8. 女王と晩餐(1) 〜氷解〜
潔く負けを認めるか最後まで戦い抜くか。これは勝負事の世界とは切っても切り離せない永遠のテーマである。そこに絶対の正しさは存在しない。しかし、確実に言えるのは、その判断は当人が行うべきだということだ。だから、たとえレカリアの判断に不服な者がいたとしても、 ーー確実にいたであろうがーー それを口に出すことは外野の戯言を抜かしているに過ぎないのである。
静まり返った会場は、予想だにしないタイミングで終わった見せ物に突如音量を取り戻し、ざわめきを大きくした。しかし当の二人はまったく澄ましたものである。
アリアがレカリアの手を取って引き起こし、二人は固い握手を交わした。
「今夜一緒に食事でもどう?」
別れ際にアリアが耳元で囁くとレカリアは少し頬を赤くしてコクッと頷いた。アリアは満足そうに笑って、
「じゃあまたね。」
と言ってひらひらと手を振った。
ツインテールの小柄な少女がアリアの方に近づいてくるのが見えた。
「アリアー!す…」
と言いかけて、リナはアリアのしーっという合図を見て押し黙った。そのまま二人は黙って並んで歩いた。訓練場を出て人気のない場内に入ると、再度リナが口を開きかけたが、アリアがリナの口を手で塞いだ。
「…んむうっ」
リナがくぐもった声で抗議の意を示した。
「今夜はレカリアと食べるね。」
アリアがそう言って手を離した。
「リナは夜ね。」
リナが何も言えないでいるうちに、アリアはそう言い残して立ち去った。
◇
女王アリアは多種多様な背景を持つ人と話をするのが好きだった。立場に関わらず、臣下であれ民草であれ旅人であれ、話してみたいと考えたら夕食に誘うのはアリアの趣味の一つだった。しかしそのことは彼女に近しいごく一部の人しか知らなかったので、誘われた方は「女王様に夕食に誘われるなんて!」と感激し、自尊心をくすぐられるのだった。
そして、今夜の客人も例外ではなかった。
派手目の化粧をして胸元の開けた紺色のドレスを身に纏ったレカリアは、緊張した面持ちをしていた。
一方でアリアは落ち着いたものである。戦闘の時の動きやすさ重視のタイトな服装とはうってかわって、今は煌びやかな淡いピンクのドレスを身に纏っていた。その清純な色使いは彼女の艶やかな髪と見目麗しい容貌と相まって美しい調べを奏でていた。
広い部屋には給仕を除けば彼女ら二人しかいなかった。それはまるで高級レストランでのデートの様相を呈していた。
始めにアリアが自分のワイングラスを持ち上げた。
「今日のレカリアの健闘を祝って。」
と唱えた。レカリアも慌ててそれに倣ってグラスを持ち上げた。
「ア、アリア様の健闘を祝いまして。」
「「かんぱーい」」