プロローグ
「ご報告は以上です。」
穏やかな日差しが木々の隙間から差し込むここは、人呼んで「悪魔の森」の中。
先ほどから報告をしているのは背中の中程までの長さに切り揃えられた黒髪と黄色の眼を持つ女性だ。整った顔立ちだが、それ以上に目を引くのはその背に生えた黒い翼だろう。
対してその報告を言葉少なに聞いているのは濃紺色のローブをまとった長身の人影。ローブの高い襟の内側から付いているフードを目深に被っているせいで、髪も眼も見えずその表情すら読みにくい。
「分かった、もう帰っていい。」
そう素っ気なく言う声音から、その人物が青年だという事が分かる。感情と言う物はほとんど乗っていないトーンだった。そのまま女性の返事を待たず、身の丈ほどもあるローブを翻して立ち去ろうとする。
「アライズ様!かねてから申し上げておりますが、どうかディスカナンにお戻りください。」
帰っていいと言われた女性はしかし立ち去る様子は無く、フードの青年に向かって先ほどまでとは違うやや必死さの籠った声で訴える。
するとアライズと呼ばれた青年は、しぶしぶといった態度を隠す風も無く足を止め、顔だけで振り返る。
「セルリア、我はもうその話をするつもりは無い。」
僅かに苛立ちを含んだ冷たい声でアライズがそう返すが、セルリアも引き下がるつもりはないようで、ぐっと一歩踏み出す。
「そのような事を仰るのは止めてください。アライズ様にお戻りになっていただかなければ、ディスカナンの家は誰が継ぐと言うのですか!」
しかしアライズはセルリアの訴えに溜め息を一つつくと、フードの下で満月のような鮮やかな黄色の眼をすっと細めた。
「叔父上がおられるだろう。追放された我には関係の無い話だ。」
「あのような方を一名家の当主だと、認めることは致しかねます!本気で関係ないなどとは思っておられないでしょう…?リザルド様とミーティア様が生きておられたなら、きっと、もっと…。」
セルリアの声はどんどんトーンを落とし、最後の方は俯きながら悔しさの滲む小さなものになった。その言葉にアライズも眼を伏せ、その顔にほんの少し苦渋を滲ませた。
「…それでも、我には関係無い。何十回言われようと魔界に戻るつもりは無い。」
そうきっぱりと言い切るアライズにセルリアが尚も言葉を繋げようとした時だった。




