友達?あん時居た可愛いやつ?]


たぶん、クラスメイトの加茂鴨(かもがも)(はるか)のコトだろう。

ディスガイス・リリィと初めて会った時に、現場に居合わせていたのだ。

お友達の1人だし、裕子が魔法少女だと知っている数少ない知り合いの1人だけれど、彼女にアイソレイト・リリィの戦っている姿は見られていない、と思う。


実際は、平原(ひらはら)小学校と山上(やまがみ)小学校の姉妹校合同合宿の際、『黒』と戦うアイソレイト・リリィとアーカーシャ・リリィが『黒』と戦う姿は遠距離から加茂鴨ちゃんに見られていた。

とはいえ、アーカーシャ・リリィが『鎮魂歌(レクイエム)』を放った辺りと、2人が飛び去る魔力光の軌跡を遠目に見ただけだったが。



[裕子:ううん。彼女じゃなくって、]

[裕子:近くに住んでる魔法少女のお友達♪]

[D:へぇ・・]

[D:ん?]

[D:その魔法少女って、船の救助活動ん時のウェディングドレスの?]

[裕子:そう♪]

[D:ふーん・・アイツ、端愛(はまな)だったのか・・]

[D:そっか・・アイツだったのか・・そっか・・]

[裕子:克奈(かな)ちゃん???]

[D:な、今度アイツに会ったらさ、伝言してくんね?]

[裕子:・・・良いけど。何て?]

[D:警戒すんな!]

[D:悪口とかじゃねーよ!礼だよ、礼!!]

[裕子:礼?]

[D:ああ。あのな・・]


それから、活動範囲の広いディスガイス・リリィが手一杯でどうしようもない時に、手の届かない範囲の『黒』を密かに倒して何も言わずに去っていく誰かが居たのを気にしていた、と聞いた。

彼女と初めて会った際に、勝手にテリトリー荒らしした上に手柄の横取りSNS発信している魔法少女にイラついているのは聞いていたが、密かに手助けしていたアーカーシャ・リリィには感謝していたらしい。


[裕子:端愛(はまな)市内で活動してる同士、会ったことなかったの?]

[D:無いな]

[D:変身してなきゃ、まず魔力なんて感知できないし]


魔法少女になって即、アーカーシャ・リリィに自宅バレ、

翌日には登校した段階で『何か変わった』と加茂鴨(かもがも)ちゃんにバレバレだったらしい裕子としては、

乾いた笑いしか出て来ない。


[D:何度も、魔力感知したら全力で飛んだんだけどな・・]

[D:警戒されてんのか関わり合いになりたくないのか、会えもしなかったよ・・]

[裕子:見たこともなかったの?]

[D:限界まで強化した視力で針先くらいの点にしか見えないくらいまで近付けたのが精々だったなー・・]


夏樹が「身近に魔法少女の友達が出来て嬉しい」と言っていたのを聞いたことがあった裕子としては、

ほんとのホントに運悪く出会えていなかっただけにしか思えなかった。


[裕子:会えるか聞いてみようか?]

[D:マジ!!?]


秒で喰いつかれた。


[裕子:ぅ、ぅん・・ホント]

[D:ドン引きすんな]

[D:傷つくだろ]

[裕子:そ、そんなことないよーないですよー?]

[D:ま、良いや。じゃ、紹介頼むな、マジで]

[裕子:うん!分かった♪]

[D:あ。ちゃんと「お礼言いたい」って伝えてくれよな?]

[D:なーんか、アタシ、誤解ばっかされるからさー]


初対面時の「問答無用!死んどけ!」と言わんばかりの接され方を思い出した裕子は、「それ、克奈(かな)ちゃんにも責任あるんじゃないかな・・」と思った。

指摘はしないけれど。


[D:えっとー?何だっけ。何の話してたんだっけか・・]

[裕子:必殺技]

[D:あー!!()りい!そうだったそうだった!]


そういうとこじゃない?とは指摘しない裕子だった。


[D:で。それってさ、射程距離、どんくらい?]

[裕子:射程距離?]

[裕子:それ、なに???]

[D:ぁぁ。攻撃が確実に届く距離とか、]

[D:この距離なら確実な威力が保証されてるとか、この距離なら避けられないとか、そんな距離のことだよ]

[裕子:へぇ・・]

[D:あ。一般的な言葉じゃないからな?]

[D:クラスメイトとかに言うなよ?]

[裕子:あ、魔法少女だってバレちゃうかもしんないんだね?]

[D:いや・・そのな・・]

[D:オタクとかマニアとかバカにされたくなきゃ言わない方が無難なんだよ]

[裕子:ぁー・・漫画とかアニメの言葉なんだね・・]

[D:ん〜・・まぁ、そっち寄りだな、うん]

[裕子:分かった。気をつけるね]

[裕子:ありがとう、克奈(かな)ちゃん]

[D:あー、ま、いーよ、うん]

[D:で、射程距離だよ、射程距離]

[裕子:あ、そうだったね]

[裕子:でも、それ、そんなに大事なの?]

[D:たりめーだろっ!!!!!!!!!!!!!!!!]

[裕子:ぇー・・・・?]

[D:あのな]

[D:例えばな?]

[裕子:ぅん]

[D:黒と戦う時さ]

[D:フルパワーで放った必殺技が、離れ過ぎてて、簡単に避けられたり、当たるまでに魔力減衰率で威力ガタ落ちしてたらさ、どう思うよ?]

[裕子:ん〜・・失敗したなぁーって思うかも・・]

[D:だろ?]

[D:だから射程距離が大事なんだよ!]

[裕子:なるほどね・・納得したよっ!]

[D:理解してもらえて何よりだ]

[D:だから、どんだけ早く距離が把握できるかも大事なんだよ]

[D:黒相手なら命も掛かってる訳だからな]

[D:死活問題ってやつだよ]

[裕子:なるほど・・]

[裕子:ホントにそうだよね・・]

[裕子:ありがとう、克奈(かな)ちゃん!]


その後も遣り取りして、克奈(かな)が言っていた『射程距離』というのの出てくる漫画を教えてもらった。

少女漫画しか読んでいない裕子は知らない、週刊連載の少年漫画だった。

コンビニか本屋で立ち読みして、面白かったら定期購読しても良いかもしれない、と思った裕子だった。


ちなみに克奈(かな)は、教えてくれた代わりとばかりに、自身の固有能力が『仮装』で『身に(まと)う形に具現化したモノの能力を疑似再現できる』のだと教えてくれた。

魔力の限りなら、小動物とか、乗り物の様な無機物とかにも『変態』できるらしい。




雲の上、月明かりの下、アーカーシャ・リリィとアイソレイト・リリィが向かい合っていた。

2人の距離は20mくらい離れている。


この日は、2人で『黒』の反応や痕跡が残されていないかパトロールを終えたあと、模擬戦をすることになったのだった。

2人から少し離れた位置にニャニャンが浮いて、2人を見守っている。


アイソレイト・リリィの特訓も兼ねているので、模擬戦自体は今までにも何回もしていた。

基本的には、魔力を込めた手か足で相手に触れたら1ポイント、10ポイント取られたら負けだ。


魔力を使った砲撃などの遠距離攻撃などは無しにしている。

何故かと尋ねたアイソレイト・リリィに、アーカーシャ・リリィは「魔力を飛ばしての攻撃なら、自分が障壁を強化すれば耐えられるか無力化出来るけど、実際に形として存在しているモノでなら、魔力障壁も突破されちゃう場合があるからね」と答えてくれた。

実際、対『黒』戦では、いきなり至近距離まで詰められて動転した所に直接攻撃されて大ケガすることが多いのだとか。

だから、この模擬戦は、魔力障壁と速度と相手を出し抜く方法の模索、そして場数をこなして経験を積み重ねるのが目的だという。

アーカーシャ・リリィも、先輩魔法少女に模擬戦で鍛えてもらったそうだ。


模擬戦は大体、アイソレイト・リリィの成長度に合わせている。

アーカーシャ・リリィの練度に合わせてやってみたこともあったが、アイソレイト・リリィの完敗だった。

完敗というか瞬殺、はっきり言って問題外、そのくらいの経験差があった。

息を乱し大粒の汗を垂らすアイソレイト・リリィに対して、アーカーシャ・リリィは涼しい顔をしていたくらいだ。

ただ、先輩としての矜持なのか、顔に出していないだけで、アーカーシャ・リリィも実はけっこう汗をかいていたし、小さな胸を上下させてもいた。

『蜃気楼』という術式で、他者から見える自身の姿を違うものに見せていただけだ。

模擬戦中に使っていたのは、前もって術式に登録してあった『平常時の姿』だったので、アイソレイト・リリィからは平然として見えていたのだった。





「・・?」


アーカーシャ・リリィは、風音に微かに混ざる声を聞き取った。

ほとんど風に吹き消されていたが、目の前のアイソレイト・リリィの声なのは間違いないだろう。

しかし自分に話しかけた訳ではないようだ。

アイソレイト・リリィの顔、口元を注視して見ると、微かに開いた口が僅かに動いているのが見えた。

どうやら、独り言の様だ。


「・・」


何をつぶやいているのか少し気になって、聴力を強化してみた。






「・・射程距離・・えっと・・10mくらいかな・・?」


アイソレイト・リリィは、学校の25mプールや50m走を思い出しながら、おおよその目分量で2人の距離を測っていた。

街中であれば、見慣れた物ばかりだから何となく分かるが、今いるのは雲の上だ。

雲の形は様々なので目印に出来そうだったけれど、雲の上の強風により、雲の形は刻一刻と変化し続けている。

目印にするのに、これほど不向きなモノもないだろう。


雲の形、目分量、そして自身の腕の長さも対象にしてみた。

しかし、腕の長さで測るのは無理があった。

空中戦、しかも相手は歴戦の魔法少女、腕の長さで測れる距離ということは、完全に相手の間合いでもあるということだ。


『認識加速』術式を使って、ゆっくりと進む世界の中で見てみたが、改めて彼女の凄さを認識しただけだった。

アーカーシャ・リリィに向けて動く自身の腕は途切れず見えているのに、向かって来るアーカーシャ・リリィの姿はコマ切れに見えるのだ。

10mくらい離れていたはずなのに、7m、3m、手で触れる近さ、くらいのコマ切れで見えるのだ。

咄嗟に『認識加速』を解除して全力で回避するが、全身から汗が噴き出し、心音が嫌にハッキリと聞こえた気がした。


考えながらやっていたのでは話にならない。

感覚的に把握出来なければ、瞬殺されてしまうだろうと思えた。






「・・射程距離・・なるほど・・射程距離か・・」


強化した聴力で何回も聞き取れ、アイソレイト・リリィが自分との距離を測ろうとしていると分かったが、

自分が魔法少女になったばかりの頃に鍛えてくれた先輩魔法少女のアルタレイション・リリィも同じ様なことを言っていたなと思い出したのだ。


「射程距離3mっ!時間よ止まれっ!!」と叫んだアルトの姿が掻き消え、真後ろから首筋に触れられ、固有能力は『変質』のハズなアルトが時空間系統の能力を使えるのは何故なのか、その後しばらく気付かなかったことがあった。

実際は『蜃気楼』の術式を変質させて強化し光学迷彩の様に空間に溶け込んで見せ、アーカーシャ・リリィが動転しているうちに死角から回り込んでいた、と気付いた時、彼女は「ま、手品みたいなモノよね〜♪」とおどけて見せた。

『射程距離』とかいうのは、漫画で見たそうだ。

出自はともかく、実際に役には立つので、意識せず無意識で距離を測ってはいるけれど。


先輩に(なら)って、後輩を指導してみようか。


「アイ、次の(かわ)せるかな・・?」






「・・・」


アーカーシャ・リリィからどんな攻撃が来るのか、身構えてはいた。

けれど、何をしたのか全く見えなかった。


ゆっくりと飛んで近づいて来ていた彼女が、にっこりと笑った次の瞬間、瞬きくらいの一瞬で姿を消していたのだ。


そして、ほっぺたを優しく触られていた。


優しくほっぺたに触られたのには気付いたが、数秒、混乱して理解出来なかった。

アーカーシャ・リリィの『目にも止まらぬ速さ』は何度も見てきたが、目で追いきれないだけで認識は出来ていた。

しかし、今のは何だろう。

『目に見えぬ動き』は『速さ』とは言えないと思う。


瞬きの時間は1秒もないらしい。

そんな時間で至近距離に来られていたのに、風圧や魔力の感覚すら無かった。

気付くより先にほっぺたを触られていて、真横に彼女が居ることが認識出来ていなかった。


不可思議な事態に困惑してしまい、模擬戦中なのに、半ば茫然自失に近い状態になってしまっていた。


「・・」


「仕方ないなぁ」という感じに苦笑したアーカーシャ・リリィが、裕子の肩を優しく押す。

その押された勢いのまま、アイソレイト・リリィがゆっくりと後方に移動していく。


「アイ、も一度、同じコトするね」


ハッとしたアイソレイト・リリィが身構える。

アーカーシャ・リリィが小さく頷き、ささやく様に口ずさむ。


「・・・『狂詩曲(ラプソディア)』」



再び、アーカーシャ・リリィの姿が忽然と消えてしまう。


カツッ!と甲高い音が響いた。

静かな夜道に響くハイヒールの靴音の様な音だ。


カツッ!


「っ!」


左横から音が響いた。


カツッ!


今度は真後ろからだ。

そちらに勢いよく振り向くが、アーカーシャ・リリィの姿はない。


カツッ!


今度は真上の方からだ。


カツッ!


今度は真下の方から聞こえた気がした。


カツッ!


また真後ろ。


カツッ!


今度は真ん前から。


カツッ!


「っ!」


すぐ右横からした音に、アイソレイト・リリィが身構えつつ離れるように飛び、息を深く吸い込んだ。


「はぁっ!」


アイソレイト・リリィの全身から、真円状に魔力が放出された。


「・・ぇ」


周囲全周に魔力を放出したからか、魔力を放出した範囲内のことが把握出来た。

そういう経験自体は初めてではない。

以前にも自宅から夜道に向けて放ったことや、暗闇の山中で『黒』に向けて放ってしまい引き寄せてしまったこともあった。

あれ以来、抵抗感がありしたことは無かったが。

驚いたのは、その範囲内にアーカーシャ・リリィの魔力反応が感じられたからだ。

姿は見えないのに、魔力反応は捉えられた。

つまり、見えていないだけで、その辺りに居るハズで。


アイソレイト・リリィが片腕を振り上げ、『領域(エリア)』を発動させる。

ただ、手の平の先に発動された『領域』は球体状で、直後にドロリと崩れて、アイソレイト・リリィの全身を覆い包む様に動いていく。


その状態のアイソレイト・リリィが、アーカーシャ・リリィの魔力反応の感じられる方に向けて勢いよく飛んでいく。


一見、自暴自棄になっての無謀な突撃に見えてしまうが、そうではない。

『領域』は前後左右の空間を隔絶してしまう。

つまり、その『領域』で全身を覆い包んでいるのだから、内外で空間が隔絶されているのだ。

この状態なら、アイソレイト・リリィの総魔力を超えた時空間系統の攻撃でもされない限りは無敵のハズだ。

体当たりだけでも攻撃になるのだから、攻防一体の技と言えるだろう。



「・・ふふっ」


楽しげな声と共に、アーカーシャ・リリィの姿がハッキリと見える様になった。

その顔は、嬉しそうにも楽しそうにも見えた。


「・・すごいね、それ」


アイソレイト・リリィの体当たりを余裕をもって(かわ)しつつ、彼女を見ていた。


「すごいね・・ソレ、きっと同系統の能力じゃないと攻撃も通せないよね」

「・・」


アーカーシャ・リリィの攻撃魔法を何度も見ているアイソレイト・リリィは笑えない。

間違いなく、彼女の攻撃は空間干渉系統のハズなのだ。

つまり、彼女の反撃なら自分に届くということだ。


何と返したら良いか分からず無言のアイソレイト・リリィだが、とても恥ずかしそうな顔だからか、アーカーシャ・リリィは無視された様には思えなかった。


「それ・・いつ考えたのかな・・?」


アーカーシャ・リリィが微笑ましげな顔で尋ねる。


「授業中っ!」「授業中かな」


2人同時に、『授業中』の部分がハモった。


アーカーシャ・リリィが堪え切れないように肩を揺らす。

彼女が本当に嬉しそうに楽しそうに見えて、アイソレイト・リリィは更に恥ずかしくなってきた。

小さい子の頑張りを微笑ましげに褒める母親というのは、こんな感じかもしれないと想像出来た。

アイソレイト・リリィにとっては空想上の存在(いきもの)でしかないが。


顔を真っ赤にしたアイソレイト・リリィがアーカーシャ・リリィに飛び掛かっていく。

その両手からは魔力が放出されている。

今はアイソレイト・リリィがアーカーシャ・リリィを攻める番になっていた。


アイソレイト・リリィの攻撃を、アーカーシャ・リリィが避けていく。

余裕をもって避けもすれば、薄皮一枚くらいの近さで避けもする・・空中を飛行している魔法少女同士の模擬戦だからか、はたから見ているニャニャンからは、2人が360°使ってのダンスをしているように見えた。


ウェディングドレス型の魔法少女装束ながら、リードするアーカーシャ・リリィは凛々しく見えた。

パッと見、『魔女』っぽくも見える魔法少女装束のアイソレイト・リリィだが、顔を真っ赤にして飛び掛かっていっている姿は、とても可愛らしく微笑ましく見えていた。



「・・・どうして裕子ちゃんは女の子なんだろう・・ぃゃ・・どうして・・夏樹は女の子に生まれてしまったんだろう・・・」


ニャニャンの中で、どうしようもないほどの殺意の激情が燃え盛りかけるが、『枷』が発動して抑え込んでしまう。


《ニャニャン?》


『枷』の発動を察知したアーカーシャ・リリィからニャニャンに念話が届いた。


《何でもないよ、夏樹》

《・・・そぅ ///》


変身前後でニャニャンはきっちり呼び方を変えている。

なのに、変身している今、とても優しい声音で『夏樹』と呼んだ。

そういう時のニャニャンが、とても自身を案じてくれていると分かっているアーカーシャ・リリィは、恥ずかしそうに返した。


《ただね・・夏樹か裕子ちゃん、どっちかが男の子だったら良かったのにって思っただけだよ・・》

《・・へぇっ!?》


何を言われたのか理解したアーカーシャ・リリィが裏返った声で返し、念話だけでなく、体勢まで崩してしまった。

雲ギリギリの位置を飛んでいたアーカーシャ・リリィが雲に沈み込む様に一瞬だけ体勢を崩したのだ。



そして、その偶然は起きた。


この模擬戦では、相手を直接害する魔法攻撃は禁止となっている。

アーカーシャ・リリィの『鎮魂歌(レクイエム)』は模擬戦には向いていないし、アイソレイト・リリィの『領域(エリア)』は存在する空間ごと攻撃してしまうので致命的過ぎる。

しかし、弱めの『鎮魂歌』で土砂を巻き上げて煙幕にしたり、その煙幕を『領域』で切り裂いて消したりは出来た。


その時も、雲ギリギリを飛ぶアーカーシャ・リリィが雲を巻き上げて目眩しにした(様に見えた)のを、指先を目一杯広げた手に『領域』を込めて振り下ろして掻き消す、それで終わっていたハズの、演舞の流れの様な何気ない流れだった。

しかし、少し前の『何をされたのかすら分からない』コトに思った以上に気を取られていたアイソレイト・リリィは、魔力コントロールが乱れていた。

いつもなら、腕を振り下ろす起点から振り下ろしきった終点まで『領域』は途切れず繋がったままだ。

だがこの時は、振り下ろしきる前に魔力が途切れていた。


アイソレイト・リリィの腕を伸ばし切ったくらいの距離、小学生の女の子だ、胴体から指先の少し先まで1mにも届かないくらいの距離だろう。


ギュドン!!


領域(エリア)』で切り裂かれた空間が勢いよく閉じ、その空間に引き摺り込まれるかの様にアイソレイト・リリィが瞬時に前方へと移動していた。


「っ!」


アーカーシャ・リリィが息を呑み、目を見開く。

口元も引き攣った、彼女にしては珍しい表情をしていた。


「・・・へ・・ぇ・・?」


アーカーシャ・リリィは当然驚いたが、その現象を引き起こしたアイソレイト・リリィ本人すら、「何?」と何が起きたか一切分からないという表情だ。



「ぇ・・・ぇ?・・・?・・・っ?」


周りをキョロキョロと見たアイソレイト・リリィがアーカーシャ・リリィを見て首を傾げる。

「何が起きたか教えて欲しい」といった表情に見えるが、アーカーシャ・リリィの方が教えて欲しいくらいだ。

だが、魔法少女の先輩としての矜持が彼女を踏みとどまらせる。


少し開いていた小さな口を閉じ、口の中に溜まっていたヨダレをコクリと飲み込む。

華奢で小さい手をキュウッと握り締め・・。


「裕子、落ち着いて」


声を掛け、スッと近づいて、そっと抱きしめた。

裕子の頬に当たる自身の頬を擦り寄せ、耳元で優しく囁く。


「裕子・・大丈夫・・大丈夫だから・・」

「・・・ぅん・・」


自身を優しく抱きしめるアーカーシャ・リリィを、アイソレイト・リリィが優しく抱きしめ返した。



幼い頃から育児放棄(ネグレクト)気味に育った裕子と、幼い頃に母親と死別している夏樹は、歪な形でしか他者の温もりを知らない。

そして、自覚はなく、ソレにとても飢えていた。


広大な砂漠に降り注ぐ慈愛の雨は、瞬く間に飲み込まれて消えてゆく。

あとには、ただただ、広大な砂漠が残されるのみだ。

点在するオアシスを少しばかり潤してはくれるだろうけれど、砂漠全体は枯れ果てたままだろう。

ただ、砂漠全体に定期的に慈雨が降り注ぎ続け、恒久的な潤いに満たされ続けたならば、どうなるのだろう。



「男の子と女の子とかじゃなくって・・母と娘の様であり・・逆もまた同じ、か・・」


2人を見ながらニャニャンがポツリと呟いた。



領域(エリア)』誕生の際に使われた端愛(はまな)山の山中、『領域』の能力検証により、不可思議な空白地帯が夜な夜な人知れず増えていたのだが、

その能力検証の結果、新たな使い方がハッキリとした。

再現性も完全で、技としてモノに出来たと言えるだろう。


裕子が無邪気に喜ぶ姿と、それを見て微笑む夏樹、そんな2人を見るニャニャンの心境は複雑だ。

裕子が新たに得たのは、とても強い『力』だ。

それが敵対者にだけ向いていてくれる分には構わないが、暴発や誤発により夏樹が負傷する事態が起きやしないか・・その切っ先が向きはしないか、それだけを危惧していた。


新たな力の使い方は、『縮空(ヘイロウ)』と名付けられた。

「夏樹ちゃん、何か良い名前ないかな?」と聞かれた夏樹が3日ほど睡眠時間を削りに削って色々とネットで調べて捻り出した命名だ。

由来としては、うさんくさい神話で空間を縮めたという逸話と、古武術の縮地法と、認識外の超高々度からの自由落下での潜入で戦況を変える為のHALO降下、それらを合わせたという。

術式としても単独で別物として分けた為、魔力振り分けも上手くいった。

嬉しそうにしている裕子を見る夏樹の満足そうな様子に、夏樹は子煩悩な良い母親になりそうだとニャニャンは思った。




アイソレイト・リリィの その切っ先がアーカーシャ・リリィに向くまで、

その時点では まだ1年以上はあった。

2人が意図して激突する その瞬間まで、刻一刻と時は刻まれ続けていく。

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